世界の富裕層が子供を送り込むスイスのサマースクール
スイス南東部のリゾート地、グラウビュンデン州ラークス。スキーヤーやスノーボーダーのメッカとして知られるが、夏は少年少女の楽園に様変わりする。世界中の富裕層がこぞって子供を送り込むサマースクールが開催されるのだ。彼らが3週間で総額8千フラン(約90万円)を喜んで支払うスイスのボーディングスクールの魅力とは?
JTキャンプはスイスに数多あるサマースクール開催者の一つ。家族経営のJTキャンプにはすでに祖父母の代から参加する中東の子供たちもいる。参加者の3分の2はリピーターになるという。
ボーディングスクールのサイドビジネス
ローズ・マリー・ルポンさんは元体育教師。サマースクールの間、午後のスポーツ活動や遠足を監督する。スイスを象徴するショコラティエや氷河を訪れたり、アルプスでは珍しいラマに乗ったり。ゴルフやテニスといった伝統的なスポーツからカポエイラ、フラメンコまで、さまざまなアクティビティを用意している。子供たちは何か違うことを試したくなったら、週ごとに自分の参加するプログラムを切り替えられる。
夫のベルナール・ルポンさんは午前中の語学教室を担当する。多くの子供は英語やフランス語を選ぶが、ドイツ語やスペイン語を学ぶ子供もいる。中にはアルファベットのABCから始めなければならない子供も。
ベルナールさんは、世界中の親たちが子供のためにスイスを選び、繰り返しスクールに参加させる理由を熟知している。
「安定と安全があるからこそです。そうでなければ、北京からここまでたった9歳の女の子を一人で行かせる親なんていないでしょう」
JTキャンプの成功は、ルポン夫妻の多大なる尽力によるものが大きいが、サマースクールの行き先としてスイスがいかに魅力的かをも物語る。保育やエンターテイメント、教育も高水準。スイスには数多くのサマースクールがあり、その一部はエリート向けの寄宿学校(ボーディングスクール)のサイドビジネスだ。多くは夏の間だけ操業し、そして高額の参加費がかかる。
高い名声
宣伝の多くは口コミだ。数十年かけて湾岸地域から世界にその名声が広がり、信頼を培った。顧客は金銭的に余裕があり、3週間で総額8千フランの参加費用をポンと出す。もっと高いサマースクールもざらにある。
「そうした人々は、子供にとって本当にベストなものを望んでいます」。ルポン夫妻の息子ジレさんはこう強調する。「彼らは子供が世界中から集まる参加者に出会い、質の高い宿泊施設と食事を楽しむことができる3週間を求めているのです。そして五つ星ホテルに匹敵する顧客サービスを期待しています」
ブティックスタイル
スイスらしく、サマースクールは顧客ごとに細かくカスタマイズできるブティックスタイルになっている。毎年、参加者のうち数人はプライベートジェットやヘリコプターでスイスに向かう。多くはチューリヒ空港に到着し、スタッフが出迎える。レセプションにはスタッフが24時間365日常駐し、親は時差を気にせず子供に電話できる。
子供が着いた時点で既にきめ細やかで贅沢なサービスが隅々に行き届いている。専用シャワーと安全な窓のあるテレビ付きの寝室には、チョコレートの入った保冷バッグがきちんと並べられている。新鮮な食材を使った食事、栄養を管理したカゴいっぱいの果物は健康的な食生活を促す。充実したジムやあらゆる種類のスポーツ用具も用意されている。
ルポン夫妻は、スイスの安全で安定した国という評判が世界中の親を安心させると話す。スイスはヨーロッパの近隣諸国と異なり、近年のイスラム国家(IS)によるテロ攻撃を免れ、紛争から距離を置いている。米国で頻発している銃の乱射事件もスイスにはない。
永世中立の恩恵
