AIのグローバル・ガバナンス ダボス会議で前進するか
各国政府は信頼できる人工知能(AI)を求めている。しかし国際ルールが存在せず、現状として実現は困難だ。ダボスで開催される世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で打開策は見いだせるのだろうか。
ちょうど1年前、オープンAIの人工知能チャットボット「ChatGPT」がAIを主流に押し上げ、テクノロジーが人間の能力を凌駕する新時代の到来を予感させた。それはまた、民主主義の崩壊や数百万人の失業者といった、テクノロジーがもたらすリスクに対する各国政府への警鐘でもあった。
各国は今やAIが単なるテクノロジーではなく、政治的・経済的武器であることを認識している。その競争をリードするのは中国と米国だ。産業界からアントニオ・グテーレス国連事務総長に至るまで、規制を求める声が広い分野から上がっている。
国際的な「万能」解決策はまだ現れていない。だが、各国は透明性があり信頼できるAIモデルの必要性に意見が一致している。
オックスフォード大学マーティンAIガバナンス・イニシアチブの責任者、ロバート・トレーガー氏は昨年11月にチューリヒで開かれたAI政策サミットで「どの分野の規制を国際化するかについては、世界の間で総意はない」と聴衆に語った。「透明性やプライバシーに関しては、国によって社会的価値観が異なる」
こうした背景を受け、WEFはAIのグローバル・ガバナンスの手綱を取りたいと公言している。テクノロジーとイノベーションに関するWEFの活動を率いるジェレミー・ユルゲンスWEFマネジング・ディレクターは、ダボス会議では「イノベーションのためのガードレール、ガバナンス、ガイドライン」に焦点を当てたいと述べた。WEFは2023年6月にAIガバナンス・アライアンスを立ち上げた。このアライアンスには各国政府、学術関係者、OpenAIやマイクロソフト、アルファベット、メタなどハイテク大手を含む40以上の企業が参加し、昨年11月に米サンフランシスコで初イベントが開かれた。
1月15日からスイスのダボスで「信頼の再構築」をテーマに開かれるダボス会議は、WEFがAIに関する溝を埋め、AIの責任ある発展のために具体的な行動をとるよう各国を説得できることを示すチャンスだ。しかし、そのためには乗り越えなければならない大きなハードルがある。
各国を同じ認識に
それを前進させるためには、それぞれの国の取り組みが活発化するなかで、WEFが各国の共通認識を導き出す必要があるとAIの専門家は言う。経済協力開発機構(OECD)のAI政策監視機関によると、現在、60の国と地域から700件以上のAI政策イニシアチブが提出されている。
これは規制の役割と目的に関し、各国の見解が異なることの表れでもある。中国の規制当局は昨年7月、「社会主義」の価値観に反し、政権を弱体化させるようなAIの開発・利用防止を具体的な目的として、生成AIサービスに関する規則を導入した。顔認証は社会の秩序を維持するツールとして全国で実施されている。
これは基本権の保護を優先する欧州とは対照的だ。例えば、欧州連合(EU)加盟国が12月に合意した欧州AI法は、社会的行動や個人的特徴に基づく社会信用スコアリングを目的とした顔認識やAIの使用を厳しく制限している。
一方、米国では、イノベーションを阻害する懸念があるため、産業界が自主規制する方向により責任が置かれている。このような動きは、米国政府が2022年に発表したAI権利章典の青写真や、最近の信頼できるAIに関する大統領令に見られる。
経済大国がAIにおける信頼構築を模索する一方、他の国々の発言力は乏しい。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は2021年に出したAI倫理に関する勧告の中で、アルゴリズムは既存の偏見を再生産・強化し、南北間の不平等を悪化させる可能性があると警告した。
テクノロジーとその背後にあるデータセットのほとんどは、ルールを形成する一握りの豊かな国々の手中にある。
ユネスコ社会・人間科学担当事務局長補のガブリエラ・ラモス氏は、swissinfo.chの取材に対し「全ての人がAIの恩恵を受けられるようにするためには、並々ならぬ努力が必要だ」と語った。
