クレディ・スイス危機は「カジノ化した金融システムの破綻」
チューリヒ大学教授で経済学者のマーク・シェネー氏は、UBSのクレディ・スイス(CS)買収劇で、巨大銀行を破綻から守るはずだったシステムの欠陥が露呈したと指摘する。
19日、スイスの最大手銀行UBSによるCSの買収が発表された。チューリヒ大の量的金融学教授で、著書「La crise permanante(仮題:永遠の危機)」を執筆したシェネー氏は、強い言葉で非難する。一体なぜこんなことになってしまったのか、理解に苦しんでいる。そして、この一連の出来事で最終的にツケを払わされるのも、今後払い続けるのも納税者だと嘆く。
swissinfo.ch:私たちは、2008年のサブプライム危機後に導入されたあらゆる救済措置が1週間で崩壊するのを目の当たりにしました。この出来事から学ぶべきことは?
マーク・シェネー:これは経済的、そして政治的な失敗です。スイス国立銀行(中央銀行、SNB)は先週、状況はほぼコントロールできており、CSには十分な流動性と自己資本があると説明していました。ですがそれから1時間も経たないうちに、CSは500億フラン(約7兆1千億円)の資金を要求した。そして数日後には破綻の危機に陥っていると明らかになったのです。
これは信用を高めるどころか、「大きすぎて潰せない」と言われる銀行の危険な論理をさらに強めるだけです。CS買収でスイスに誕生するのは、怪物的な巨大金融機関です。次にUBSが2008年のような危ない状況に陥った時はどうなるのか?誰がUBSを買い取るのか?州立銀行?私たちは一体どこに向かっていると言うのでしょう。
こうした全てのことが、納税者がリスクを負うという犠牲の上に行われているのです。中銀を通してUBSに与えられた保証は莫大な額です。明らかに間違った方向に進んでいる。私は問いたい。15年もの間、政治は一体何をしていたのか?今回起こったことに非常に失望しています。「大きすぎて潰せない」原則を盛り込んだ銀行法は、状況を打開するどころか、銀行業界の一極集中を加速させたのです。
swissinfo.ch:問題の根源は本当に、金融界におけるこうした集中なのでしょうか?
シェネー:はい。いわゆる「システム上重要な金融機関」にとって、そのインセンティブは明らかで、納税者の負担でますます多くのリスクを取ろうとします。経営陣にとっては完璧です。うまく行かなくても最後の最後にリスクを負うのは納税者なのですから。そうなると、リスクを取らない手はないのです。
ですが19日の(買収発表の)記者会見で見たように、CS経営陣の責任問題は取り上げられませんでした。私たちの目の前にいたのは、自分たちに何百万、何千万フランものボーナスを払ってきた人たちでした。そして彼らは忽然と姿を消すのです。
私は法律家ではありませんが、そこに責任の問題は無いのでしょうか?経営陣は常日頃から従業員の責任や成績をうるさく言いますが、では彼らの責任や能力はどうなのか?彼らのパフォーマンスは深刻なほどマイナスです。なのに責任を取ることもしません。
swissinfo.ch:株主の意見を聞かずに売却を強行したことは、法的にはどうでしょうか?巨額を投資し、筆頭株主にまでなったサウジアラビアが法的手段に訴える可能性は?
シェネー:私たちが把握していない部分があるのかもしれません。私たちは全てを知らされているのか?おそらく、スイス中銀とサウジ・ナショナル・バンクの間で接触があったでしょう。例えばサウジ銀行が法的措置を取るかどうかは、現時点では何とも言えません。サウジ銀行の戦略は、スイスの大手銀行に足を踏み入れるチャンスを安価で得ることでした。
問題はその銀行が破産したことです。つまり、良いはずだった取引が、最悪の取引になってしまったのです。サウジ銀行は状況を真剣に分析すべきでした。サウジアラビア、特にサウジ銀行が、「CSの経営陣を信頼している」と発言していたのを覚えています。そうすべきでなかったのは明らかです。
swissinfo.ch:今後、クレディ・スイスという銀行名はどうなるのでしょう。存在し続けるのか、それとも1997年にUBSと合併したスイス銀行コーポレーションのように無くなるのでしょうか?