またスイスが永世中立国家であることは、特にアラブ諸国の親にとっての安心材料となっている。モスクワやワシントン、ロンドンに暮らすロシア人外交官にとっても、子供たちに穏やかな夏を過ごさせたいと願う親には大きな魅力だ。チューリヒのオンライン高級旅行代理店プレミアム・スイスのペーター・ツォムボリ最高経営責任者(CEO)は、過去2年間は「トランプ効果」もみられたと話す。反移民政策を掲げる米国はアラブ諸国や南米の親たちを敵に回している。
ツォムボリさんは、欧州諸国の家庭もスイスで過ごすために喜んでお金を払う、重要な顧客であると加える。
「主に医師や弁護士、中~上部経営層など、職位が高い」(ツォムボリさん)。 「彼らはスイスで学習する機会を求めています。子供たちを楽しませるだけではなく、リーダーシップや科学体験、スポーツなど成果志向のスクールが好まれます」
授業後の野外アクティビティも
中国人であれロシア人であれカタール人であれ、稼ぎの良い両親たちは子供を風光明媚なスイスに送り出すことにとても満足している。子供たちをサマースクール運営者に預けた後、自らもスイスに飛び込みアルプスを楽しむ親たちもいる。
パトリシア・ウッドハウスさんはモントルーでインターナショナルスクール「サーヴァル・モントルー」を経営し、夏には10~16歳の女子向けのサマースクールを開催する。古くから中東の家庭に人気があったが、ロシアやメキシコ、インド、中国の裕福な家庭にも好まれると言う。
同校では、女子たちは午前中に英語やフランス語の授業を受けた後、スタンドアップパドル・サーフィンからキャニオニング、料理、マナー講座に至るまであらゆるレッスンを受けられる。値段は2週間で5200フラン6週間で1万4500フラン。英仏語以外の言語での指導や追加の遠足などは別料金だ。夏期プログラムには平均70人の生徒が集まる。そのまま学校に編入を決める生徒もいる。
トップレベルの教育と環境
以前は英国で働いていたウッドハウスさんは、「スイスの教育には実績と高い水準であることを期待しています」と語る。「課外活動に関して、スイスだからこそ提供できるものが驚くほどたくさんあるのです」
多くのサマースクール主催者は、スイスは多言語国家である分、イギリスよりも多様性に富んだ生徒をサマースクールに集めることができると指摘する。ウッドハウスさんは「イギリスでは語学サマースクールに参加したら、それ以外の言語に触れることはできません。それはスイスとの大きな違いです」と話す。
多様でグローバルな顧客
近年みられる傾向として、サマースクール主催者らはより幅広い国から参加者が来ること、フラン高により一段上の富裕層が増えていること、スイス国内での関心が高まっていることを挙げる。
インターナショナル・キャンプスイスのジュリー・タイラー理事長は「アメリカやオーストラリア、バハマ、ベルギー、ベリーズ、イギリスなど幅広い国籍をターゲットにしています」と話す。同団体の2週間のサマースクールには40カ国以上から参加者が集まる。5日間の小旅行や最低15時間の集中語学レッスン、スイス東部のリゾート地トルゴンでのアドベンチャープログラムもある。フラン高・ポンド安にも関わらず、英国からの参加希望者も増えている。
他国との競争も意に介していない。イギリスのサマースクールは値ごろ感はあるが、スイスのようにカスタマイズできるわけではない。サマースクール業に参入したばかりのジョージア(旧グルジア)などは価格面でロシア市場に食い込んでいるが、スイスのような質と多様性を提供できていない。
スイスのサマースクール主催者は数十年に渡り子供たちを引きつけてきたスイスの湖やアルプスに絶対の自信を持っている。
「スイスには近隣諸国にはない魅力があります」とタイラー氏は言う。 「とりわけ裕福な両親や多く旅行する親は、子供たちにスイスで過ごしてもらいたいと思っているようです」
(英語からの翻訳&編集・ムートゥ朋子)
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