難民申請手続きの迅速化は誰のため?チューリヒの試験事業に疑問符
チューリヒでは、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアからの難民を対象に、申請から24時間以内に難民認定の可否を決定する迅速手続きを試験的に取り入れている。そこには申請者の福利のためではなく、収用施設が飽和したため難民の流入を抑制したいというスイス側の事情がある。
ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーは22日、チューリヒで20日から特定の難民申請に対し、認定審査を迅速に行うための試験的プロジェクトが開始されたと報じた外部リンク。具体的には、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビア出身の難民に対する認定審査の結果が24時間以内に出るようになった。試験運用は2024年2月末まで。
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虚偽申請
難民申請者の20%以上は北アフリカ諸国の出身者だ。しかし、スイスで難民認定が下るのはそのうちの2%程度に過ぎない。連邦移民事務局(SEM)によると、認定率が低い理由の一つは、認定を受ける可能性を高めたい北アフリカ諸国の難民が、自身の出身国をリビアと偽って記載するからだという。リビア人の認定率は約10%と高い。
SEMはドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)に対し、手続き迅速化の目的は、スイスで難民認定を受ける見込みのない人々に早めにシグナルを送ることだと説明した。
スイス難民援助機関(SFH/OSAR)は、24時間という短時間で申請を適切に審査するのは非現実的だと警鐘を鳴らしている。
広報担当のリオネル・ウォルター氏はswissinfo.chに対し、「難民申請者が24時間以内に暴力や搾取の経験など、関連するすべての問題について話せるかどうかも疑問だ。誤った決定がなされるリスクは苦情の増加につながり、最終的には審査プロセスがさらに長引く可能性がある」と語った。
SEMは、迅速な手続きを行うとは言え、難民申請者が24時間で強制退去を求められる可能性は低いとしている。難民の身元確認には時間がかかり、不服申し立ての可能性も残っているからだ。
成功体験
スイスでは、2016年の国民投票で有権者の約67%が難民法改正案に賛成票を投じたことを受け、2019年から手続きが迅速化された。改正後のの連邦難民収容施設での滞在期間は最長140日と決められており、この期限内に審査が完了しない場合、申請者は州の収容施設に移送される。
前出のウォルター氏は、「2019年の改正によって、審査は既に迅速化している」と話す。
それでもチューリヒがさらなる迅速化を図る背景には、かつての成功体験がある。スイスは2012年にセルビア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナから、2013年にはコソボとグルジアからの難民申請者を対象に、48時間以内に認定の可否を決定する迅速手続きを導入した。前年秋に西バルカン諸国から大量の難民が押し寄せたことを受けての迅速化だった。
欧州難民支援局(EASO)の2015年の報告書は、それ以来「スイスで西バルカン諸国からの申請は大幅に減った。一連の措置が、難民申請を検討する西バルカン諸国の人々に強いメッセージを送っている可能性がある」と総括した。
限られた選択肢
10カ月前に司法警察相に就いたエリザベット・ボーム・シュナイダー氏は、難民申請の増加への対応を迫られている。
スイスは今年上半期だけで1万2000件以上の難民申請を記録した。前年同期比43%の増加で、2016年以来の多さだった。SEMは12月末までに計2万7000件の難民申請を見込んでいる。2022年は前年比65%増となる約2万4500件を記録した。ウクライナからの難民7万5千人はここに含まれていない。
スイスの各州の代表は3月に SEMと会合を開き、難民の数が受け入れの限界を越えたことについて話し合った。ベルン州とジュネーブ州はすでに一時的な受け入れ凍結を決定しており、さらに2つの州が凍結を要請している。そのため、難民申請者はこれらの州には割り当てられられず、連邦の収容施設に収容されることになる。
ボーム・シュナイダー氏は、緩和措置として輸送用コンテナで作られた仮設住宅など3千人分の収容施設の建設費用1億3290億フランの予算案を議会に提出した。だが金額を半減しても上院は否決し、掩体壕(えんたいごう)など既存の市民保護施設を難民収容に転用するよう推奨した。上院の決定を受け、政府は地下シェルターの緊急使用に関する法令を2年延長することを余儀なくされた(2023年末から2025年末に延長)。
他の代替施設が限られ、追加予算も議会に否決されたため、連邦政府は手詰まりに陥っている。
ボーム・シュナイダー氏は23日、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)で「突然、各州が収容人数を数百人上回った場合、危機とまではいかなくても、システム全体が困難に陥る」と語った。
SEMはチューリヒの試験期間後に24時間手続きの効果を分析し、今後の政策を定める方針だ。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:大野瑠衣子
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