スイス銀行の秘密主義はゴーン口座を守るのか
スイスの銀行は顧客の情報を国家権力にも明かさないことで知られ、世界中から資産を集めて金融国家にのし上がった。そのスイスが今、日本の経済界を揺るがした大スキャンダルの捜査協力に乗り出している。秘密主義の看板は10年前に下ろされたが、スイスの秘匿体質は本当に変わったのか?
日産自動車のゴーン前会長が日産の資金を私的に流用したとして逮捕された事件に関連し、NHKは4月、東京地検特捜部が資金の流出先とみられるスイスおよびアメリカの当局に捜査共助を要請したと報じた。スイス連邦司法省によると、東京地検から今年1月に捜査共助の要請を受け、略式捜査を経て3月初旬にチューリヒ州第三検察局に事案を委任。第三検察局はスイスインフォの取材に捜査が継続中であることを認め、「捜査がいつまで続くか予断はない」と答えた。
「秘密主義」…今は昔?
「俺のスイス銀行口座に入金が確認され次第、仕事にかかろう」。ゴーン容疑者がスイスに口座を持っていたと聞いて、人気漫画「ゴルゴ13」(作・さいとうたかを)のこんな決め台詞を思い出す人は少なくないだろう。ジェームズ・ボンドや「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2014年)を始めとする映画でも、スイスの銀行は出所の疑わしいお金でも預かり、秘密を漏らさないイメージで描かれている。
スイスの銀行は顧客情報を国家当局にも絶対に漏らさないことで知られ、世界の富裕層がスイスの銀行に資産を預けている。デロイト外部リンクによると、世界の富裕層資産8.6兆ドルのうちスイスの金融機関が1.84兆ドル(21%)を管理しており、預かり資産額で世界1位を誇る(2017年末時点)。
スイスの銀行の秘密主義の歴史は17世紀にさかのぼる。フランスで迫害を受けた改革派教会の信者(ユグノー)は、カルヴァン派の庇護を求めてジュネーブに資産を隠した。個人の私的領域を尊重するプロテスタントの手で運営された銀行は、強大なカトリック教会から資産を守ろうとし、秘密主義の礎となったとされる。
第一次・第二次世界大戦中、永世中立国だったスイスは再び欧州富裕層のお金の隠し場所となった。特に独仏当局からの徴税攻勢から顧客の資産を守るため、それまで慣習にすぎなかった秘密主義を法制化する必要が高まり、1934年に銀行法を制定。第47条で「銀行の行員として信任を受けながら顧客の秘密を開示する者」には、6カ月以下(現在は3年以下)の禁固刑または5万フラン以下の罰金が科されることになった。
「ユダヤ人の資産をナチスから守るために秘密主義を確立した」という説もあるが、これは秘密主義をアピールするために美談を仕立てたに過ぎないとされる。
銀行内で番号やコードネームだけで管理される「番号口座」は、ごく限られた行員以外には顧客の身元が知られない。だが匿名で口座が開設できるわけではなく、犯罪捜査に関われば個人情報も提供される。
銀行秘密を規定した銀行法第47条には例外があり、犯罪捜査に関しては連邦や州への報告義務が秘密義務に優先する。ただこれまでスイスが他の国に比べ特異だったのは、スイスの法体系が「税金詐欺」と「申告漏れ」を分けていたことだ。所得証明や不動産の登記簿など書類を故意に改ざんする「税金詐欺」は犯罪として処罰の対象だったが、単に保有資産を申告しない「申告漏れ」は罰金が科されるだけで犯罪ではなかった。意図的に申告しない「資産隠し」も犯罪扱いはされず、顧客の秘密保護が優先された。
マネーロンダリング(資金洗浄)など犯罪に関与した口座も情報提供しなければならないが、それも証拠がある時のみ。外国当局が証拠を掴むのは容易ではなく、実際には秘密が守られることが多かった。
秘密主義を武器に金融立国としての足場を築いたスイスだったが、タックスヘイブンを使った脱税や資金洗浄に対する批判が高まるにつれ、風当たりは厳しくなった。
大きな転換は今から10年前に起きた。2009年2月、スイス連邦金融監督局(FINMA)は米当局の求めに応じ、国内最大手のUBSに数千人分の口座情報を提供させた。その1カ月後にはスイス連邦議会が経済協力開発機構(OECD)の基準に則り、外国顧客の口座に関しては資産隠しも「犯罪」として扱い、報告・情報提供の対象にすることを決めた。
2017年には国際的な自動的情報交換制度(AIE)が発効。銀行が保有する口座情報を、犯罪・脱税の疑いの有無に関わらず国どうしで交換する仕組みだ。スイスは18年に38カ国とやり取りし、今後もさらに増やしていく予定だ。
資金洗浄の取り締まりも強化された。1998年に資金洗浄防止法が施行され、金融機関は刑法犯罪に関連した疑惑のある資金を通報局(MROS)に報告することが義務付けられた。2016年に定められた外国不正資産法(FIAA)で、金融機関は顧客の資産を凍結した場合、速やかにMROSと連邦外務省に報告しなければならない。
残る抜け穴
こうしてスイスの秘密主義は表面的には終わりを告げた。だが銀行法第47条は今も健在だ。2015年、英HSBCのスイス・プライベートバンキング部門が脱税ほう助や資金洗浄に関わったことを示唆する内部資料が暴露された。「スイスリークス」と呼ばれるこの事件をめぐり、スイス当局は同行のIT担当だったエルベ・ファルチアニ氏を、産業スパイや秘密保持義務違反の疑いで訴追。同氏は5年の禁固刑に処せられ、いまもスペインに身を寄せている。
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AIEの発効で、外国当局は犯罪や脱税の証拠がなくてもお金の流れをつかみやすくなった。だが国際NGOのタックス・ジャスティス・ネットワークはAIEが先進国との間でしか結ばれていないため、「最も税収を必要とする貧困国は、払われなかった税金を取り返すための協力をスイスから得られていない」と指摘する。
内部告発者の保護も道半ばだ。スイス連邦下院は6月、告発者の解雇を禁じる内部通報者保護法案を否決。どのような場合に法的保護を受けるのか「内容が複雑すぎる」として社会党などが反対した。政府案が議会に退けられるのは14年に続き2回目だ。秋季議会で上院が審議を続けるが、可決の見込みは低い。
スイスの全企業の65%以上が内部告発窓口を設けている。だが実際には依然としてもみ消しや従業員が解雇されるリスクが残っていると批判される。 トランスペアランシー・インターナショナル・スイス支部のマルティン・ヒルティ代表はドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)に「告発者は職を失い、次の職が見つからず、時には訴追されるリスクがある」と話した。
秘密主義の看板を下ろし、クリーンな銀行業界を演出するスイス。だが第二・第三の「ゴーン口座」がスイスに作られる可能性は消えていない。
※本記事は一部にスイスの著名経済ブログに記載された内容を含んでいましたが、独自に確証を得られなかったため、文中から削除しました。
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