東京電力福島第一原発事故から6年。スイスは2017年5月21日、原子力に拠らない未来をかけて国民投票を実施する。当の日本は逆に、停止していた原子炉の再稼動に動き出している。この逆転現象の背景にあるのが直接民主制だ。
このコンテンツが公開されたのは、
二国のエネルギー政策を取り巻く環境は共通する面が多い。日本とスイスはともに代表民主制を採る。輸出中心の工業立国であり、数十年間核エネルギーが重要な役割を担ってきた。2010年時点で両国とも原子力発電が電力総需要のほぼ3分の1を占めていた。
ライブ配信外部リンク
だが原子力の平和利用は核だけでなく現代社会を分裂させる。日本でもスイスでも、最初の原子力発電所の設立計画が動き出した1950年代、数百万人が危険な技術に反対してデモ行進をした。
地震、津波、過酷事故
転機となったのは2011年3月11日、日本に過去最大級の津波が押し寄せ、甚大な被害をもたらしたことだ。海底で発生した地震は巨大な津波となり、1万5千人以上の命を奪い約40万棟の建物を破壊した。首都・東京から北に350キロメートル、海岸沿いに位置する福島第一原発で炉心溶融が起こった。福島周辺では何千人も亡くなり、数十万人が放射能の影響を受けた。1986年のチェルノブイリ原発事故以来最悪の事故は、地球の裏側の国々にも大きな波紋を呼んだ。その一つがスイスだった。
過酷事故のわずか3日後、スイスで当時環境・エネルギー相だったドリス・ロイトハルト氏(2017年の大統領)は、08年に提出された新しい原子力発電所3基の建設申請を凍結。さらに数週間後、連邦議会はいわゆるエネルギー転換策に着手した。同転換策の核心となる「エネルギー戦略2050」は、50年までに段階的な脱原発を目指す。その延長線上で、スイスは2017年5月21日に国民投票を実施する。
日本の現状は正反対だ。震災前、48基の原子炉が稼働していた。その後数年、1億3千万人の人口を抱え、工業に根差しながらも日本は原子力発電なしでしのいできた。だが自民党の安倍晋三政権は今、スイスとは反対方向に舵を切ろうとしている。世論調査では圧倒的多数の国民が原子力に反対であるにもかかわらず、政府は今後数年で原子力発電を全体の2割超に引き上げる方針だ。
エネルギー政策においてスイスと日本が真逆の方向に向かうのは、二国において民主制のあり方が大きく異なることが大きな理由の一つだ。
スイスと日本の主な違い
1.共和制vs君主制:近代スイスにおいて王政が敷かれたことはないが、日本では第二次世界大戦まで「現人神(あらひとがみ)」として天皇が権力を握っていた。
2.連邦vs中央集権:スイスの政治システムは連邦、州、自治体の3層に権限が配分されている。日本は集権的で、首相に強い権力がある。
3.伸長vs制限:長い歴史の中で強権政治がなかったことから、スイスは憲法裁判所を置いていない。日本では20世紀のファシズムの経験から、民主主義が厳しく制限されている。
4.多様vs均質:文化的に均質な日本と異なり、スイスは政治的な意思に基づき複数の言語、文化、宗教で成り立っている。
5.直接民主制vs代表委任:スイスでは主要テーマについて有権者が最高執行機関としての役割を果たす。日本では選ばれたエリートが最終的な決定権を握っている。
6.特徴的な「原子力民主主義」vsエネルギー問題における国民の沈黙:スイスのエネルギー転換を問う5月21日の国民投票は、エネルギー政策をめぐる国民の決断としては79年以降で15回目となる。この間、日本でそうした国民投票が実施されたことはない。
7.拘束力vs助言:地域レベルでは日本でも直接民主制が採られる面もある。ただしその結論は助言的な意味しかなく、スイスのように最終決定としての性格はない。
要するにスイス国民は日本国民に比べ、国のエネルギー政策をコントロールできる機会をはるかに多く持ち、また築き上げられた直接民主制のおかげで、原子力政策におけるスイス国民の意見は、日本のそれよりも格段に強い影響力がある。
日本で高まる圧力
だが安倍政権下でのエネルギー政策も、政治や市民社会から民主主義強化への圧力を受けている。
野党は、そうした圧力は90年代から原子力・安全保障問題をめぐる住民投票に表れていたと指摘する。もっとも国レベルではなく地域レベル、助言的な性格しか持たない投票だが、例えば96年夏に行われた新潟県西蒲原郡巻町(現新潟市西蒲区)の新たな原子炉建設をめぐる投票では、建設反対の民意が明確に示された。またその翌年には、沖縄県民が第二次大戦後に設けられた米軍基地の廃止に賛成の意を示している。
こうした住民投票の経験は、多くの人が国民の権利強化に力を尽くそうという着想に繋がった。そして近い将来、安倍首相率いる自民党が一大改革への口火を切る可能性がある。今年施行から70周年を迎えた日本国憲法の改正だ。そのような改定においては、日本から1万キロメートル離れたスイスで1948年以来日常となっている「拘束力のある国民投票」の導入を検討すべきだろう。
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
続きを読む
おすすめの記事
スイス初の原発解体、その行程は?
