2030年冬季五輪・パラリンピックの招致を目指すスイスが掲げる柱の1つは、全国分散型開催による「持続可能性」だ。しかし、課題は多い。
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スイスのスポーツ統括組織スイス・オリンピック委員会は10月、2030年冬季五輪・パラリンピックの招致を目指す意向を明らかにし、冬季大会では初となる全国分散開催型の計画を発表した。
スイス・オリンピック委員会の最高決定機関であるスイス・スポーツ議会は、正式に立候補するかどうかを24日に決定する。2030年大会は既にスウェーデン、フランス、米ソルトレークシティなどが招致を表明している。スポーツ議会は、国が提案した15億フラン(約2500億円)の大会運営予算を支持する見通しだ。
スイス・オリンピック委員会は国内の既存インフラを最大限活用する「持続可能な大会」を国際オリンピック委員会(IOC)にアピールし、招致を勝ち取りたい考えだ。
スイス・オリンピック委員会は10月の声明で「(インフラの活用などによって)最大限の持続可能性と運営予算の大幅カットが保証される」とした。ヴィオラ・アムヘルト・スポーツ相も7月、「持続可能でスイスに合った、広くサポートされた」大会になるとして、招致を支持した。
インフラ整備を最小限に
スイス・オリンピック委員会は、冬季五輪14競技のうち13競技については五輪開幕前にインフラが使用可能な状態になっていると断言した。それまでに複数のワールドカップ(W杯)開催を予定しているためだという。
「スイスが施設・インフラの新設を避けることができれば、環境負荷の低減につながる。とはいえ、環境負荷の大部分を占めるのは、参加者の移動手段の飛行機でもある。持続可能性を真剣に考えるなら、スイスは飛行機での移動を減らす戦略が必要だ」。ローザンヌ大地理・サステナビリティ学部の教授で、15年にわたり五輪を研究してきたマルティン・ミュラー氏はそう指摘する。
スイスは国内にスピードスケート用の施設がない。このため同競技については近隣国での実施を検討している。主催者側は「まだ調整する可能性はある」と明言しており、代替地が見つからなければスピードスケート施設を新設せざるをえなくなる事態はあり得る。
連邦工科大チューリヒ校(ETHZ)の政治・都市地理学者、スヴェン・ダニエル・ウォルフ氏は「これには多くを考慮する必要がある。もし政府の予算で、自然をブルドーザーで更地にして会場を作り、電力や暖房は化石燃料で供給し、大会後に有効活用する計画もないのなら、それは当然持続可能なものではない」と言う。
同氏は可能であれば、施設の新設より国内分散型の方が望ましいという。
「留意すべきはスイスは小さな国だということ。スイスが全国に会場を広げるのと、ブラジルやロシアのような国土の広い国が会場を広げるのとでは、全く違う」
持続可能性の評価方法
ミュラー氏とウォルフ氏は2021年、1992~2020年のオリンピック16大会の持続可能性を評価した論文を共同執筆し、学術誌「Nature Sustainability」で発表した。持続可能性の評価方法には「環境」「社会」「経済」の3分野に大別した独自基準を用いた。
最も持続可能性が高かったのは2002年の米ソルトレークシティ大会で、3分野全てで平均を上回った。経済的パフォーマンスは最高値で、大会後の会場活用も非常に良く、コスト超過も24%と中程度だった。
一方、最低スコアだったのはロシアのソチ大会だ。大規模な新規インフラ建設と参加者の多さが原因だった。また、コスト超過が16大会中2番目に高かったにもかかわらず、ほとんどの会場が大会後に有効活用されていなかった。
2人は、より持続可能なオリンピックを実現するためには「規模の縮小」「同じ都市間でのローテーション開催」「信頼できる持続可能性基準を監視し、実施する独立機関の設立」の3つを提言している。
システム上の問題
スイスの冬季オリンピックは、独自の持続可能性の課題に直面するだろう。スイスのケーブルカー協会によると、国内スキー場の半分超が人工雪に依存している(イタリアは90%、オーストリアは70%、フランスは39%)。人工雪を降らせるのに使われる電力は、年間消費量の0.1%を占める。
「これらが、温暖化が進む中でウィンタースポーツが抱える固有の矛盾だ。スイスは、この課題にどう対処するか、より包括的な決断を下す必要が出てくるだろう」とミュラー氏は言う。「私の考えでは、冬季オリンピックへの投資が意味をなさなくなるような状態になって徐々に(ウィンタースポーツから)フェードアウトするか、このまま続けて人工雪への依存度を高め、さらに標高の高い場所へ移動していくかのどちらかだ」
