CS買収報道「圧力をかけるため意図的に利用された」
UBSとクレディ・スイス(CS)の買収報道について、スイスの金融メディア「ザ・マーケット」のマルク・ディットリ編集長は、交渉関係者に圧力をかけるために意図的にメディアが利用されたとみる。
※この記事は、スイスのオンライン言論メディアpersönlich.comに掲載されたインタビューを転載・翻訳したものです。
persönlich.com:3月19~20日、スイスはセンセーショナルな週末を過ごしました。ベテランの経済ジャーナリストとして、どう週末を過ごしていましたか?
マルク・ディットリ:この数日、2007~08年の世界金融危機を思い出しました。私は当時、ニューヨークで特派員をしていました。市場の緊迫感やパニックの様相など、信じられないほど当時と類似点があります。
persönlich.com:CSが失墜するともっと前から予見すべきだったのでしょうか?
ディットリ:世界の金融市場には過去数週間、大きな負荷がかかっていました。米シリコンバレー銀行が破綻した3月10日以降はそれが加速しました。CSは既に何カ月もの間、銀行業界の汚点とされていました。それを考えれば、CSへの負荷が増したのは当然のことです。13日の週はどうしようもない速さで事が進みました。
マルク・ディットリ(Mark Dittli)氏はスイスで最も著名な経済ジャーナリストの1人。2012~17年に経済紙「フィナンツ・ウント・ヴィアトシャフト(Finanz und Wirtschaft)」の編集長を務め、その後独立系メディア「リプブリーク(Republik)」で経済を担当した。2019年には日刊紙NZZの出資を受け、金融メディアプラットフォーム「ザ・マーケット(The Market)」を設立した。
persönlich.com:19日夜、連邦内閣とUBS・CS両行のトップが買収を発表しました。この記者会見をどう評価しますか。
ディットリ:私は自宅のテレビで記者会見を見ていました。主観的な印象では、このCS買収は週末の間に極めて迅速にまとまりました。そこで、かなりさり気ない形で、有効な法律が一部無視されたことは注目に値します。両銀行の株主は発言権を持たず、金融市場監督機構(FINMA)も競争法を巡る懸念を一蹴しました。これは、この解決策がいかに異端な消防訓練だったかを示しています。さらに驚くべきは、15 年前のUBS危機を受けて整備されてきた銀行の安全確保メカニズムがCSの崩壊を防ぐはずでしたが、その役を果たさなかったことです。
persönlich.com:銀行トップのコミュニケーションの仕方をどう評価しますか?
ディットリ:UBSのコルム・ケレハー会長は威風堂々とした姿で注目を集めました。対象的に、CSのアクセル・レーマン会長は、状況にふさわしく悲劇の主人公を演じました。レーマン氏はウルリッヒ・ケルナー最高経営(CEO)を延々と称賛した一方で、他の従業員についてはほとんど一言も発しなかったのは珍妙でした。
persönlich.com:週末の間、最新情報をどこから入手しましたか?
ディットリ:3月15日からCS株が急落していたため、市場のパニックを止めるには週末に手を打たなければならないことは明らかでした。一時間ごとに最新ゴシップを聞いて回ることは私にとって重要ではありませんでした。そのため、19日日曜の夜に交渉結果が発表されるまで、私はひたすら待ちの姿勢でした。
persönlich.com:英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)や米ブルームバーグ通信などの国際メディアは、スイスの国内メディアより交渉に詳しいことが際立っていました。これはなぜだったのでしょうか?
ディットリ:FTとブルームバーグは交渉の報道で明らかに抜きんでていました。しかし2つのメディアが内部関係者から意図的に情報を供与されていたことも明らかです。こうしたリークの一部は、この数日間、各関係者に圧力をかけるために意図的に利用された可能性があります。
persönlich.com:具体的にはどのような情報が意図的に流されたのでしょうか?
ディットリ:世界最大の資産運用会社ブラックロックがCS買収を検討しているという噂が流れました。ブルームバーグの特ダネでしたが、後から誤報だったことが分かりました。このニュースは、UBSに合理的な買収価格を提示するよう圧力をかけるのに役立ったと思われます。
persönlich.com:FTとブルームバーグがリーク先に選ばれたのはなぜですか?
ディットリ:両メディアは、国際資本市場に読者層を抱えています。まさにこれらの情報を届けたかった読者層です。
persönlich.com:つまりメディアは単なるオブザーバーではなかったのですね。別の形で報道されていたら、最終的な結末が変わっていた可能性はありますか?
ディットリ:それは判断が難しい。CSにとって決定的だった瞬間は3月15日、サウジ・ナショナル・バンク(訳注:CSの筆頭株主)の会長がCSには「絶対に」追加出資しないという発言を伝えたブルームバーグの速報でした。この発言は大きく切り取られ、ある意味では文脈から外れて、フィナーレとなるパニックの引き金となりました。その後18日まで、CSはこのパニックを止めることができませんでした。
persönlich.com:FINMAのマレーネ・アムシュタート理事長は、CS問題にはソーシャルメディアも大きな役割を果たしたと述べました。どう評価しますか?
ディットリ:言い訳としては弱いと思います。CSの経営陣も、2022年9月に起きたソーシャルメディアでの炎上が問題を引き起こしたと発言した。それはある時点では脇役を演じたかもしれません。しかし、それだけでは正当化することはできません。CSが長期間これほど弱体化していなかったなら、1つのツイートがこのような結果をもたらすことはなかったでしょう。
persönlich.com:あなたは例の週末、スイスのCS報道をツイッターで批判しました。一部のメディアは不正確だったということですが、これはどういうことでしょうか?
ディットリ:この救済演習の詳細が発表される前の18日土曜日に、一連のツイートを投稿しました。16日木曜日の夜にスイス国立銀行(中央銀行、SNB)が決めた流動性供給策について、いくつかのメディアは国による救済として説明し、2008年のUBSへの国庫注入と比較しました。これは正しくない説明だとはっきりさせたかったのです。この種の流動性支援は中銀の任務であり、政府による支援とは比べられません。
persönlich.com:ドイツ語圏の公共放送(SRF)は19日夜に特番を組んで多くの賞賛を集めました。共感しますか?
ディットリ:残念ながら特番を見られませんでした。記者会見の後、The Market編集部は紙面制作に取り掛かり、私は午前 4 時まで働いていましたから。
persönlich.com:憶測と速報に沸いた報道合戦から数日経ちました。今後のメディア報道はどうなるのでしょうか?
ディットリ:CSの破滅は歴史上、2001年のスイス航空破綻や2008年のUBS危機に匹敵します。緊急事態法の適用など、週末は当局によって多くの重要な決定が下されました。速報合戦を終えた今、メディアは検証の段階に入っています。私たちはそれをもっと早く予見するべきだったのか?どれほど準備が整っていたのか?そして何より、UBSの救済から15年もたたないうちにスイス第2の大手銀行が破綻したのはなぜなのか?
persönlich.com:The Marketを、他の主要メディアや経済紙とどう差別化していきますか?
ディットリ:多くのメディアは常に、特ダネを報じなければならないという考えを持っています。私は、最速のニュースが最良のニュースであるとは限らないと思います。読者の関心が今高くても、それがすぐに薄れることも経験からわかっています。いったん一歩引いて物事を見るのは重要です。メディアとして、本当に重要な疑問を見出すのに時間を使うことです。
独語からの翻訳:ムートゥ朋子
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