このコンテンツが公開されたのは、
カウントダウンが始まった。約150日後、スイスで初めて原発が廃炉となる。その後、15年かけて解体が行われる。運転停止はこれまでにも定期的に行われてきたが、さてその後は…?
もっと読む スイス初の原発解体、その行程は?
おすすめの記事
スイス原発の廃炉に向け、手を差し伸べ合う旧敵
このコンテンツが公開されたのは、
スイス初の廃炉が現実となる日を待つことなく、その安全をめぐる議論にはすでに終止符が打たれた。数十年にわたる闘いの後、原発経営企業と反原発派は今、同じ目的に向かって歩調を合わせる。
もっと読む スイス原発の廃炉に向け、手を差し伸べ合う旧敵
おすすめの記事
スイス、脱原発と省エネへ 国民投票で可決
このコンテンツが公開されたのは、
今回可決された「新エネルギー法」は、エネルギー転換を目指す改正法案で、「エネルギー戦略2050」をベースとし、スイス国内にある原子力発電所5基の稼動を順次停止しながら、原子力発電所の改修や新設を禁じる内容となっている。…
もっと読む スイス、脱原発と省エネへ 国民投票で可決
おすすめの記事
日本の住民投票、ほんとうに力のある道具なのか?
このコンテンツが公開されたのは、
住民が自治体の政策に対し、自分たちの意思を示す住民投票。この直接民主制の形を使って東北電力の原発設置に「ノー」を突きつけた町がある。新潟県の旧巻町だ。この投票が行われた1996年は、沖縄で米軍基地縮小に関する投票も行われ、住民が直接請求で投票を要求した「夜明け」であり、そのため「住民投票元年」と呼ばれる。だがその後、住民投票は日本でどう展開しているのだろうか?スイスの直接民主制を推進するスイスインフォの特集の一環として、この直接民主制の形を調べてみた。
もっと読む 日本の住民投票、ほんとうに力のある道具なのか?
おすすめの記事
脱原発、再エネの技術革新と人間の創意工夫で10年後に可能とスイスの物理学者
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは21日、国民投票でエネルギー転換を図る政策「エネルギー戦略2050」の是非が問われる。これは、節電やエネルギー効率の促進、再生可能エネルギーの推進に加え、原発の新規建設の禁止を軸にしている。しかし、既存の原発の寿命には制限がないため、ゆるやかな段階的脱原発になる。では、40年といわれる原発の寿命はどう決められたのか?など、原発の問題点やスイスのエネルギー転換を物理学者のバン・シンガーさんに聞いた。
緑の党の党員で国会議員でもあるクリスチャン・バン・シンガーさんは、 物理の専門家として「世界の物理学者は戦後、原爆のあの膨大なエネルギーを何かに使いたいと原発を考案したが、二つの問題を全く無視していた。事故のリスクと核廃棄物の問題だ」という。
もっと読む 脱原発、再エネの技術革新と人間の創意工夫で10年後に可能とスイスの物理学者
おすすめの記事
スイスのエネルギーに望みをかける
このコンテンツが公開されたのは、
スイス政府が発表した「エネルギー戦略2050」が実現すれば、スイスは安全でクリーン、かつ安価なエネルギーが生産できるようになる。また、スイスのエネルギー 分野への投資は雇用を促し、国の成長や繁栄につながる。こう主張するのは、再生可能エネルギーおよびエネルギー効率分野の企業や事業者団体を統括するAEEスイスのジャンニ・オペルト会長だ。
もっと読む スイスのエネルギーに望みをかける
おすすめの記事
リベラルで、安全、安価なエネルギー供給を崩してはならない
このコンテンツが公開されたのは、
5月21日の国民投票で問われる新エネルギー法は、巨額のコストがかかるうえ、手の届かない目標を掲げ、これまでに例のない規模で国民をコントロールするだろう。また同法は電力供給における目下の問題を解決するどころか、さらに深刻化させるだろう。国の電力システムへの介入に反対する「エネルギー同盟」のルーカス・ヴェーバー代表はそう語る。
もっと読む リベラルで、安全、安価なエネルギー供給を崩してはならない
おすすめの記事
原発事故後、日本のエネルギーシフトはどう進んでいるのか?