シェネー:短期的には、名前は存在し続けるでしょう。その後はUBSの判断次第です。CSという名前はスイスの歴史に結びついています。アルフレッド・エッシャーは自分が設立(1856年)した銀行に起こった事態を見て、墓の中でひっくり返っていることでしょう。フランスでクレディ・アグリコルが銀行大手クレディ・リヨネを買収した時は、名前を残しました。ですが、CSの名をいずれどうするかはUBSが決めることです。
swissinfo.ch:今回の買収で、グローバル化した金融界の状況は少し落ち着きましたか?
シェネー:全ては短期的な話です。16日はまだ、500億フランが供給されて事態が落ち着いたかに見えましたが、翌日にはCSが破綻寸前だと判明しました。まるでカジノのような金融システムです。納税者のお金でポーカーをしている人たちがいて、勝つ日もあれば負ける日もある。ですが最終的にツケを払わされるのは納税者なのです。今回はCS、2週間前は米国のシリコンバレー銀行の件がそうでした。
そこから見えてくるのは、2008年の危機後に導入されたわずかな規制の意義が薄れつつあったということです。トランプ前米大統領政権は、2016年以降にこれを意図的に行いました。巨大バンクは「ブラックボックス」です。「大きすぎて潰せない」という銀行が抱えるリスクについて、国民は何も知らされません。
そして情報が出るころにはもう全てが片付いている。ちょうど私たちが19日日曜日の夜に経験したように。透明性に欠け、どこに向かっているのか分からないのです。システム上重要な金融機関の取締役会には納税者の代表者が入るべきです。はっきり言わせてください。国ではダメです。国は失敗したのですから。納税者が決定に関与できないのならば、リスクを負担するべきではありません。そんなことは言語道断です。
swissinfo.ch:では全てを問題視する必要があると考えますか?
シェネー:私にとってこれはCSだけの失敗ではありません。カジノ化した金融システムの失敗、15年間何もしなかった、少なくとも真剣なことは何もしてこなかった政治の失敗です。学界における金融教育の失敗でもあります。私はずいぶん前からスイスの新聞にオピニオン記事を掲載し、CSのリスクに注意を喚起してきました。でも私は学界では少数派です。学界がこのように消極的なのは問題です。
swissinfo.ch:今回の大失態における学界の責任とは具体的には?
シェネー:一部を除き、スイスの銀行専門家はほとんど批判的な発言をしてきませんでした。新型コロナウイルスのパンデミックでは、教授や医学界が積極的に発言していました。彼らの意見に賛成か反対だったかは別として、公の場に登場するのを目にしました。
ですが今回の件では、金融の教授をほとんど見かけません。私には理解できない。スイスの大学教授は、状況を批判的に分析し、解決策を提示するためにこそ納税者から高い報酬を得ているのではなかったのですか?しかし一部の教授の給与を補填する金融機関もあります。CSから間接的に給料をもらっていれば当然、批判することなどできないでしょう。
swissinfo.ch:あなたは今回の買収を厳しく批判されますが、米国やフランスなどが決定を歓迎するのはなぜでしょう?
シェネー:今のところそうした国から届く発言は、全て投資家の声です。私は納税者の代理人として話しているのです。金融界の声は、投資家を落ち着かせるためのものです。金融・経済学の教授は、状況を客観的に分析し、事態の深刻さと取るべき対策を伝える義務があります。
「状況はコントロールされている」と言われれば言われるほど、疑念がわきます。2週間前にはバイデン米大統領が演壇に上がり、「全てコントロールできている」と演説し、先週はスイス中銀が同じことを言いました。コントロールされるほど、制御不可能に「全てがコントロールされている」と言われるほど、そうではないと疑わざるを得ません。
仏語からの翻訳:由比かおり
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