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製薬大国スイスで薬不足が起こる理由

製薬会社のマスク姿の従業員
命にかかわる抗生物質から、がんやてんかんの治療薬まで、広範囲で医薬品不足が深刻化している © Keystone / Christian Beutler

スイスは、ロシュとノバルティスという世界最大手の製薬会社や数百もの中小バイオテック企業が拠点を置く、言わずと知れた製薬大国だ。なぜ、自国では医薬品が不足しているのだろうか?

スイスのメディアはここ3カ月の間、抗生物質アモキシシリン、一般的な鎮痛剤イブプロフェンからパーキンソン病や心臓病、てんかんなどの慢性疾患の治療薬まで、あらゆる医薬品が不足していると盛んに報道してきた。

スイスの薬剤師エネア・マルティネリ氏が運営するウェブサイトdrugshortage.ch外部リンクによると、2021年5月時点で欠品していた処方薬は約450品目だったが、今年3月初旬には少なくとも1千品目が欠品状態だった。連邦経済省国家援護局(BWL/OFAE)が3月初旬にまとめた報告書では、配送遅延、入荷の見通しが立たない欠品、または市場から完全に撤退してしまった状態にある必須医薬品は約140品目に上った。これは2017年には48品目だった。

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マルティネリ氏は昨年11月、独語圏のスイス公共放送SRFに対し「悲しい記録を達成した」と語った外部リンク。スイス当局は2月までに薬の供給状態を「問題あり」に分類し、早急な解決策を講じるためタスクフォースを設置した。

スイスで薬品不足が起こるのはこれが初めてではない。しかし、不足している薬品が広範囲に及び、不足に陥るスピードが速く、不足期間が長期間にわたっているため、スイスは警戒を強めている。

病院に勤務する薬剤師の1人は先月21日、フランス語圏の日刊紙ル・タンで「20年前は月に1回欠品があった。今は1日に4、5品目の欠品が出る。心配なことだ。今年に入ってから150以上の薬が在庫切れだ」と語った外部リンク

医薬品不足が起こっているのはスイスだけではない。新型コロナウイルス対策のマスク着用義務が緩和された今冬、欧州の多くの国は、風邪、呼吸器感染症、インフルエンザ患者の急増による深刻な医薬品不足に直面している。しかしスイスほど製薬会社が密集している国はほとんどないため、薬の供給が追い付かない事態に悩むのは、スイスばかりだ。

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不透明な供給網

連邦内務省保険庁(BAG/OFSP)は昨年2月に発表した報告書外部リンクで、スイスが他国にも影響する医薬品不足を回避できない主な理由の1つとして、スイスが医薬品不足の明確な全体像を把握していないためと指摘した。連邦経済省国家援護局(BWL/OFAE)は必須医薬品関連しか追跡しておらず、その他の情報源としてはマルティネリ氏が製造会社や製薬会社の発表をもとに作っている個人運営のウェブサイトしかない。このサイトでも、せき止めシロップのような市販薬は対象外だ。

さらに各省庁はそれぞれの担当部門からしか医薬品のサプライチェーン(供給網)を見ていない。州は患者の需要に応え、医薬品を調達することが主な任務だ。一方、保険庁は価格設定と返済に責任がある。国家援護局は必需品の追跡、備蓄を担当し、医薬品承認機関スイスメディック(Swissmedic)は医薬品の承認、患者の安全チェック、製造管理を担う。

このため、計画、予測をしたり、今冬のように予期せぬ需要の増加に対応したりすのが難しい。

マルティネリ氏はswissinfo.chに「サプライチェーンのどこに問題があるのかを見極めるには透明性の確保が必要だ。供給の滞りを防ぐにはこれが唯一の方法だ」と話し、薬剤師としては「何がいつ配達されるのかが分かれば、何をすべきか判断できる」と付け加えた。

