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物価の引き下げに奮闘する連邦価格監督官

シュテファン・マイヤーハンス
スイス連邦価格監督官のシュテファン・マイヤーハンス氏。弁護士、中道右派のキリスト教民主党党員。家族は妻と学齢期の娘。 swissinfo.ch

スイスには価格監督官という公職があるのをご存知だろうか。消費者にとって不利益になる不当な価格と闘うことが仕事だ。価格監督官とは何者なのか。価格を下げる余地はどこにあると考えているのだろうか。2008年から価格監督官を務めるシュテファン・マイヤーハンス氏(49)に話を聞いた。

 マイヤーハンス氏は消費者から年間約2500通もの意見や抗議の手紙・メールを受け取る。おむつが送られてきたこともあるという。

 怖さすら感じるが、マイヤーハンス氏が事務所に「ありとあらゆるものが届く」とあまりに淡々と話すので、「使用済みおむつか」と聞き返さずにはいられなかった。

 マイヤーハンス氏は「まさか。さすがにそれは無い」と身震いしながら答えたが、その考えが面白かったのか笑い出した。彼が言おうとしていたのは、スイスでも販売されている同一の商品あるいは同品質の商品との価格差を示すために、外国で購入した商品を送ってくる消費者が時々いるということだ。

 マイヤーハンス氏は、スイスで大人用おむつがとても高い理由を次のように説明する。

 「スイスの規制は露骨だ。特定の店舗でしか大人用おむつを販売することはできない。そのため競争は限られ、結果として価格は高止まりする」。さらに、スイスの健康保険会社で何が支払い対象になり、何が対象外かということに関して制度上の問題があるという。

 マイヤーハンス氏の在職期間は10年を数え、歴代の価格監督官で最も長い。この10年の間に、ユーロや米ドルに対するフラン高の影響もあり、国産品・輸入品の価格は明らかに下落したという。

 しかし、消費者が一番お得な価格を求めてあちこち店を見て回ることができないケースは依然多い。例えば、チューリヒ―ベルン間の鉄道サービスを提供する会社がそうだ。

 「連邦憲法によれば、市場が独占状態で、価格が有効な競争によるものではない場合、消費者には保護される権利がある」とマイヤーハンス氏は説明する。「私の役割は競争が機能していないときに消費者を守ることだ」

連邦価格監督官 

連邦価格監督官は1973年に設置された。2008年以来同職を務めるシュテファン・マイヤーハンス氏は7代目、在職期間は歴代最長だ。価格監督官という職はスイス特有で、10年前にイタリアで創設された通称「ミスター・プレッツィ(物価)」を除き、諸外国には同様の職は存在しない。外国では、独占禁止委員会や公正取引委員会、カルテル庁や消費者保護オンブズマンが類似の役割を担っている。

連邦価格監督官は、公的機関あるいは民間企業の独占による不正を防止するため、物価の動向に常に注意を払っている。監督官自身の見解や市民の意見に基づいて必要な行動を取る。相互合意の上で公正な価格設定を試みるが、合意に達しない場合、監督官は行政指導を出すことができる。行政指導に対しては連邦行政裁判所に不服申し立てをすることができる。

国によって設定された価格の場合、監督官には「勧告権」がある。関係機関は価格を上げる前に必ず監督官に意見を求めなければならない。それに対し、監督官は価格上昇を防ぐための代替案を提示することができる。監督官の勧告よりも高い価格を発表する場合、関係機関は監督官の勧告を引用した上で、それに従わない理由を説明しなくてはならない。

17年、マイヤーハンス氏とそのチームは、医療費やジェネリック医薬品、上下水道、廃棄物処理、テレビ・ラジオの受信料などさまざまな問題を調査した。

マイヤーハンス氏の個人的な消費体験

 ベルンの連邦教育研究革新事務局外部リンクのビルは象牙の塔というわけではないが、多くの研究者が働いている。連邦価格監督局外部リンクもこのビルに入っており、マイヤーハンス氏が17人で構成するチームを率いる。

 気さくでフレンドリーなマイヤーハンス氏は、赤・青・緑色で彩られた巨大な抽象画が目を引く明るいオフィスで来客をもてなすのを楽しんでいるようだ。彼は私たちにアイベックス(アルプスに生息する野生のヤギ)のラベルの付いた緑色のボトルからスイス産の炭酸水を注いでくれた。

 マイヤーハンス氏に消費者として初めて経験した苦い思い出をたずねたところ、子供の頃、自分のポケットに入れたお金が、お菓子を買うのに足りないように見えてがっかりしたことだと話してくれた。ノルウェー留学中は、地元のコンビニエンスストアに「24時間営業のぼったくり店」というニックネームを付けていた。

 近頃はスイスのオーガニック食品の値段に驚くという。

 「数十年前には何でもオーガニックだった。今では、オーガニック食品には専用のラベルが貼られ、多くのお金を支払わなくてはならない。法外な値段だと思うこともあるが、十分な需要のある限り、それが市場のルールだ」とマイヤーハンス氏は指摘する。 

 買い物に出掛けたり、トラムに乗ったりすると、マイヤーハンス氏だと気づく人がよくいる。勇気ある人はおしゃべりをしようと彼に近づいて来る。

 「人々はこの値段やあの値段に注意すべきだと教えてくれる。しかし、押しつけがましくはない。スイス人はとても控えめだ」。2500人の手紙の差出人一人一人に、1~2ページの返事を出しているという。

