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金銀連動のステーブルコイン、スイスで登場

Gold bars
貴金属と連動させて価格の安定化を図るトークンはすでにいくつか存在する Keystone / Manjunath Kiran

景気が急激に後退する中、金と銀の価格が上昇している。そうした中、スイスの企業「AgAu」は貴金属を裏付け資産とするステーブルコインをブロックチェーン上に発行すると発表した。金と銀へのアクセスを容易にし、法定通貨の代替品を提供することを目標にしている。

フェイスブックが昨年、ジュネーブで仮想通貨プロジェクトを担う子会社「リブラ・ネットワークス」を立ち上げたことが大きなきっかけとなり、ステーブルコインへの人気が非常に高まっている。このタイプの仮想通貨は法定通貨やコモディティーに連動しているため、価格が需要の増減のみに左右されるビットコインよりも価格変動を抑制しやすい。

AgAuはスイスで金と銀の現物を保管し、顧客にトークンを販売する。各トークンはデジタル契約で、所有者には金または銀のどちらか1グラムの直接所有権が与えられる。トークンは自由に売買でき、取引はイーサリアムのブロックチェーン上で承認・記録される。

元コモディティトレーダーで創設者のティエリー・アルス・ルイズ氏は、このシステムで貴金属の所有と取引が簡単になり、誰もがこれらの貴金属にアクセスできるようになると述べる。また貴金属連動型の「より優れた」通貨を提供することで、「破綻した」銀行システムに対抗できるという。

AgAuは広報資料の中で、中央銀行が近年、不振にあえぐ経済を下支えするために多額の紙幣を増刷していることに言及。量的緩和が行われるたびに通貨の購買力が低下するため、デフレの恐れが強まると指摘した。またビットコイン誕生の背景には同様の経済的な理由があるとした。

AgAuの仮想通貨の発行量が、金庫に保管された貴金属の量に制限されていることから、アルス・ルイズ氏は「私たちのモデルは分散型の民間中央銀行だ」と語る。

スイスブランドを活用

AgAuの他にも通貨価値を貴金属で裏付けるステーブルコインはいくつかある。競合相手にはスイスに一部拠点を置くものや、スイスの金庫を利用するものなどがある。ジュネーブのフリーポートに金を保管するフランスのステーブルコイン「VeraOne」は最近、スイスでのトークン配布を発表。またMKSスイスは昨年、共同事業体(コンソーシアム)の一員として金連動型デジタルトークン「DGLD」の立ち上げに携わった。

ステーブルコイン市場には他にもパクソスやテザーといったプレイヤーが存在し、混雑を増している。そのため生き残れない仮想通貨プロジェクトが出てくることは必至だ。AgAuは投資家からサービスを選んでもらえるよう、スイスのブランドイメージを活用している。スイスは経済的・政治的な安定で世界的な評価を得ている。また確立された貴金属産業を抱え、世界の金の大半を精製している。

スイス連邦議会は現在、急速に拡大するデジタル資産を金融・会社法の対象とすべく、同法の改正について議論中だ。改正が実現すれば、この分野での所有権に関する訴訟や、仮想通貨発行企業の倒産に関する訴訟における法的安定性が向上するだろうとブロックチェーンの専門家はみる。

顧客を惹きつける

アルス・ルイズ氏は、十分な顧客の確保が会社存続の鍵になると認める。AgAuは金塊の保管手数料を従来の業界よりも低く設定し、顧客がトークンを売却する際の取引手数料で収入を得るとしている。顧客獲得にはこれらの手数料を可能な限り低く抑えなければならないため(AgAuでは0.39%以下)、膨大な取引量がなければ十分な収益は得られない。

十分な収益を生み出すことは、新興のステーブルコイン業界のプレイヤー全員に共通する問題だ。トークン化された資産を取り巻くインフラは成長を続けているが、デジタル取引所が扱う取引量は現在、従来の金融業界のプラットフォームを通過する取引量のほんの一部に過ぎない。

AgAuはこれを補うため、コモディティ業界のプレイヤー、特に金精錬所にサービスを提供している。アルス・ルイズ氏はこうした計画について詳細を明かさなかったが、貿易金融では原料を世界に出荷する際にかかるコストを賄うために、トークンが利用されていると示唆した。

金融の民主化

もう一つの問題は、金融規制当局からの要求に応えながら、いかに金融の「民主化」を実現していくかという点だ。新しいデジタルチャネルを提供し、資産をより効率的に世界に送金できるようにすれば、金融の民主化は達成できると同社は考える。連邦金融市場監査局(FINMA)は、ステーブルコインの取り扱いについてのガイドラインをすでに発表している。これには、マネーロンダリングやテロ組織の資金調達を防ぐために実施義務のある措置が含まれる。

アルス・ルイズ氏によると、連邦金融市場監査局は「AgAuトークンには金融ライセンスは必要でなく、AgAu社は自主規制組織として設立できる」との判断をすでに示した。監査局からお墨付きをもらうため、同社は顧客を審査する際にKYC(Know Your Customer、顧客確認)とアンチマネーロンダリング(AML)の規制を適用することに合意した。

また、法的機関からの命令で資産凍結・差し押さえができる仕組みも導入せざるを得なかった。

(英語からの翻訳・鹿嶋田芙美)

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