過去の五輪招致では国民の支持がアキレス腱だった。ウィンタースポーツイベントが環境を破壊していると世間に認識されれば、支持を取り付けることはますます困難になる。ツェルマット~伊チェルビニアまでのコースのアルペンスキーW杯・男子ダウンヒルのレース(悪天候で中止)のように、氷河が後退するエリアに新しいスキーコースが作られたことは、メディアの批判をかっている。これでは事態は好転しない。
「多くのゲレンデが人工雪に依存する時期に冬季オリンピックを開催しようとすることは、通常通りのビジネスはできないのだという、皆への警告であるべきだ」とウォルフ氏は言う。「もし誠実な討論が行われ、その後オリンピック開催の是非を問う国民投票が行われたとしたら、スイス大会はこれらの課題を克服できないと私は考える」
これらの課題を克服できるとみなされるかどうかが、スイスの五輪招致実現の鍵になる。IOCは気候変動の影響を踏まえ、2030年と2034年の冬季大会開催地を同時決定する。
IOC将来開催地委員会のカール・シュトース委員長は、10月の第141回IOC総会で「開催地の2大会同時決定は、冬季オリンピックのあるべき姿を世界に広げていくオリンピック・ムーブメントや、2034年までの開催国に安定をもたらす。その間、IOCは冬季大会の長期的将来について熟考できる」と述べた。
スイスの冬季オリンピック招致
スイスはウィンタースポーツが盛んな国として知られるが、冬季オリンピックが開催されたのは75年前が最後だ。最初は南東部のサン・モリッツで1928年大会が開催された。サン・モリッツは富裕層や有名人に人気で、第二次世界大戦直後の1948年にも開催地になった。
スイスはローザンヌ(1994年大会)、ベルン(2010年大会)、サン・モリッツとダボスの共同招致(2022年大会)、ヴァリス(ヴァレー)州(2026年大会)が招致を目指したが、いずれも国民の支持が集まらなかった。最も実現に近づいたのはシオン(2006年大会)だが、イタリアのトリノに敗れた。
英語からの翻訳:大野瑠衣子
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スイスで住民投票の結果を受けて断念した2026年冬季五輪招致活動の事業費は630万フラン(約7億円)に上ったと、仏語圏の日曜紙が報じた。連邦、関係自治体、スイスオリンピック委員会が費用を負担したという。
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なぜグラウビュンデン州の住民は五輪招致を拒否し続けるのか
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スイス東部グラウビュンデン州でオリンピックの聖火が燃え上がる可能性が消えた。2026年冬季五輪のさらなる招致計画は、先日の住民投票で反対6割に達した。住民の反対により同州が冬季五輪の候補地にならなかったのは、この4年間でこれが2度目だ。13年の住民投票では、22年冬季五輪の招致計画が否決された。
グラウビュンデン州政府は26年冬季五輪の招致を目指し、野心的な計画を打ち立てていた。しかし、それに対する向かい風はとても強く、住民は住民投票でノーを突きつけ、計画は消えた。州政府は招致計画を強力に支えていたが、おそらくそれが強力すぎたのだろう。そしてそれはまた、あまりにも一方的だったのではないか。
少なくとも、スイスインフォが州都クールで行ったアンケートでは、この推測が当てはまる。「州政府の招致推進キャンペーンはうんざりだった」と、ある男性は反対に票を投じた理由を述べる。またある女性は、冬の暖かな日差しにまぶしそうにしながら「私には招致が押し付けられているように感じた」と言う。他の女性は「圧力が強すぎた」と語る。
五輪招致を巡る住民投票では、民主主義の観点からみると三つの問題点があった。一つ目は、「州政府が今回の投票を、他の、もっと州にとって重要な案件とは異なる扱いをした」点だと、民主主義研究機関「アーラウ民主主義センター(ZDA)」の所長で、法学教授のアンドレアス・グラーザー氏は言う。州政府がどの住民投票でも今回のように攻勢的な態度を取っていれば、またそのような態度がグラウビュンデン州の政治文化として根付いていたならば、住民から理解が得られたかもしれない。「だが州政府は今回の案件を過度に重要視していた」(同氏)
出席者は賛成者のみ
二つ目の問題点は、招致の是非を巡るパネルディスカッションに州政府閣僚5人全員が参加し、招致反対派が誰も参加しなかった点だ。「こうした形は例にない」とグラーザー氏は言う。「これでは本当の意見形成はできない」