 「我々は、可能な逃げ道を消費者に示そうとしている。競争があるかどうかを教え、これやあれを試してみたかと聞く。我々は全力で消費者や市民をサポートしようとしている」

選択するために必要な情報を提供する

 医療や交通の分野では透明性が欠如しているため、価格が適正かどうかの判断が難しいとマイヤーハンス氏は話す。

 「どんな選択肢があるか知らなければ、適切な決断は出来ない。透明性は競争が機能するために不可欠な要素だ。透明性を回復させ、消費者がこの情報にアクセスできるようにすることは、私にとって非常に重要な仕事の一つだ」

 その一つが今年2月に公開された、スイスの病院で一般的な20の治療に掛かる概算費用を表示するウェブサイト外部リンクだ。利用者は居住地や加入する健康保険会社を選択してデータを抽出することができる。

 健康保険でカバーされる治療費について個人があちこちの病院を比較する必要は無いとしても、社会全体で医療コストを負担するのだから、病院によって費用がどれだけ異なるのかを知っておくべきだとマイヤーハンス氏は話す。

 マイヤーハンス氏によれば、スイスの国内総生産(GDP)の約13%は医療費に使われる。実に、給与の5倍の速さで増加している。

 「これは時限爆弾だ。何もしなければ、我々の目の前で爆発するだろう」

 価格監督局は保険料や治療費を規制することはできないが、同局の意見は重要な役割を果たす。昨年、ハンスマイヤー氏は、医療費を抑制する38件の具体案を提出した委員会に加わっていた。

 「今春、連邦内閣はどの措置をどのように実施するかを決定する予定だ。少なくとも、医療費支出がこれ以上実質的に増加することのないように願っている」

公共交通費

 公共交通費は、マイヤーハンス氏が長年、取り組んできた問題だ。同氏は、公共の鉄道・バスなどが原則乗り放題になる年間定期券の収入配分に納得がいかないという。鉄道会社の経費は上昇傾向にあるにもかかわらず、バス会社は低コストのディーゼル車によって利益を得ている。資金を必要とするサービス提供者に対する運賃収入の配分率を上げることが理想的だと指摘する。

 しかし、それをどうやって見極めるのだろうか。

 「GPS、自動料金計算、携帯電話を使って目的地に到着した時点で乗車券の料金を計算する新システムが開発されているところだ。新システムは必ず実現されると考えている」とマイヤーハンス氏は話す。

無駄なお金は払わない

 誰にとってもそうであるように、マイヤーハンス氏にとっても旅行するときは割引価格が有り難い。

 「この夏、結婚式に出席するためフランスに行く予定だが、航空券代で大変得をした」と得意げに話す。「航空券の価格設定は謎で、誰も本当のところは理解できない。しかし、簡単なルールが一つある。可能なら前もって予約することだ」。マイヤーハンス氏は9カ月前に予約した。

 彼は飛行機のマイルは特に貯めていないが、スイスの大手スーパーマーケットチェーン・ミグロのポイントシステム、クムルス・ポイントは貯めている。所持しているクレジットカードはたったの2枚。そのうち1枚はミグロが出している年会費無料のカードだ。

 「もう1枚は外国で使うためのもので、為替レートが有利だ。だから、国内用のクレジットカードには年会費は払っていない」とマイヤーハンス氏は説明する。

 さらに続けてアドバイスする。「自分が使うものを注意深く観察しなければならない。とても不愉快な不意打ちに遭うことがあるからだ。例えば、金利の支払いが遅れたとき。一部では支払い期間が15日間しかなく、16日目に金利が50%に跳ね上がる。十分に気をつけなくてはならない」

マイヤーハンス氏のヘアスタイルとこれまでの業績

 マイヤーハンス氏のサイドに流した格好のいいヘアスタイルが話題になったのはインタビューの最後に写真を撮ろうとしたときのことだ。

 「ヘアスタイルを確認させてくれ。私の髪型のことで週に一通は手紙をもらうので」と内側に鏡の付いた戸棚を勢いよく開けながら冗談を言う。このヘアスタイルはマイヤーハンス氏によく似合っている。全ての男性が「男子定番の」スタイルではつまらないだろう。

 過去10年間、マイヤーハンス氏はスイス国民のために物価を下げることに貢献してきたが、彼の姿勢は謙虚だ。

 「私は統計を取り続けているが、通常は公表しない。私が法改正のための提案や提言を行うとき、基本的に私に決定権はなく、勧告を出すに過ぎないからだ」

 しかし、価格監督局は公共交通機関、郵便事業、水道や電気などの公共料金、廃棄物処理など直接的な影響が及ぶ分野で年間約3億フラン(約334億3500万円)を節約している。

 また、病院で掛かる治療費も新システムが導入された12年以来10%減少した。その額は年間10億フランに上る。

 「しかし、これらの成果を自分自身の手柄にすることはできない。何百万フランの節約に貢献してきたけれどね」

 では、これらの節約実績に対するボーナスは無いのかとたずねると「経済大臣に提案してみたが、あまり乗り気ではなかったよ」とマイヤーハンス氏は笑い飛ばした。

(英語からの翻訳・江藤真理)

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