このコンテンツが公開されたのは、
「脱原発」が、今月27日の国民投票でスイス国民に問われる。だが、もともとこのイニチアチブが提案された直接の原因は、福島第一原発の事故だった。では、この事故の当事国であり、原発ゼロが1年半も続いた日本で今、エネルギーシフトはどう進んでいるのだろうか?また、節電はどこまで行われ、人々のエネルギーに対する考えはどう変わったのだろうか?「環境エネルギー政策研究所」の飯田哲也所長に電話インタビューした。
もっと読む 原発事故後、日本のエネルギーシフトはどう進んでいるのか?
おすすめの記事
段階的脱原発や再エネ促進など、スイスのエネルギー転換を国民に問う
このコンテンツが公開されたのは、
福島第一原発事故を受け、スイス政府はエネルギー転換を目指す改正法案「エネルギー戦略2050」を立ち上げ、昨年秋の国会でようやく成立させた。原発に関しては、新しい原発は作らないが既存の5基の原発の寿命は限定しないとする「ゆっくりとした段階的脱原発」を決めている。しかしこの法案に対して反対が起こったことから、最終的に5月21日の国民投票で国民の判断を仰ぐ。
エネルギー戦略2050は、 スイスの包括的なエネルギー転換を図るものだ。そのため、段階的脱原発だけではなく、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の促進やエネルギーの効率的利用を進めていく。政府の目的を一言で言えば、「スイス国内での十分で確実なエネルギー供給を保障し、同時に外国からの化石燃料の輸入を削減すること」だ。
再エネに関しては、太陽光発電や風力発電、バイオマス発電に加え、水力発電の促進も考慮されている。水力発電はスイスの主な発電源であったにもかかわらず、コスト面で採算が取れず最近赤字が続いていた。また、エネルギー戦略2050には、建物や自動車、電気製品のエネルギー効果を高める政策も含まれている。
ところがこうした大きなエネルギー転換に初期から反対していた右派の国民党が、エネルギー戦略2050に反対し、レファレンダムを起こした。レファレンダムとは新法が連邦議会(国会)で承認されてから、100日以内に有権者5万人分の署名を集めれば国民投票を行うことができる「権利」だ。
もっと読む 段階的脱原発や再エネ促進など、スイスのエネルギー転換を国民に問う
おすすめの記事
エネルギー戦略の是非をスイスの有権者に問う
このコンテンツが公開されたのは、
スイスの5カ所の原子力発電所を今後数十年かけて段階的に廃止するという新エネルギー戦略。その是非が有権者に問われる。
スイス国民党は19日、政府が2011年の福島の原子力発電所事故後間もなく立ち上げた「エネルギー戦略2050」に対するレファレンダムを申請した。
これまで100日間で集めた6万3千人以上の署名を提出し、全国投票に持ち込むという。投票は5月21日に予定されている。
もっと読む エネルギー戦略の是非をスイスの有権者に問う
おすすめの記事
スイス人は原発に反対、だが脱原発はゆっくりと
このコンテンツが公開されたのは、
昨日27日に行われた国民投票で、緑の党提案の「脱原発イニシアチブ」は、投票者の54.2%の反対で否決された。「脱原発を否決したといっても、それがイコール原発支持ではないのだ」というのが、スイスメディアの全体的な反応だ。結局、国民の多くが政府の提案する「秩序ある脱原発」に従うことを選んだのだという。
もっと読む スイス人は原発に反対、だが脱原発はゆっくりと
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。