三つ目の問題点は、立候補ファイルの公開がかなり遅かったことだ。これは深刻な問題にあたる。住民投票に先駆けて州議会では招致に関する議論が行われたが、議員たちは招致計画がどういう内容のもので、どの競技をどの場所で開催するのか、また選手村の建設場所について詳しくは知らなかった。招致反対派のジョン・プルト州議会議員(社会民主党)は「これには言葉が出なかった。民主主義の観点からすると正しくない」と話す。立候補ファイルが公開されたのは、住民投票開催日のちょうど1カ月前だった。州の情報公開法に基づき公開請求が2件出されていたためだった。
「根本的なことが問われた」
立候補ファイルの責任者を務めるジョン・ドメニク・パロリーニ州経済大臣は、民主主義の欠落を指摘する批判を一蹴する。「住民投票で必要だった情報は全て公開されていた。なぜなら我々はまず根本的なことを問いたかったからだ」。「根本的なこと」とはつまり、グラウビュンデン州で冬季五輪を開催することに、住民はそもそも賛成かそうでないか、ということだ。
州政府はその次の段階として、詳細な計画について議論を行う予定にしていたという。「こうして2段階で進めようとしていたのは、民主主義を非常に重んじていたためだ」とパロリーニ氏は話す。詳細な計画の作成に巨額を投資したのに、結局誰も五輪開催を望んでいなかったという結果にならないために、州政府はまずは民意を取り付けたかったという。
また、大まかな計画が公開されてこなかった理由は、山岳地方のヴァレー州も冬季五輪の開催地に立候補する可能性があったからだと話す(囲み欄参照)。「我々が入念に作成した情報を他の候補地に流したくなかった」(パロリーニ氏)。
スイス国内で候補地が選定されるのは12月中旬で、この期日以降は開催計画を変更できなくなる。「私は以前から立候補ファイルを公開する意志はあった。それは、情報公開請求が出される前からだ」
「州政府全閣僚が一致団結」
州政府が五輪開催に力を注いでいたことに対し、パロリーニ氏はこう答える。「我々が熱心に取り組んでいた理由は、それがグラウビュンデン州にとって大きなチャンスだと思えたからだ」。州政府全閣僚は招致に向けて一致団結していたと、同氏は言う。同様のことは前出のパネルディスカッションにも当てはまる。同氏に言わせれば、それは特に例外的なことではなかった。「州政府はこれまでも閣僚全員でそのような催しに出席したことがある。州政府に対する批判は、司会者や聴衆が州政府に質問を投げかけるという形で行われた」。それに加え、州政府は意見が対立するパネルディスカッションにも数多く参加してきたという。
州政府が五輪招致に力を入れすぎていたかどうかは見方次第だと、パロリーニ氏は話す。「私はやりすぎだとは思わなかった。なぜなら、我々はいつも住民と対話してきたからだ。住民は投票で意思表示をした。我々は当然、その意思を完全に受け入れる」
法学教授のグラーザー氏も同様の意見だ。「住民投票があったからこそ、州政府の政策が適時に修正され、住民から広く受け入れられているとはいえない計画にお金と時間が費やされることを防いだ」。この結果から言えるのは、グラウビュンデン州では住民たちが意思決定に直接関わることで、露出度があまりにも高かった招致賛成派の意見や経済的利益を帳消しにできるということだ。
しかし、グラーザー氏によれば、ここでまた別の問題が浮上する。それは「政治家が住民をきちんと代表していない」(同氏)という点だ。住民は、選挙で選ばれた州政府閣僚や州議会議員が自分たちを代表しているようには思えなかった。なぜなら、州議会は賛成大多数で立候補ファイルを承認したからだ。また、州政府はこれまで述べてきたように、常に招致に賛成の立場を表明していた。
なぜこのように住民と政治家との間に溝ができたのだろうか?「それはおそらく、州議会議員が小選挙区制で選出されることと関係しているからだ」とグラーザー氏は言う。この選挙制度は1票の格差を生み、少数政党が議席を獲得しにくくなる可能性があるとして、グラウビュンデン州では以前から批判の的になっている。シオンが冬季五輪候補地
グラウビュンデン州は2026年冬季五輪の招致を住民投票の結果で断念することになったが、スイスの山岳地帯で2番目に大きい州が「シオン2026」という標語を掲げて候補地に名乗りを上げている。第一関門であるスイス・オリンピック委員会らの承認を先日取り付けたのは、ヴァレー州の州都シオン。競技は全アルプス地域とスイス高原の一部の地域(ヴォー州、フリブール州、ベルン州)で開催される予定。
スイス・オリンピック委員会は4月に、シオンを国内候補都市として正式に指名できる。指名が決定された場合、ヴァレー州でも招致の是非を巡る住民投票が行われる。
住民投票で立候補が承認された場合、ヴァレー州が冬季五輪の候補地に立候補するのは1976年、2002年、06年に続きこれで4回目となる。これまでは国際オリンピック委員会(IOC)の投票でいずれも落選した。
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