安い、速い、環境に優しい カーゴバイクがスイスで人気
子どもの送迎や買い物に、あるいは新鮮なパンやチーズの配達に―。荷物を運ぶための自転車「カーゴバイク」を使う人が、スイスの都市部で増えている。特に人気なのが電動アシスト付きのタイプ。技術の進歩によって、急な坂の多いスイスの街を楽々走れるようになったことが人気に拍車をかけている。
首都ベルンではカーゴバイクの数はそれほど多くないものの、使う人は着実に増えている。例えばインドでおなじみの三輪タクシー「リキシャ」もその一つ。運転手のソーハン・ラルさんはインドのスラム出身だが、今はこの町で電動アシスト付きのリキシャに観光客を乗せて走る。
2歳の息子の父親アンドレアス・タナーさんも電動アシスト付きカーゴバイクの愛用者だ。ハンドルと前輪の間の広いスペースに子どもが座れるボックスを着け、息子のライナス君を乗せてベルンの町を走っている。タナーさん夫婦は2カ月ほど前、2台目の乗用車を購入する代わりに6千フラン(約68万4千円)を払ってカーゴバイクを買った。買い物や保育園の送迎、通勤など、これまで走った距離は500キロメートルに達する勢いだ。
乗用車に比べると、自転車は環境に優しく、安価で、特に都市部では混雑する車を横目に目的地まであっという間に到着する。しかも基本的に駐車場の心配がいらない。後輪に着けて引っ張るタイプのキャリアーと違って、ライナス君が座るボックスはハンドルの前にあるため、常に親の目が届く。
タナーさんは「少なくとも当分は手放したくない」と満足げだ。また、自転車を購入する前に、カーゴバイクのシェアリングサイト「Carvelo2go外部リンク」を使って色々な車体を試乗できたのも良かったという。Carvelo2goは2年前、スイスの自動車連盟ツーリングクラブスイス(TCS)の子会社Mobilitätsakademieなどが立ち上げた。オンラインで予約すると、国内20都市・計116カ所のステーションにあるカーゴバイクを有料で借りることができる。
偏見にとらわれない議論の場を
ツーリングクラブスイスは本来、車のドライバーの利益団体だ。特に車道を共有する車と自転車は利害が衝突しやすく、一部では緊張が生じているところもある。そんな状況の中で、ツーリングクラブスイスが自転車の推進を支援したことは驚きだった。
Carvelo2goプロジェクトメンバーのミリアム・スタウィッキーさんは「ツーリングクラブスイスは、最適な交通の在り方というものを会員に提示したかった」と説明。Mobilitätsakademieは「未来型の持続可能な交通網づくり」を目指し、「新たな交通の在り方とは何か、クラブの垣根を越え偏見にとらわれず議論できる場を作る」ことをプロジェクトのゴールにしているという。
Mobilitätsakademieはまた、カーゴバイクが商用車として代用可能かを調べるベルン市のプロジェクト「Mir sattlä um外部リンク」に参加。このプロジェクトは、様々な業種の中小企業に電動アシスト付きカーゴバイクを無料で貸し出し、商用車として使えるかテストしてもらうのが狙いだ。
2016年6~11月に行われた初の実証実験で、カーゴバイクは商用車の代わりとして有効な交通手段になりえる、という高い評価を得た。それまでは車を使っていた距離の4分の3が、カーゴバイクでも大丈夫だという結果になった。実験に参加した9社のうち6社が「100%合格」と太鼓判を押した。
チーズの配達
17年7月、中小企業10社が参加した実証実験の第2段階が始まった。そのうちの1社がベルン旧市街にあるチーズ専門店「Chäsbueb」だ。
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同店のマーケティング責任者ブリジット・ニクラウスさんは「レストランが主な取引先だが、車での配達はコストがかかる」と話す。渋滞や通行止めに加え、駐車場不足などが理由だといい、「自転車なら環境にも優しい」と利点を語る。
顧客の大半は店舗でチーズを購入していくが、効率的で安く、速く届けられるカーゴバイクを導入すれば、将来的に配達サービスを拡充できるという。
また、「新鮮な空気が吸えて運動にもなる」ため従業員にもメリットが大きいという。電動アシスト付きカーゴバイクで週2回配達をこなす従業員のクルト・シュタウデンマンさんは「とても楽しい」と満足げ。「車で配達するよりこのハイテク自転車の方がいい」と太鼓判を押す。車体は時速40キロメートルまで出るほか充電も一日中持つため、「自転車の方が便利。これでほぼどこでも行く」とシュタウデンマンさんは話す。カーゴバイクが増えれば、店舗の出入り口をふさぐ車がそれだけ減ることにもなる。
また、シュタウデンマンさんは「カーゴバイクはお客さんや道行く人から評判だ」と話す。シュタウデンマンさんの「チーズバイク」が世界遺産に登録された古都の石畳み道路をがたがたと音を立てながら走ると、観光客が珍しがって写真を撮っていくという。チーズを入れるボックスに着けた店の広告も目を引いているという。この新しい交通手段が活躍するのは大雨や路面凍結がない日になりそうだが、シュタウデンマンさんにとっては悪天候もさしたる問題ではないようで、「(天気が悪ければ)その時々に合った服を着れば大丈夫」と笑った。
スイスの電動アシスト自転車事情
技術の進歩に伴い、坂道の多いスイス国内で電動アシスト自転車の利用者が増えている。2016年の自転車販売台数32万4581台のうち、4台に1台が電動アシスト付きだった。国内では現在、40万台を超える電動アシスト自転車が町を走っている。
カーゴバイクはまだマイナーな分野で、スイスの自転車協会「Velo Suisse外部リンク」のマルティン・プラッターさんは、カーゴバイク単体の販売台数は統計にないとするものの、電動アシスト付きカーゴバイクの人気は高まっていると話す。自転車関連の利益団体「Pro Velo外部リンク」は特に都市部で高い利用価値があるとみる。広報担当ベッティナ・マッシリさんは「歩行者天国の市街地や自転車専用道路の拡充によって、カーゴバイクはますます車の代替手段として活躍するだろう」と話す。ただ、カーゴバイク先進国のオランダやデンマークと比べれば、自転車インフラに改善すべき点は多いという。
スイス交通クラブ(VCS)のマティアス・ミュラーさんは、都市部で車の所有者が少ない点に注目。「15年の調査で、車の所有者数が60%から57%に落ち込んだ」ことも追い風とみる。ただ、デンマークのコペンハーゲンやオランダのアムステルダムが「安全で広い自転車専用道の拡充に多額の投資をしている」のに対し、スイスの自動車専用道のクオリティは低いという。ミュラーさんは「インフラが整備された都市になって、初めて国民が安心して自転車に乗ることができる」と話している。
(独語からの翻訳・宇田薫)
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