長引くアフガン人道危機 制裁下で医療を届けるには?
民間銀行はルール違反を恐れ、制裁下の国への送金に及び腰だ。その結果、人道支援に大きな影響を及ぼしている。スイスはイランとアフガニスタンでこの問題解決を図るが、目立った成果はない。
「本当に腹が立つ」。赤十字国際委員会(ICRC)のドミニク・シュティルハルト事業局長は2021年11月、アフガニスタンを6日間訪問した際のことを、赤十字のウェブサイト上でこうつづった外部リンク。「骨と皮ほどにやせた子供たちが遠くに見える。当然のことながら恐怖で息が止まる」
「カンダハル最大の病院の小児科病棟で、飢えた子供たちの虚ろな目や、絶望に打ちひしがれ苦悶の表情を浮かべる両親を見やる。この状況は腹立たしい以外の何物でもない」
原因は資金不足だ。2021年8月、イスラム主義勢力タリバンがカブールに進軍し政権を掌握した。過激派組織であるタリバンは1990年代から国連の制裁下にあり、2001年9月11日の米同時多発テロ事件を引き起こしたとして、米国からテロ組織に指定された。2021年8月、ジョー・バイデン米大統領はニューヨーク連邦準備銀行に預けられたアフガニスタン中央銀行の資産70億ドル(現在のレートで1兆500億円)を凍結した。
制裁が世界的に広まるにつれてアフガンの医療保健サービスに大きな支障が生まれ、政府、研究者、人道支援団体の関心を集めるようになった。スイス連邦政府は2020年、イランへの医薬品輸送を促進する施策を立ち上げた。スイスはまた、凍結資産をアフガニスタンでの人道支援に活用するための基金を持つ。しかし、制裁と医薬品アクセスの両立という数十年来の問題に対する解決策はまだ見つかっていない。
シュティルハルト氏は「銀行サービスへの制裁によって経済は低迷し、二国間援助が滞っている」とし、アフガニスタンの公衆衛生システムが完全に崩壊するのを防ぐため、ICRCが介入したことに言及した。「非常に腹立たしいのは、この苦しみが人為的なものだからだ。カブールの権力者を罰する経済制裁が、かえってアフガニスタン全土の何百万人もの人々を、生きていくために必要な基本的サービスから遮断してしまっている」
制裁を巡る論争
制裁が公衆衛生に与える影響は1990年代に初めて話題になった。1991年、湾岸戦争で国連がイラクに禁輸措置を加えたことがきっかけだ。国連児童基金(ユニセフ)が1999年に発表した報告書によると、イラクの政府支配地域では開戦以来、子供の死亡率が推定で2倍に増加した。
制裁の結果、イラクの50万人の子供たちが死亡したことは広く報じられた。マデレーン・オルブライト米国連大使(当時)は米メディアの番組で、制裁は難しい選択だが代償としてそれだけの価値があったと公言した。それから約20年後、医学誌『British Medical Journal on Global Health』に掲載されたある研究論文は、この死亡件数に反駁。サダム・フセイン政権が制裁を回避するため数字を捏造した可能性があると主張した。
この一件は、制裁が医療や公衆衛生に与える影響を定量化する際、いかに政治的要因が大きくかかわってくるかを表している。制裁を受けた国の統治者は、国民の苦しみを他国のせいにし、自分たちの不始末から注意をそらそうとするからだ。
イラクの人道危機は全面制裁から脱却するきっかけを作った。今日、国連が資産凍結、渡航禁止、武器禁輸などの措置を講じる対象は個人や組織だ。とはいえ、それで市民の安全が確保されるわけではない。一部の西側諸国が2000年代半ばから、国連の制裁とは別に独自の一方的な制裁を適用し始めたからだ。対象には石油といった極めて肝要なセクター、さらには貿易に関わる海運会社や銀行が含まれる。
ジュネーブ国際・開発研究大学院は、2020年11月に発表した論文外部リンクで「全ての被制裁区域で、地方政府の失政と汚職が人道状況の悪化を助長している」とした。しかし、「制裁の包括化によって人道状況が着実に悪化していることを明示する証拠がある。それは的を絞った制裁で確実に避けようとしていたシナリオだった」とも指摘する。
