スイスは、欧州連合(EU)や経済協力開発機構(OECD)から外国企業への税制優遇措置に対して批判され、法人税制の改正を迫られているが、12日に行われた国民投票では政府の法人税改正案が否決された。この結果、スイスに所在する外国の多国籍企業にとっては、ビジネスの不確実性を生み出し、また、スイス政府の今後の経済戦略はさらに不透明になった。
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横浜市出身。1999年からスイス在住。ジュネーブの大学院で国際関係論の修士号を取得。2001年から2016年まで、国連欧州本部にある朝日新聞ジュネーブ支局で、国際機関やスイスのニュースを担当。2016年からswissinfo.chの日本語編集部編集長。
スイスには、持株会社、管理会社、ミックスカンパニーといった企業が約2万4000社(スイスで登記されている企業全体の7%に相当)所在するが、これらの企業は事業を国外で行い、実際にはスイスで生産も商業活動も行っていない。そして、税制上優遇されており、スイス国外で得た収入に対して低い税金が課されている。
連邦制のスイスでは、法人企業に対して連邦税率は一律の7.8%が課されているが、州ごとに課税される税率は異なるという特徴を利用して、海外企業を誘致するため、州税は低額または無税となっているのが現状だ。つまり、海外と比べるととりわけ低い州の法人税が、外国企業にとって魅力の一つともなっている。
こうしたスイスの税制優遇措置に対しては、以前からEUやOECDから厳しい批判があり、もし法人税制を国際的な水準にしなかった場合には、制裁も免れないという圧力をかけられている。EUは、税制優遇措置は税競争を「歪める」とし、1972年の自由貿易協定に違反すると主張してきた。また、スイスは2014年に、OECDと2019年までに特別税制優遇措置を廃止することで合意している。
こういった背景を基に、スイス連邦議会は昨年6月、第3次法人税改正案を承認。その内容は、特別税制優遇措置を撤廃し、すべての企業に対する州の法人税を一律にする一方、それによる減収は政府が一部負担するとしていた。つまり、スイスの法人税の実効税率を引き上げてEUやOECDといった国際的な基準に協調しつつ、スイスの高い国際競争力を維持する ための法的枠組みを確保しようとしていたのだ。
ところが、社会民主党は、政府提案の税制改正による損失を連邦直接税で埋め合わせることは「納税者が犠牲になる」と主張して異議を唱え、10月に国民投票実施に必要な5万人を超える5万6000人分の署名を集め、任意のレファレンダムとなった。今回是非を問われた法人税改正では、投票者の59.1%が反対し、否決された。投票結果は、23州のうち19州が反対するという圧倒的な多数で否決となった。
12日の国民投票の結果を受け、社会民主党党首クリスチャン・ルヴラ氏は、「スイス国民は、大企業へのプレゼントを負担したくないと理解したのだ」と話し、是非の問われた第3次法人税改正は、「傲慢で利益誘導型の政治手法だ」とした。また、国民投票の結果を受けたスイス・メディアの政府案への反応は厳しいもので、ドイツ語圏の日刊紙NZZは、「経済界にとっても、ブルジョワ階級にとっても、さらにウエリ・マウラー財務相にとっても、まるで平手打ちを食らったような投票結果になった」と表現し、「明らかに、ビジネスに有利な政策からだれもが利益を得るという考え方は崩壊しつつある」と書いた。
一方、欧州委員会(EC)の経済金融問題担当ピエール・モスコビチ氏は、「欧州委員会はスイスの投票結果に失望させられた」と発言した。だが、「スイスは国際的な脱税や租税回避行為を防止するための建設的なパートナーとなった。こうして2014年に、加盟国およびスイスは有害な租税慣行に終止符を打つために合意し、OECDが定めた国際基準を尊重しようとしたのだ 」と述べたこともスイスのフランス語放送局RTSは報じた。
そして、マウラー財務相 は、否決が決まった後の記者会見で「スイスが国際企業のレーダーから消えるのは本当に危険だ」と 発言し、スイスの国際競争力の魅力を失う可能性があることを述べた。そして、スイスは2019年までにOECDとの約束である「有害な」租税慣行をやめなければならないとも語った。ただ、マウラー氏によると、法人税法の新たな代替案の作成には最低2年はかかるという。
スイスはOECDのBEPES(税源浸食と利益移転)の行動計画中に挙げられている国際基準の受け入れ準備を始めたところだった。こうした中での、今回の第3次税制改正法案の否決は、スイス政府にとって大きな痛手になったことは確かだ。
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第3次法人税改正法案 政府の意図に反し圧倒的多数で否決
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スイスの国民投票で12日、三つの案件についてその是非が問われ、第3次法人税改正法案は圧倒的多数で否決。一方、移民3世の国籍取得手続きの簡易化と国道と都市交通のための基金(NAF)設立に関する案件は、約6割の賛成と州の過半数の賛成で可決された。今回の投票率は46%だった。
第3次法人税改正法案
今回の投票で最も注目を集めたのが、第3次法人税改正法案だった。同法案は経済拠点としてのスイスの外国企業に対する法人税制を国際水準に合わせて引き上げながらも、国際競争力を高維持することを目的としていた。今回、連邦議会が昨年6月に承認した同法案に社会民主党が異議を唱えたことで、任意のレファレンダムが成立した。
政府はEUなどからの国際的圧力もあり、この第3次法人税改正法案を成立させようと、有権者に賛成票を投じるよう呼びかけていたが、 59.1%という圧倒的多数で否決された。