WEFは国連、産業界、そして各国を交渉の場に引きつけると言う。アマンディープ・ギル国連事務次長特使(テクノロジー担当)をはじめ、マイクロソフトのブラッド・スミス副会長兼社長、グーグル・アルファベットのグローバル・アフェアーズ責任者ケン・ウォーカー氏など、大手ハイテク企業のトップらの名が上がる。スイス、フランス、中国、韓国などの約60の国家元首・政府代表も参加する。
しかし、AI開発を主導する米国と中国がどれだけ議論に関与するかは疑問符が付く。多くの発展途上国や市民社会が議論に招待されるかどうかはまだ分からない。ラモス氏は「国境を知らないテクノロジーにおいて国際ルールを機能させるためには、多国間協議が必要だ」と強調する。
人類のための透明性
WEFは各国政府の足並みを揃えるだけでなく、AI開発者やユーザー(その大半は民間企業)にもグローバル・ガバナンスが彼らの利益になると説き伏せなければならない。
最大のハードルは透明性だ。具体的には企業がデータソースやAIモデルの開発方法についてどこまで明示すべきかということだ。
連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の自然言語処理システム研究責任者アントワーヌ・ボスルート氏は「透明性はAIのガバナンスの指針となるべきだ」と言う。
ボスルート氏は、昨年11月に発足したスイスAIイニシアチブに参加した75人の学者の1人。同イニシアチブは将来のAI開発の最前線に透明性を置く。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)とEPFLなどが共催するAIハウス外部リンク・ダボスのキュレーター、ハンナ・ブラーメ氏は、このようなオープンな姿勢は「AIが一部の人々ではなく、全ての人々に役立つ」ことを保証する土台になると語った。
中立性、多くの多国籍企業、強力な技術的ノウハウ、人道的価値観などで知られるスイスで会合が開催されるという事実は、WEFにとって有利に働く可能性がある。
米スタンフォード大学の調査によると、AIの透明性は過去3年間で低下している。その透明性をどう向上させていくか、WEFは計画を明らかにしていない。
AIモデルの公開はハッキングを防ぐために必要なセキュリティ対策だと主張する開発者も中にはいる。しかし、明らかに商業的な関心もある。2023年、投資家たちはOpenAIのような生成AIの新興企業に100億ドル近くを注ぎ込んだ。米国の半導体大手エヌビディアの株価は昨年、240%も急騰した。
WEFの信頼性
専門家らは、WEFがこれらの溝を埋めるのは容易ではないと言う。しかしWEFには、官民合同のイニシアチブを始動させ、その一部を成果として結実させた実績がある。途上国などでワクチン普及を進める「GAVIワクチンアライアンス」は、2000年のダボス会議で発足した。同アライアンスは世界の最貧国で9億8100万人の子どもたちにワクチンを接種し、1620万人以上の将来の死亡を防ぐことに貢献した。
しかし、WEFに批判的な人々は、多くのイニシアチブがダボス会議の中だけにとどまり、真のインパクトを与えることよりも、メディアからの賞賛を得たり、互いの背中をたたき合ったりすることに重きを置いていたと主張する。参加者がAIの将来性を売り込み進捗状況を示す誓約書に署名する裏で、困難な問題や真の説明責任を回避するという一種のAIウォッシング(実態が伴っていない取り組みのこと)が生まれる危険性がある。
包括的で透明性の高いフォーラムであるかどうかということに関しても、WEFはその信頼性の溝を克服しなければならない。多くの人はWEFが秘密主義的で、業界エリートたちの排他的な集まりを主催する組織だと見ている。企業が会員になるのに12万ドル(約1700万円)もかかるWEFが、本当に世界の利益を重んじる組織だと思えるだろうか?この点については、WEFの批評家たちが何年も前から疑問を呈してきた。
さまざまな懸念はあるにせよ、専門家たちは今年のダボス会議が突破口になることは可能だとみる。その主な理由はタイミングにある。EUが初のAI法に合意するという歴史的な一歩を踏み出してからわずか数週間。それが間もなく世界基準に発展しそうだという声がある中で、ここで何らかの合意を築かなければならないという切迫感が生じている。
英語からの翻訳:宇田薫
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