2024年スイス大統領を務めるヴィオラ・アムヘルト氏はどんな人?
虚栄心はなく、男性権力構造を掌握している。スイス初の女性国防相ヴィオラ・アムヘルト氏は2024年、輪番制のスイス連邦大統領を担う。
7人のスイス連邦内閣の一員となった2019年、アムヘルト氏は「余り物」だった国防相のポストを引き受けた。
「まあ、今はそういうことですから、私がやりましょう」。2020年に放送されたスイス公共放送の番組で、アムヘルト氏は当時の心境をこう振り返った。
敢えて留任
連邦国防・国民保護・スポーツ省(VBS/DDPS)は省庁の中でも舵取りが難しいとされてきた。自動操縦で動き、艦長がいなくても機能する艦船のようなものだ。同省の陣頭指揮を執る連邦閣僚は、せいぜい権力のある将官を取りまとめる執行機関にすぎなかった。
今の国防省には艦長がいる。しかも厳しい質問を投げる艦長が。司令官たちはまずそれに慣れなければならなかった。多くの人はアムヘルト氏が職を投げだすとみていた。他の省庁の所管に交代するという選択肢もあった。だがアムヘルト氏は残った。
スイス軍はどのように機能するのか?「上意下達、あらゆる階層でフィルタリングされ、トップには良い報告しか届かない」。そう批判するのは元参謀本部大佐のピルミン・シュヴァンダー上院議員(保守・国民党=SVP/UDC)だ。国防省を率いるために必要な正しい情報を得ることはほぼ不可能だという。
政界で高評価
だがアムヘルト氏はこれをやってのけた。兵役経験なしに男の砦を掌握した。財政族議員として長年国防省を担当してきたシュヴァンダー氏は「特定の派閥色がないことは強みだった」と指摘する。他の人よりも丹念に省内を観察したという。
安全保障が専門のプリスカ・ザイラー・グラフ下院議員(社会民主党=SP/PS)も、アムヘルト氏のリーダーシップを高く評価する。「アムヘルト氏は国防省で足跡を残した。それは容易なことではない」
ヴィオラ・アムヘルトとは何者か?
象徴的なのは、スイス中部ベルナーオーバーラント地方の小さな村ミトホルツにある体育館での光景だ。村の上にそびえる山には、スイス軍が数十年にわたって弾薬を廃棄してきた。その総量は3500トンに上る。
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それは2020年2月の寒い晩だった。アムヘルト氏は170人の住民に、10年間住み慣れた家を離れて避難しなければならないと伝える使命を負っていた。これは大ごとだった。国が住民を立ち退かせるのだから。涙を誘う決断だった。
アムヘルト国防相は直々にニュースの伝達役を引き受けた。体育館に簡素な机が置かれ、その前には恨みのこもった群衆の目が並んだ。住民説明会が終わり、リムジンが外で待っていたが、アムヘルト氏は出口に現れなかった。いつまでも体育館に残り、住民の思いに寄り添った。温かい岩壁のように。
ヴィオラ・アムヘルト氏は1962年、カトリック地域のヴァリス(ヴァレー)州ブリークに生まれた。父は野心的な電気店経営者で、周辺の渓谷に支店を急拡大し従業員100人以上の規模に成長させた。一方、夫婦関係は悪化した。
アムヘルト氏が地元のギムナジウム外部リンク(高校に相当)を卒業すると、両親は離婚した。当時のヴァリス州の風習にはふさわしくないことだった。
母はアムヘルト氏に家を出て自立するよう諭した。「女性である以上、自分のために戦わなければならない」
そして今、アムヘルト氏は「私たち山の民は、頭の中に(ふるさとの)山がある」と話す。
女性のために
アムヘルト氏はギムナジウムでラテン語を専攻し、アナーキズムをテーマに卒業論文を書いた。その後フリブール州で法学を学んだ。
法律家になったアムヘルト氏は29歳で政界入りを勧められるようになった。ある友人は、「女性にはチャンスがないと文句を言うならば、チャンスがあるのにノーと言ってはいけない」と説得した。
アムヘルト氏は1990年代、議員を務める傍ら、弁護士や公証人としても働いていた。彼女は14歳年上の姉とその娘と同居している。尋ねられれば独身だと答える。「素晴らしいことですよ。自由でいられるから」と大衆紙ブリックに語ったことがある。
