世界貿易機関(WTO)が存続の危機に直面している。世界の首脳がWTOの組織改革を求めているが、具体的にどう改革するかについては意見の一致を見ない。スイス代表部のWTO大使、ディディエ・シャンボヴェー氏外部リンクに話を聞いた。
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2018年は多国間貿易や国際取引システムを揺るがす出来事が相次いだ。経済大国の間で対抗措置の応酬が起こり、貿易の発展を妨げた。
私の視点
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WTO外部リンクの紛争解決制度は危機に瀕している。最高裁判事に当たる上級委員の任命を米国が拒否したためだ。審理に必要な定数を満たさず、上級委員会は今年いっぱいマヒ状態が続く可能性がある。
WTOの役割である交渉分野に関しては、多国間協定を新しく結ぶのは極めて難しくなった。農業やサービス、工業製品など長らくWTOの議題に挙がっている分野では特にそうだ。加盟国の間で大きな隔たりが存在している。WTO加盟国どうしは利害関係が一致しないだけではない。自由貿易が経済発展に貢献する、という定理そのものに懐疑的な国もある。
こうした障壁を乗り越えるためには、WTO改革が必要だ。機能改善にとどまらず、加盟国のニーズを満たしていく必要がある。だが今のところ、そうした改革の中身についてコンセンサスが得られていない。ようやく主要20カ国(G20)が昨年12月、改革の必要性があるとの認識を一致させたばかりだ。
改革に関しては結論が出ておらず、さまざまな討議の場で模索が続いている。カナダが主催した少数国閣僚会合外部リンクもその一つで、スイス(編注:および日本)も積極的に参加した。1月25日には世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の中でスイス主催の非公式閣僚会合も開かれ、32加盟国が参加した。
問題になっているのは、危機の真っただ中にある紛争解決システムの改革だけではない。それが最も緊急性の高い問題ではあるが、それにとどまらずWTOを近代化し、保護主義に傾きがちな流れに歯止めをかけ、国際貿易の大きな構造変化に適応させたい、というのがスイスの考えだ。この目的に照らすと、貿易におけるさまざまな実務や方針をもっとはっきりさせていくことが特に重要だ。
改革においては、途上国にはそれぞれの経済能力に応じて待遇を変える規定も見直しが必要だ。
今年は他にも議題に挙がっていることがある。国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)に沿って、過大漁獲につながるような補助をなくす規制はその一つ。電子商取引(EC)に関して近代に沿った新しい規制のあり方を交渉することも重要だ。スイスや米国、EU、中国を含む76カ国は今年1月のダボス会議で、ルール作りの交渉開始を目指すことで合意した外部リンク。
多国間貿易システムはスイスの経済外交政策における支柱だ。WTOは最も有利で計算可能な貿易条件を保証し、強国に対抗する最も強力な手段である。その信頼を維持し機能を向上するのは決定的に重要な意味を持つ。スイスが改革の議論に積極的に加わるのもこのためだ。特に20年6月にカザフスタン・アスタナで開かれる第12回WTO閣僚会議で具体的な結論を出したい考えだ。
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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スイスほど政府が自国の農業を支援している国は少ない。そのために時折WTOの批判を受ける。食品輸出業者への補助金について規定する「チョコレート法」(農業製品の輸入・輸出に関する連邦法)もその一つ。例えば、チョコレートの原料となる国産牛乳の価格は国外に比べて高い。そうなるとチョコレートの販売価格も上がる。そこで、国内外の原料価格差を補整し、国際的に通用する製品価格を最終的に設定できるよう、国は原料用の牛乳と穀物について食品輸出業者に毎年約1億フラン(約114億円)の補助金を投じてきた。しかし、将来的に輸出の助成を全面的に禁じるWTOの農業協定に則り、スイスは2020年末までにチョコレート法の修正を強いられている。
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