同論文は、必需品は制裁対象から除外されているにもかかわらず、資金の流れを処理するほとんどの国際銀行がリスクを避けようとする結果として、厳しい制裁下の国では医薬品の購入が困難になっている実態を明らかにした。対イラン制裁では「銀行が支払いを管理することに嫌悪感を示し、それによって必需品の輸入にボトルネックが生じている。特に最先端の医薬品において、外国メーカーと患者間のサプライチェーンに障害が起きている」と結論付けた。
スイス政府はこのボトルネックに対処するため、イランへの医療物資支援を可能にする貿易チャネルを立ち上げた。2020年に始まったこの「スイス人道貿易協定(SHTA)」では、輸出業者と銀行はスイス連邦経済管轄局(SECO)にイランでの事業内容と取引相手を通知する。SECOはその情報を精査し、米財務省と情報共有する。米財務省は取引が米国の法律に従って処理できるようにする。
第一陣として、同年1月に抗がん剤などの医薬品230万ユーロ(約3億6千万円)相当の輸入代金が支払われた。しかしSECOによると、その後の取引はわずか5件で、送金総額は510万ユーロにとどまった。
薬を買うお金がない
アフガニスタンに制裁が課されたことで、同国の医療サービスに資金を提供していた人道団体の多くが援助を停止し、病院は医薬品を購入するための現金が底をつきた。2021年末にはこの国に世界最大の人道危機が広がっていた。
国連は2021年12月、アフガニスタンにおける人道支援と、人間の基本的ニーズを支援するその他の活動については制裁から除外する決議外部リンクを採択した。米財務省は、人道活動、送金、医薬品の輸出を認めるライセンス制外部リンクを導入した。
深刻な流動性危機の最中で援助団体が機能できるよう、国連は現金の国内空輸を開始した。2022年に18億ドル、2023年1月から6月中旬までに8億8000万ドルが送られた。
しかし、ノルウェー難民評議会が3月に発表した研究論文では、医薬品アクセスを確保できるよう支援する同国の取り組みは、資金調達に消極的な国際銀行によって依然阻害されていると結論づけている。制裁下で企業ができることとできないことについての誤解が広まり、それによって企業とアフガニスタンとの関わりが妨げられ、民間部門の経済危機からの回復が進まないと指摘した。
アフガニスタンの保健危機に対する辛辣な発言から2年以上が経過した現在、シュティルハルト氏は今も全く楽観視できないと話す。現在スイス人道援助部門の責任者を務める同氏は、7月にswissinfo.chに対し、「アフガニスタンの医療部門はいまだ劣悪な状態にある。特に農村部では医療アクセスが乏しい」と語った。
タリバン政権は、公共サービスを低水準ながら安定させることに成功したが、「経済に流通する現金があまりにも少ない。これは依然、大きな問題だ」とシュティルハルト氏は言う。病院は今なお国際援助に100%依存している。「そもそも人道団体がシステムを長期間維持しなければいけないなんておかしい。しかし、どの国の政府もタリバンに資金を提供しないだろう」
スイスはアフガニスタンの経済復興と医薬品へのアクセス再開において肝要な役割を果たしている。タリバン政権誕生後、米国が凍結したアフガニスタン資産の半分(35億ドル)はスイス北部・バーゼルにある国際決済銀行(BIS)の口座に移され、「アフガニスタン国民のための基金外部リンク」と呼ばれるジュネーブ拠点の財団が管理している。同基金は、長期的にはアフガニスタンの健康医療システムの安定化を、短期的には制裁とそれに伴うリスクの回避を目指している。
同基金は6月の理事会で「デューデリジェンスや支出関連手続きを管理するコンプライアンス支援業者の選定について議論」したばかり。。アンドレア・ダッオーリオ事務局長はswissinfo.chに対し、10月時点で「正確な支出日は未定」と語った。
編集:Nerys Avery、英語からの翻訳:宇田薫
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