しかし、この情報に関しては、あらゆる場所で透明性が甚だしく欠けている。そう指摘するのは英国のランカスター大学経営学部で購買物流、サプライチェーンを専門にするコスタス・セルビアリディス氏だ。同氏は「これが大きな根本的な問題。特定の製品のサプライチェーンを見ることができない」と話す。どこで製品が製造され、何社が関わっているのかほとんど分からない。「もし原料をたった1つの工場で生産していると分かれば、生産ラインを増やす必要があると分かる。しかしこの情報は医薬品製造企業の機密情報、つまり企業秘密として扱われる」

収益性の低いジェネリック医薬品

スイスにはまた、国の消費市場が小さいことに由来する特殊な事情もある。これは、新しい高価な医薬品には問題にならないが、収益性が悪い場合には問題だ。

専門家の推定によると、不足している約90%が特許のない医薬品、つまり、特許が切れた先発薬か先発薬のジェネリック医薬品(後発医薬品)のどちらかだ。

連邦保険庁は先発薬とジェネリック医薬品の両方の薬価を決定する。患者が保険会社から払い戻しを受けるには、ジェネリック医薬品は先発薬よりも少なくとも2割は低い価格を付けなければならない。政府は数年に1度、価格差を見直し、医療費削減のために価格を引き下げるのが常だ。スイスのジェネリック医薬品の平均価格は、同じくジェネリック薬品の価格を抑えている他の欧州各国と比べて高いが、古い医薬品では他国の価格を下回るものも多い。

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その一例がイブプロフェンだ。イブプロフェンは1960年代に初めて市場に登場し、現在でも最も広く流通している鎮痛剤の1つだ。ジェネリック医薬品の錠剤600ミリグラム(100パック入り)の工場渡し価格は2003年には0.33フラン(約45円)だったが、4回の価格改定を経た20年後の価格は0.09フラン(約12円)だ。

エネルギーから包装材まであらゆるコストが上昇する中、ジェネリック市場は「経済的に維持できないレベルに達している」とジェネリック医薬品産業連盟「インターゲネリカ(intergenerika)」のルカス・シャルヒ会長はswissinfo.chに語った。マルティネリ氏は在庫切れの1千品目の医薬品のうち、およそ4分の3が50フラン(約7千円)以下だと推定する。

スイスのメファ社も傘下に持つジェネリック医薬品最大手テバ(本社イスラエル)も同様の見解を示す。同社の広報担当者はswissinfo.chに「特に低価格帯の薬に対する価格圧力が甚大」であることが問題だと話した。

価格が下がれば収益性も下がり、メーカーにとっては魅力的な市場ではなくなる。そのため、サプライヤーが数社しか残っていない薬もある。ヘルスケアデータ分析会社IQVIAによると、欧州のアモキシシリンは6割近くをたった5社で製造している。

この状況は特にスイスで深刻だ。国が小さいため、1つのサプライヤーの比重が大きくなる。ジェネリック医薬品メーカーはスイスで製品を登録するのは割に合わないと考えるため、特に特許期限切れの先発薬で顕著だ、とマルティネリ氏は指摘する。

「特許が切れた薬の中には、ジェネリックの代替薬がないものもある。もし先発薬がなくなれば、もう何もない」とマルティネリ氏は話し、例として心不全に処方される先発薬アルダクトンを挙げる。ドイツにはアルダクトンのジェネリック薬が6種類あるが、スイスでは先発薬メーカー、ファイザーの薬しか手に入らない。

てんかんのような慢性病の薬不足の理由もこれと同じだ。需要が増えたのではなく、サプライヤーが減っているのだ、とマルティネリ氏は説明する。

経済開発協力機構(OECD)によると、医薬品市場でジェネリック医薬品が占める割合外部リンクはドイツで83%、日本で49%、カナダで78%なのに対し、スイスでは27%だ。