同法案は、持株会社、管理会社、ミックスカンパニーを対象としたスイスに登記している外国企業に対する優遇措置を撤廃し、すべての企業に対し一律の連邦税を課すとしていた。しかし、こうした企業の撤退を危惧したいくつかの州は、州の法人税率の引き下げをすでに決定。その結果、州の減収分の一部を埋め合わせるため、政府は国の連邦直接税の中から21.2%(現在は17%)を州に渡すとしていた。
そして、それと共に、国際競争力を維持・高めるため、研究や革新を促進している企業を対象にした「パテントボックス税制」の導入と、研究開発にかかった実質経費の控除額を増加しようとしていた。
ところが、レファレンダムを起こした社会民主党は、「今回の改正によって利益を受けるのは一部の大企業とその株主であり、税制改正で生じる不足額は最終的に納税者、とりわけ中産階級が負担することになる」と批判していた。同法案により連邦、州、地方自治体の収税に生じるとされる不足額は30億フラン(約3千340億円)と推定されていた。
この「最終的な負担をするのは納税者である」という社会民主党の主張は、投票前2、3週間で急激に支持を得て、圧倒的多数の否決につながった。レファレンダム
スイスには任意のレファレンダムと強制的レファレンダムの二つのレファレンダムが存在する。
任意のレファレンダムは、連邦議会が承認した法律の是非を国民投票で決める制度。法律の公布後、国民は100日以内に5万人分の有効署名を連邦内閣事務局に提出すれば成立する。国民の賛成過半数によって、可決となる。
強制的レファレンダムは、連邦議会が憲法改正を行う際、自動的に国民投票でその是非を問う制度。任意のレファレンダムに対し、強制的レファレンダムの可決には、国民の賛成過半数に加え、州の賛成過半数が必要となる。
今回の国民投票では、第3次法人税改正法案が任意的レファレンダム、憲法の改正が要される移民3世の国籍取得手続きの簡易化と国道と都市交通のための基金(NAF)が強制レファレンダムだった。移民3世の国籍取得手続きの簡易化
今回、有権者の60.4%の賛成と、23州のうち17の州の賛成により可決された移民3世の国籍取得手続きの簡易化。この結果、従来に比べて申請から国籍取得までの期間が短縮される。
ただし手続きは簡易化されるが、国籍を取得するための申請条件は以下のように、これまでよりも厳しく設定されている。
1.スイス生まれの25歳以下。
2.永住許可証(C許可証)を持ち、スイスで最低5年間義務教育を受けている者。
3.両親のうち少なくとも1人は、永住許可証を持ち、スイスで最低5年間義務教育を受け、スイスに10年以上滞在している。
4.申請者の祖父母は、どちらか1人がスイス生まれ、またはスイスの滞在許可証を取得していたことを正式に証明できる必要がある。
ただし、国籍取得のために必要とされる前提条件はこれまでと同様で、十分にスイス社会に統合されていることが求められる。
つまり、法秩序と憲法で規定されている、男女平等、信仰の自由、良心に従って行動する自由などの価値観を尊重しなければならない。さらに、公用語の少なくとも一つを話せる必要があり、納税の義務がある。また社会保障の受給者には国籍が与えられないなどといった条件が課されている。
今回の憲法改正法案は、08年にアダ・マーラ下院議員(社会民主党)が移民3世の国籍取得の簡易化を目的とした法案を連邦議会に提出したことに始まる。当時の法案が目指していたのは、移民2世代の国籍取得手続き簡易化と移民3世代に対する自動的な国籍付与だった。国民議会(下院)と全州議会(上院)共に意見が定まらず、その妥協案として出来上がったのが、今回の移民3世の国籍取得の簡易化だった。
この憲法改正法案に対して今回、「スイス国籍の安売り」として唯一意義を唱えていたのが右派・国民党で、「スイス国籍は、スイスに溶け込み、スイス人になりたいという意思を証明する過程を経たうえで手に入れるもの」と主張していた。
これに対して、スイスで生まれ、スイスの学校に通う第3世代をスイス社会の重要な一員と見る政府と連邦議会は、「祖父母の祖国よりも、生まれ育ったスイスとの繫がりが強い第3世代に対する国籍取得手続きは簡易化されるべきだ」として、同憲法改正に賛成票を投じるよう、国民に呼びかけていた。
国道と都市交通のための基金
続いて可決されたのが、国道と都市交通のための基金(NAF)に関する憲法改正案だ。これまでは、鉱油税と高速道路料金からの収入で道路事業が行われてきたが、将来的な財源不足に備え、政府と連邦議会が特定財源としてNAF設立を推進。投票者の61.9%、23全州の賛成という圧倒的な支持で可決された。
この結果、NAFに毎年約6億50万フランの資金を注入し、年間約30億フランの財源が無期限で確保される。施行は18年から。
また、NAFが設立されることにより、未完成の国道の整備、顕在化されている問題の解消、山道や地方の主要道路の整備などに留まらない、国道の運営・維持を含めた、広い範囲での資金運用が可能となる。
道路交通網が最も整っている国の一つに数えられるスイスではあるが、年々交通量が増え続けており、国道では90年以来、交通量は倍増している。国の予測によると今後交通量はさらに増加し続け、それは都市交通においても同様だという。そのため、これまで以上に必要となる道路インフラの運営費や維持費を国は確保する必要があった。
連邦議会では基本的にNAFに反対する声はどの政党からも挙がっていなかったが、社会民主党の一部からは、毎年追加で約6億50万フラン を特定財源として固定することで、他の分野に予算を回せなくなってしまうとの批判が上がっていた。また緑の党の一部反対派は、「NAFが実現し、道路事業により多くの資金が流れ込むことになれば、森林伐採は進む一方だ」と環境問題の観点からNAF設立を批判していた。
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