2050年までに脱炭素 スイスはどう変わるのか?
18日の国民投票でスイスの有権者は、2050年までに気候中立の実現を目指す連邦政府の目標を支持した。複数の研究によれば、化石燃料なしでも安定した国のエネルギー供給を保証できる。だがエネルギー転換の専門家は、行動を大きく変える必要があると指摘する。
スイスは2050年までに、大気中に自然界や人工の吸収源が吸収可能な量を上回る温室効果ガスを排出をやめる必要がある。この目標は連邦政府が設定したもので、18日に賛成59.1%で国民に承認された。だが多くの疑問にはまだ答えが出ていない。
化石燃料がゼロ、あるいはゼロに近いスイスとは?
居住者の熱のみで暖められ、通気口が冷房の役割を果たす建物―。未来の建築の姿ともいえるこうした建物を、ルツェルンのパイロットプロジェクト「2226」がルツェルンに建てた。
現在スイスではここにしかない建物だ。設計者はこうしたコンセプトの建物には利点しかないという。プロジェクトを進めるディレクター、ティース・ベーケ氏は仏語圏のスイス公共放送(RTS)の取材に対し、「消費エネルギーは暖房と冷房装置を備えた従来型の建物の3分の1ほど。二酸化炭素(CO₂)排出量を削減しながら節約できる」と説明した。
政府の気候目標を達成するには、今後30年間でこのような建物を増やしていく必要がある。ヒートポンプで暖める高断熱の建物、電気自動車や水素燃料トラック、太陽光パネルや風力発電の開発、やむを得ず排出されてしまうCO₂の回収装置など、連邦政府は様々な手段を駆使して目標達成を目指す。
政府の目標は実現可能か?
政府は、現在の技術と再生可能エネルギーを利用すれば、輸送や建物の冷暖房、産業活動で排出されるCO₂を最大95%削減できると断言する。また、特に農業部門における他の温室効果ガスの排出量も減らせるという。余剰な排出量は、森林や土壌など自然界のCO₂吸収源や、温室効果ガスを大気から除去したり、焼却施設などの排出場所で直接回収して持続的に貯蔵したりする技術によって相殺される。
エネルギー転換に詳しい独立専門家で、エンジニアのマーク・ミュラー氏は「いずれにせよ、好むと好まざるとにかかわらず、この移行は起こる。石油の枯渇は時間の問題であり、欧州は再生可能エネルギーに頼らざるを得なくなる」と指摘する。
スイスの民主主義プロセスには時間がかかるが、「不作為のもたらすコストは行動するコストよりもはるかに高い」という原則に基づき、政界は団結して早急に解決策を見出すために動くだろうとミュラー氏は考える。「スイスはこれまでにも、プレッシャーがかかると迅速に行動できることを何度も証明してきた」と述べ、それがエネルギー移行を成功させる決定的要因になるという。「国のエネルギー生産を早く統制できるようになればなるほど、世界レベルのエネルギー不足に起因する壊滅的な影響を受ける可能性も低くなる」と主張する。
安定したエネルギー供給を保証できるのか?
国民投票の少し前に発表された2つの研究によれば、エネルギー供給の安定性は保証される。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)エネルギー科学センターの専門家が5月24日に発表した研究では、目標の達成は技術的にも経済的にも可能だと結論付けている。そのためには、エネルギー需要全体の減少につながる輸送と暖房の電化が必要だという。
こうしたエネルギー転換により、電力需要は間違いなく現在の60テラワット時(TWh)から2050年には80~100TWhに増加する。だがETHZの研究者らは、国内生産の再生可能エネルギー量を増やし、近隣諸国と電力を交換すればこの需要を満たせると考える。
5月30日に発表された連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)と西スイス応用科学大学(HES-SO)の研究者による別の研究はさらに一歩進んでおり、スイスは電力を輸入することなく2050年までに気候中立を達成できると試算している。そのカギになるのが、夏季に電力を大量に生産し、冬に向けて貯蔵する太陽光発電だ。
このシナリオでは、国内6割の屋根に太陽光パネルを設置する必要がある。また、冬には風力発電の発電量も増やさなければならない。研究者は、こうした未来のエネルギーシステムは汚染度が低い上に、コストも抑えられるという。石油やガス、電力の輸入支出がなくなり、長期的には約3割の節約になる。
目標達成に向けて習慣を変える必要は?
間違いなくその必要はある。ミュラー氏は「報告書では必ずしも強調されないが、厳格な節制策なしにこれらの目標を達成することなどできない」と指摘する。例えば現時点では航空部門で脱炭素化できる実行可能な代替案はない。「全ての航空機をクリーンに飛ばすには世界の発電量の3割が必要だ。空の交通手段を定期的に利用する人が世界人口のわずか1%でしかないことを考えると、途方もない数字だ」
また、工業生産の一部を国内に戻し、アジアなどからの輸入を大幅に削減する必要がある。そうでなければ、エネルギー移行にかかるコストを他国が負担することになりかねない。「だが、自由貿易と開かれた市場のおかげで繁栄を築いてきたこの国の人は、そんなことをあまり言いたがらない」とミュラー氏は言う。
他国も気候中立を目指すのか?
環境関連データの分析を手掛けるプラットフォーム「ネット・ゼロ・トラッカー」によれば、148の国連(UN)加盟国が気候中立実現への決意を表明している。全ての国を合わせると世界排出量の88%、世界人口の85%に相当する。多くの国が2050年までの達成を目指す中さらに野心的な国もあり、フィンランドは2035年、ドイツは2045年までの実現を目指す。一方で、世界最大級の排出国である中国とロシアは2060年を目標にしている。
2019年、英国は主要先進国で初めて、温室効果ガスの純排出量ゼロへの取り組みを法制化した。気候中立を法律で定めた国は、今回のスイスの国民投票結果を含めるとフランス、ドイツ、スペイン、デンマーク、日本、韓国など、合計26カ国になった。
2023年6月18日に行われた国民投票について詳細はこちら:
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仏語からの翻訳:由比かおり
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