スイス2大銀行の統合に必要なものは
スイス金融大手UBSによるライバル行クレディ・スイスの買収価格はわずか30億フラン(約4300億円)。書類上はUBSが大儲けしたように見えるが、これが安物買いの銭失いとなるかは、統合完了後まで分からない。
「金融史上、また金融工学上、この取引がいかに大きいかはいくら強調してもしきれない。実行には重大なリスクが伴う」とUBSのコルム・ケレハー会長は語る。
うまく合併を果たせば莫大な見返りを得るかもしれないが、失敗した時の代償はスイスだけでなく世界中の金融界にとって途方もないものになるだろう。
リスク
2つのオペレーションシステムの統合、問題の多いクレディ・スイスの投資銀行部門の立て直し、従業員と企業文化の統合。UBSは考えられる難題としてこの3点を挙げる。
「クレディ・スイスの一部に悪い文化があったのは明らかだ。我々のエコシステムに問題を起こす要素を持ち込まないように徹底するため、全員を文化的フィルターにかける必要がある」
合併が完了するまでは、UBSクレディ・スイスの財務状況を全て把握できるわけではない。
「合併していない間は、全ての情報にアクセスすることはできない。反トラスト規制には十分に注意しなければならない」。今月4日までUBSの最高経営責任者(CEO)を務めていたラルフ・ハマーズ氏は、買収決定後にこう語った。
また、銀行不安と金利上昇で市場が揺れる中、UBSが強制されたクレディ・スイス買収でいくら得られるのか、という疑問もある。
元UBS幹部で現在はリスク管理コンサルタント会社「Orbit36」のマネージングパートナーを務めるアンドレアス・イタ氏は、基本的な業務レベルで考慮すべき点が多数あると指摘する。「両企業は異なるITシステムで業務を行っている。この分野の統合は数四半期どころか何年もかかるだろう」
イタ氏は「UBSはクレディ・スイスの様々な係争中の訴訟も引き継ぐことになる」点も注視する。買収の際に無価値化されたいわゆるAT1債保有者が訴訟を起こすリスクもその代表格だ。
クレディ・スイスの筆頭株主であるサウジ・ナショナル・バンクをなだめるのもUBSの仕事だ。サウジ・ナショナル・バンクは昨年クレディ・スイスに莫大な投資をしたが、UBSによる買収で大損を食らった。
政治
好むと好まざるとに関わらず、UBSは現在スイスの政治の渦に巻き込まれている。
スイス政府は買収を成立させるために緊急事態条項を発動し、株主や債権者を蚊帳の外に追いやった。さらにUBSに損失が生じた場合に数十億フランを税金で保証すると約束した。
また政府はクレディ・スイスのボーナスの支払い停止を命じた。国会は11日に始まった臨時議会でこの件を審議する予定だが、複数の委員会が銀行の緊急措置について調査することを約束した。
クレディ・スイスの国内小口銀行業務を独立させるよう要求する政治家は多い。UBSはクレディ・スイスの分社化は予定していないと述べているため、政治家と銀行側が衝突する可能性がある。
スイスで勤務するクレディ・スイスの従業員1万6千人の人員削減は避けられない。UBSは現時点でこのうち何人が職を失うのかは言及できないとしているが、できるだけ多くの雇用を守るよう迫られるだろう。
今後の展開
米国、英国、欧州連合(EU)といった主要な金融当局はスイス当局の介入による取引をおおむね歓迎している。
現在、UBSが業務を展開する58カ国で、監査機関や反トラスト局と細かい取り決めをめぐり議論が進んでいる。
UBSは具体的な合併計画の発表には数週間かかるとしている。スイス政府は年内には買収を完了したい意向だ。
英ファイナンシャル・タイムズ紙の報道によると、UBSはすでに複雑なクレディ・スイスの投資銀行部門の分社化計画を見直している。
買収は成功するか?
クレディ・スイスもUBSも過去に買収を経験している。クレディ・スイスは1988年に米国の投資銀行ファースト・ボストンを買収した。その10年後、スイス銀行コーポレーションとスイス・ユニオン銀行が合併しUBSが誕生した。
しかしこれは、2007~08年の金融危機を通して「大きすぎて潰せない」や「グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)」といった言葉が作り出される前の話だ。
ケレハー氏は「これは2008年以降で最大の金融取引だ。初めて2つのG-SIBsが合併するのだから2008年のどんな取引よりも大きいと言えると思う」と話した。
UBSはクレディ・スイスの買収により世界市場、特に米国、東南アジア、ラテンアメリカで力を増すだろうと話す。しかし幹部はつまずく可能性も認めている。
統合が成功し、メガバンクとなっても、効率的に機能し、利益を出す必要がある。
新体制でどの程度成功するかを推測するには、最終的な組織体制や戦略が発表されるのを待つ必要がある。
英語からの翻訳:谷川絵理花
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。