1坪1300万円に高騰するスイスリゾート地 背後に外国人富裕層
1平方メートル400万円――スイスのアルプスに建つ高級不動産が記録的な高値に値上がりしている。購入するのはイギリスや北欧の富豪たちだ。外国人向けの優遇税制に加え、パンデミックや世界情勢の悪化がスイスの魅力を高めた。
15部屋、バスルーム12室、屋内プール。トンネルでつながったゲスト用の離れと、従業員の事務所兼住宅。それはまるで豪華ホテルだ。ヴァレー(ヴァリス)州のアルプス地帯クラン・モンタナにあるシャレーは、親戚が一堂に会せるようにとフランス人が2010年代に建てたものだ。照会ベースでのみ開示される販売価格は、5千万フラン弱(約71億円)と推定される。
このシャレーの販売管理を担う高級不動産仲介業者バーンズ・スイス(Barnes Suisse)のジェローム・フェリシテ会長は、「不動産需要は現在とても活発で、特に山岳地方で記録的な高値に達している」と話す。
山岳地方の物件は今、山間部で暮らせる裕福な外国人の間で一番人気の「ベストセラー」だ。スキーリゾート地ヴェルビエがあるヴァレー(ヴァリス)州の基礎自治体ヴァル・ド・バーニュでは、過去2年間に人口が4%増加し、1万530人に達した。
同自治体のアントワーヌ・シャラー副書記は「短期滞在者の定住が増加の主な要因だとみている」と説明。新たに定住したのは「新型コロナウイルスを機にテレワークのため山地に滞在していた人たち」で、「シャレーで仕事をしながらも、自然やアウトドアを楽しむことが可能だと気づいた」と分析した。
希少な物件の買い手には英国やスカンジナビア諸国、さらにはスイスの顧客も名乗りを上げる。ヴェルビエは、不動産価格が史上最高値を更新。スイスの高級不動産サービス企業ネフ・プレスティージ・ナイト・フランクが発表した「2023年スキーリゾート不動産報告書」外部リンクによれば、1平方メートル当たりの価格は1年で8%上昇して2万7757フラン、1坪換算で9万2千フラン(約1330万円)近くに到達した。
スイスで数千万フランの住居を購入する外国人は往々にして、そこを本宅にする意思がある。つまり、年間180日以上をスイスで過ごすため、滞在許可証の取得が可能となる。滞在許可証があれば、国外に住む外国人の別荘購入を制限する「コラー法(Lex Koller)」の対象とはならない。
ジュネーブで会社役員を務めるベネディクト・フォンタネ弁護士は「実際のところ、不動産の購入と滞在許可証はセットになっている」と話す。裕福な外国人が本宅として暮らす住居をスイスへ買いに来る場合、通常は弁護士事務所が滞在許可証の取得を当局と直に交渉する。
コラー法は、外国人によるスイスでの不動産購入を制限する法律。1985年の発効以降、内容が緩和されている。英コンサルティング企業ヘンリー&パートナーズによると、国外に住む外国人がスイスで居住用不動産の購入を希望する場合、事前に許可を取得しなければならない。
スイスでB許可証(一時滞在許可)またはC許可証(永住許可)を持つ外国人は、簡単に不動産を購入できる。購入後に他国へ転出する場合も売却の必要はなく、物件の保持が可能だ。ただし欧州以外の出身者の場合は、これよりも条件が複雑になる。
いずれにせよ、経験則としては一定以上の資産を持つ人は当局と交渉してみる価値がある。
移住の波はロンドンから
昔から富裕層にとっての隠れ家的存在だったスイスは、今も裕福な外国人を魅了してやまない。スイスに移住する富裕層の中心は、依然として欧州連合(EU)の市民だ。「代表的なのは自身の事業の一部を売却した働く現役世代で、平穏な場所で生活を送りたいと望んでいる人たちだ」(フォンタネ氏)
2020から2022年にかけてはロンドンからの移住者が多く、ロシア人は2000年代と比べて減少した。ウクライナにおける戦争を受け、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)は経済制裁の対象となっている。
高級不動産専門会社SPG Oneのマキシム・デュビュス社長は、ロンドンからの移住者が増えた背景をこう説明する。「英国のEU離脱(ブレグジット)、経済悪化やインフレを背景に、ロンドンに住む様々な外国人富裕層がスイスへの移住に踏み切っている」
同氏によれば、ジュネーブを拠点とする外国籍の商品取引トレーダーも、巨額のボーナスをスイスでの不動産購入費に充てて永住するという。
チューリヒにあるリンデマン法律事務所は、ロシア語圏出身者(ロシア、ウクライナ、カザフスタン、ウズベキスタン)から多くの依頼を受ける。設立者のアレクサンダー・リンデマン弁護士は「スイスに定住を希望するロシア語圏の顧客は、何年も前からEU市民権もしくはスイス居住権を持つ人が大半だ」と説明。「我々の助言を受けて用意していた緊急時用の代替策が、ウクライナ紛争で結果的にとても役立った」
同氏によれば、低い税率に惹かれた企業家たちも、欧州全土やスカンジナビア諸国からスイスに押し寄せている。単独で来る場合と会社ごと移動する場合の2パターンがあり、家族を伴うケースもある。こうした企業家はフィンテックや仮想通貨業界で活動し、多拠点で生活している。
スイスの魅力を支える「一括税」
スイスの税制で特徴的なのが、「一括税」(支出に基づく課税)と呼ばれる優遇措置だ。外国からの富裕層が対象で、スイス国民は対象外だ。納税者の資産ベースではなく、スイス国内での支出に基づき課税されるシステムとなっている。
著名な一括税納税者には、実業家のパトリック・ドライ氏(フランス・イスラエル国籍)や、スイスの製薬会社フェリング・ファーマシューティカルズ設立者フレデリック・ポールセン氏(スウェーデン)がいる。2017年に他界したフランス人ロック歌手のジョニー・アリディも、2006年から2013年までベルン州のグシュタードに居を構え、納税者に名を連ねていた。
現在、一括税納税者数は全国で推定5千~6千人で、大部分がフランス語圏に居住する。フランス語圏のスイス公共放送(RTS)が引用した州税務署の統計によると外部リンク、最多はヴァレー(ヴァリス)州で、該当世帯は1千世帯近くに上る。
スイスでは州によって税率が大きく異なる。税負担が最も大きいのはフランス語圏の州、ベルン州およびバーゼル・シュタット準州だ。しかし、一括税の対象者は減りつつあるようだ。
フランス語圏の日曜紙ル・マタン・ディマンシュは外部リンク昨年11月、一括税納税者が減少していると報じた。監査や規則の厳格化、他国との競争激化が主な要因だという。
しかし、スイスにやって来る富裕層の中には、一括税の優遇を受けずに税金を全額収める人もいる。一括税納税者には禁止されているスイスでの就業や、人目を避けるのが目的だろう。
優遇措置を受けずとも、スイスでの税負担は諸外国と比べて外部リンク軽い。2021年の総税収は国内総生産(GDP)に対し28%で、経済協力開発機構(OECD)平均の34%を下回った。ドイツが40%弱、イタリアとオーストリアは43%超で、フランスは45%に上る。
編集:Virginie Mangin、仏語からの翻訳:奥村真以子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。