増える外国依存

サプライヤーが減っているだけでなく、医薬品のサプライチェーンはよりグローバルで複雑になり、相互の依存関係も大きくなっている。医薬品メーカーは価格競争のため、外部に委託する比重を増やしているが、その多くが外国だ。この結果、どの国も経済的な変化や地政学的な事件、配送のボトルネックの影響を大きく受けるようになっている。

スイスは2021年に503億ドル(約7兆1千万円)の医薬品を輸出し、医薬品の輸出額で世界第2位なった。輸出されるのは特許で守られた新薬や原料がほとんどだ。一方、抗生物質やインスリンなど最も広く使われる薬はもっぱら外国からの輸入品外部リンクだ。

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スイスでジェネリック医薬品を製造するのはザンクト・ガレン州ウッツナッハにあるシュトロイリ製薬とインターラーケンのビクセルの2社だけだ。

ジェネリック医薬品や特許切れの先発薬を国内で製造しても、有効成分を国外から輸入する割合が増えている。そのため、アジアを中心とする外部に依存しているという点では、スイス同様諸外国も同じ問題を抱えていると言える。

正確なデータはないが、欧州委員会の調査外部リンクによると、欧州は医薬品有効成分の輸入量の8割をたった5カ国に頼っている。医薬品有効成分の45%を中国から、残りをインド、インドネシア、米国、英国から輸入する。

インド政府は新型コロナウイルス感染症の第1波がピークを迎えた2020年4月にパラセタモールなどの鎮痛剤に使われる医薬品有効成分の輸出を制限したため、スイスで薬局や患者は代替薬確保のために奔走した。ブレグジットと英国での熟練労働者不足、中国のロックダウン(都市封鎖)、さらに薬用小瓶の主要供給元であるウクライナでの戦争。これら全てが供給難を悪化させた。

大手製薬会社の反応

冬が過ぎれば差し迫った供給不足は落ち着くと予想されるが、根本的な問題に取り組まなければ状況は悪化するだけだ。製薬関係者はそう警告する。スイスや欧州では、国内や欧州内の生産を増やすことが重要な問題解決策の1つだと議論されている。

欧州連合(EU)は医薬品関連法案の改正案を今月14日に提出する。欧州全体で解決すれば、スイスの利益にもつながる、とシャルヒ氏は話す。

全体の構造的な問題であるにも関わらず、政府はジェネリック薬品ばかりに注目していると専門家は憂慮する。

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担当: Jessica Davis Plüss

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スイス製薬大手ロシュのセヴリン・シュヴァン最高経営責任者(CEO)は同社の年次決算記者会見で、医薬品不足はジェネリック医薬品の問題であり、「私たちが取り組んでいる分野ではない」と一蹴した。

さらに「新薬のサプライチェーンは十二分に安定しており、私たちの薬はどこでも入手可能だ」と続けた。

しかし、特許が切れる前に外注することは多々ある。ジェネリック医薬品メーカーは原料をロシュやノバルティスからではなく、アジアから購入している。生産が採算に合わなければ、企業は市場から撤退し、薬は生産されなくなる、とスイスの薬剤師協会「ファーマスイス」の広報担当者は危惧する。

完成品の数量ベースで、ロシュの医薬品有効成分の約半分が欧州から、4分の1がアジアから、5分の1がラテンアメリカから輸入されている。ロシュでも抗生物質のロセフィンなど特許の切れた先発薬をまだいくつか生産している。

ファーマスイスは「このような大手企業は特許が切れた時に、将来的に問題を少なくする手助けができる」と語る。

新型コロナウイルスで明らかになったように、患者は古い薬を頼りにしている。スイスのNGO「パブリック・アイ」で健康政策部門長を務めるパトリック・ドゥリシュ氏は「薬は20年間保護され、それから低コストのコピーが出回るという考えに基づいて業界全体が成り立っている。このファーストクラスとセカンドクラスというシステムは危険な戦略だ」と話す。

編集:Virginie Mangin/gw、グラフィック:Kai Reusser and Pauline Turuban、英語からの翻訳:谷川絵理花

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