青少年と家族に献身
ブリークの中心市街地が洪水で壊滅的な被害を受けた1993年、市の参事(行政府)だったアムヘルト氏は優れた危機管理能力を発揮した。ヴァリス州での知名度を上げ、市長に就任し、行政を合理化。2005年には連邦議会議員に当選した。
国政に進出すると、スイス連邦憲法に青少年保護を明記するよう求めた。他にセクスティング(性的なメッセージ・画像を送る行為)や親権、ネット上のグルーミング(性的な目的で未成年を手なずける行為)、児童売春、メディア上の青少年保護などにも尽力してきた。アムヘルト氏を突き動かすのは、離婚弁護士として女性の代理人を務め、家族の歴史について学んできた経験だ。
2009年にはスイスに認知症患者のための介護施設を増やすよう訴えた。姉とともに認知症の母親を介護する自身の体験が背景にある。ヴァリス州をはじめ山岳地帯の抱える問題にも精力的に取り組んでいる。
可能性を悟る本能
マルティン・カンディナス下院議員(中央党=Die Mitte/Le Centre)は、連邦議会でアムヘルト氏の隣に長い間座っていたこともある党仲間だ。アムヘルト氏の最大の強みは何か、という問いに「常に大局を見据え、何が可能かを悟る本能がある」と答える。
アムヘルト氏は2018年12月の閣僚選で当選を決めた。軍用ヘリコプターでの初飛行となった世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)へのクルー選びにも神経を使い、3人の女性を選んだ。スイス軍の女性比率を増やすだけでなく、スポーツ相としてスポーツ団体の指導的地位にも女性を増やしたいと考えている。
スイス公共放送(SRF)の特番で女性の登用について質問されたアムヘルト氏は次のように答えている。「資格が同じなら、平等が達成されるまであらゆる役職で女性を優遇する」
軍隊への敬意
日常業務では、好奇心と公証人らしい正確さで、すぐに軍の幹部から尊敬を集めた。議会でも公文書に関する知識と現実主義で議員たちを説得してきた。
ライフワークである「家族の保護」を所掌任務「国民の保護」に広げることは、アムヘルト氏にとってそう難しい転換ではなかった。
2020年、まだ欧州で戦争が起こる可能性が低かった時期に、新型戦闘機を購入する60億フラン(当時レートで約6600億円)の予算案を国民投票での可決に持ち込んだ。国民に愛され、虚栄心やうぬぼれもない。カリスマ性こそないが、常に正しく、正直者に聞こえる。
戦闘機選定には強い批判
だが購入する戦闘機の機種が米ロッキード・マーチン社のF35に決まると、逆風が吹き荒れた。ドイツ語圏の日刊紙NZZの国防担当記者ゲオルク・ヘスラー氏は、スイスが交渉で勝ち取った価格を高評価する。
「だがなぜスイスが(候補だった)仏ダッソーとこれほど長い間交渉を続けたのかは不明だ」とも指摘する。これによりスイス・フランス関係にヒビが入った。
その後、ロシアがウクライナに侵攻した。「そこでアムヘルト氏は、スイスには国際協力が必要だと悟った」(ヘスラー氏)
アムヘルト氏は再び安全保障政策をスイス国民に売り込むことに成功した。320億フラン(約5兆3000億円)という過去最高の国防予算を計上した。安全保障政策担当事務局の設置など、自ら危険にも飛びこんだ。ヘスラー氏は「アムヘルト氏の反北大西洋条約機構(NATO)・親ロシア政策は反発を受けた」と指摘する。
2023年末には人事についても批判されたが、アムヘルト氏はそれにひたすら耐えている。
世界の中で国を守る
スイスの大統領職は1年ごとの輪番制で、権限は限られている。アムヘルト氏はスイスの国際的な統合を強化するために在任期間を利用したいと考えている。最優先課題は欧州連合(EU)との二国間条約交渉だ。
趣味のスキー、ハイキング、マウンテンバイクは当面お預けとなりそうだ。
独語からの翻訳:ムートゥ朋子
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