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記録的な労働力不足 スイスの対応は?

高賃金のスイス インフレ下の賃上げ交渉はどうなる?

2018年にジュネーブでストライキ中に行われたデモ。建設労働者にとってデモは賃上げ交渉の手段だ © Keystone / Salvatore Di Nolfi

スイスの労働組合は来年度3~5%という大幅な賃上げを要求しているが、社会学者ダニエル・エシュ氏によると、人手不足が功を奏し、すんなり通るかもしれないという。

今年度、スイスの労働者の収入は結果として平均で実質2.2%減少した。2021年末に労使が合意した小幅の賃上げも、3%の物価上昇で帳消しになったからだ。国内の主だった労働組合は、その埋め合わせは必須で譲れないとしている。

労組は2023年度の賃上げ要求を3~5%と決定したが、いくつかの職業集団はさらなる要求を掲げている。左官業組合は11月7日と8日、労働条件を守り賃金を上げるよう訴えてデモを実施した。

また同組合は、労働協約(GAV/CCT)に労働時間の柔軟化などを盛り込むというスイス建設業協会の提案にも反対しており、現在再交渉中だ。

ローザンヌ大学の社会学者ダニエル・エシュ教授はswissinfo.chのインタビューで賃上げ交渉の現状について解説した。

現状では労働者が有利とみるダニエル・エシュ氏 DR

swissinfo.ch:労働市場では専門職が大幅に不足していますが、この状況は現在行われている賃金交渉で被雇用者側に有利に働くでしょうか?

ダニエル・エシュ:労働力不足は交渉の行方を大きく左右する要素であり、国内総生産(GDP)よりはるかに重要です。GDPが上昇しても自動的に賃金が上がるわけではありませんからね。

現在国内の労働市場は数十年ぶりに人材が枯渇している上に、近隣諸国も同じく採用難に頭を抱えています。そのため、EU域内から労働者を集めることは至難の業です。つまり労使の力関係は被雇用者側に有利になっています。

swissinfo.ch:インフレは重大な問題です。労働協約の多くは物価上昇分を100%賃金で調整する予定でしょうか。それとも時計産業が例外なのでしょうか?

エシュ:どちらかと言えば例外でしょう。この条項は1990年代の経済危機でほとんどの労働協約から削除されました。当時はインフレ率が4~5%と高かったため、使用者側が物価上昇分の自動調整を望まなくなったのです。

失業率が高くなって組合の力も弱まり、労働協約が使用者側に有利になるよう改正されて交渉が可能になりました。そのため現在では物価上昇分を100%賃金でカバーすることは協約で保証されていません。ただ、ほとんどの労働協約で生産性向上や経済状況と共に交渉事項として挙げられています。

swissinfo.chクレディ・スイスは、インフレを完全に補うような賃上げは無理ではないかと予想しています。被雇用者は今後も交渉に負け続けるのでしょうか?

エシュ:いいえ、歴史的に見るとスイスの賃金は物価に先だって上昇しています。この20年間の賃上げは平均で年1.2%ですが、インフレ率は0.5%です。2022年度の3%近いインフレ率というのは特殊です。それでもなおスイスの賃金はヨーロッパ諸国よりも高いのです。

ダニエル・エシュ氏によると、3つのモデルがある。

「1つめのモデルでは、建設業や時計産業のように、業界全体の賃金引き上げが交渉により取り決められる。

2つめのモデルでは、コープやスイス連邦鉄道(SBB/CFF)のように、労組代表と企業経営者のとの間で交渉が行われる。

3つめのモデルでは、機械産業や製薬業界のように経営側と事業所委員会との間で直接交渉が行われます。けれどもこの枠組みでは一方が他方に大きく依存しているため、交渉参加者は真に対等な立場ではありません」

swissinfo.chスイスは一般的に、労使協調が特に強力な国だと見られています。ところが実際は多くの労働者が労働協約から締め出されています。今回の交渉でもそうなのでしょうか?

エシュ:ドイツ、オーストリア、イタリアなどの主な近隣諸国では、労使協調がスイスより強いことは確かです。反対にフランスでは、賃上げを決定する際に最低賃金が中心的な役割を担っているため、労使協調の役割は小さくなっています。

一方スイスでは、労働者のおよそ半分は労働協約を締結しておらず、事実上賃金交渉の対象外です。

しかし対象外の労働者も、業界の他企業で行われた交渉の波及効果で恩恵を受けることが多いのです。例を挙げてみましょう。小売業の労使が賃金引き上げに合意した場合、労働協約を締結していないアルディやリドルなどのディスカウントストアも、魅力的な雇用者であり続けるために非常に高い確率で同様の賃上げを行うでしょう。

swissinfo.ch転職の多い職業ではそのような賃金競争が激化します。左官業者は11月7日と8日に抗議行動を呼びかけました。引き続き交渉が難航するでしょうか?

エシュ:景気動向がはっきりしないので、予測は非常に困難です。けれどもインフレが継続し、人手不足も解消されない場合、抗議活動がさらに増える可能性があります。この状況は労働組合にとって追い風となるグッドニュースです。

この数年、企業は力関係で有利な立場を利用して一斉賃上げを控え、個別賃上げの比率を高めています。ところが公表される賃金総額は上昇しているため、このような分配の不平等は表面化しにくいのです。

例えば建築業の労組が行ったように、労働者一人当たり月額200フラン(2万8000円)、全員に同額の賃上げを要求した場合、低賃金労働者の賃上げ率が相対的に高くなり、高賃金労働者より優遇されます。こういう形の賃上げが今後は重要になっていくかもしれません。

swissinfo.ch労働世界の「ウーバー化」や社会の個別化が進む中、スイスの労使協調はどうなるでしょう?

エシュ:かなり良くなると言えるでしょう。多くの企業で労使が定期的に話し合い、建設的な解決法を見つける努力をしています。労使協調は企業年金や雇用保険、職業教育などの分野でも機能しています。

この分散型システムはかなり有能です。正式な交渉相手を持つことは雇用主にとっても、特に危機的状況において大切だと強調しておきます。このことは、2020年に新型コロナウイルスが世界的に流行し始めたころ、「ロックダウン」で損害を受けた企業と従業員を経済支援するために連邦内閣が労使と交渉した際明らかになりました。

独語からの翻訳:井口富美子

Übertragung aus dem Französischen: Christoph Kummer

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