スイスの父親、育児休業たった「1日」 それでも日本より恵まれている理由
スイスでは、男性の育児休業を保障する法律がない。慣例的に取れることは取れるが、たった1日だ。各企業が子育て後進国の汚名を返上しようと独自の育休制度拡充に力を入れるが、肝心の政府は及び腰だ。スイスに住む日本人の父親たちは「それでも日本よりはまし」と言う。
「今回は、見事に1日でした」。冗談交じりにそう笑うのは、チューリヒに住む会社員石崎幸太郎さん(41)。5月に二男の玲雄(れお)君が生まれたばかりだ。
3年前に長男の快(かい)君が誕生した当時は米国企業のスイス支社に勤めており、5日間の有給休暇を特別にもらえた。ところが転職した今の会社はスイスのルールに則っているため、育休は会社が決めた1日しかもらえなかったという。
玲雄君が生まれた5月1日は火曜日で祝日だったため、翌2日に育休を充てた。ポーランド人の妻アガタさん(31)が退院する金曜日までの2日間は有給休暇を充て、病院に通った。自宅では手伝いに来ていたアガタさんの両親と家事を分担。義理の両親がご飯の支度や快君の相手をしてくれたため、とても助かったという。
翌週から出社したが、アガタさんの体調に合わせて勤務時間を早めるなどして調整した。休みの間、重要な会議は電話で参加し、期限が迫った仕事は空き時間を見つけて済ませたという。
一人目のときとは違い、上の子がいるという負担はやはり大きく「(育休が)1日ではきつい」と感じた。職場は休みを取るのに協力的で、有給休暇も仕事に支障がない限り自由に取れるとはいえ「せめて妻の入院期間をカバーできる日数が欲しい。有給休暇のおかげで必要なことは出来たが、国が育休という形でサポートしてくれないのは少し寂しい」。
アガタさんも「体力が回復しきらない中で、赤ちゃんを抱いて上の子を追いかけるのは大変。夫がもうちょっと長く家にいて、家事や快の世話をしてくれたらすごく助かるのに」と話す。
2015年7月に快君が生まれた後、当時の勤め先で担当していた研究開発プロジェクトが打ち切りになり失業。図らずも半年近い「育休」を得た。翌夏は1歳になった快君とプールに行き、近所のママたちと交流。子供と過ごす時間がとても楽しかったという。石崎さんは「もし今より長い育休があったなら、喜んで取る」と話す。
男性の育休は企業の自主努力
スイスで働く女性は、一定の条件を満たしていればフルタイムかパートタイムに関係なく、14週間の産休外部リンクを取得できる。一方、男性の育児休業の権利を保障する法律は存在しない外部リンク。その代わりに民間では、雇用主が家庭の事情による従業員の休暇取得を認めるよう義務付けており、父親は子供の出産に際し、1日か2日の「育休」を申請できる。
多くのスイス企業は、独自の父親の育児休業制度を設けている。コープ、ミグロなど大手スーパーマーケットチェーンは約2週間と手厚い。ただ、それでも経済協力開発機構(OECD)平均の約2カ月を大幅に下回る。
「日本よりまし」
日本は原則的に父親に1年間の育児休業が認められ、数字だけ見れば恵まれている。だがスイスに住む日本人の父親たちは「それでもスイスの方がまし」と口を揃える。その大きな理由が職場の雰囲気だ。10カ月前に第2子が生まれた大手金融機関勤務の男性(40)は「日本よりスイスの職場の方が出産に対して協力的だと感じる。2子とも出産に立ち会えたし、ほぼ希望通りに休暇を取ることが出来た」と振り返る。
職種によって温度差はあるが、スイスでは一般的に子供が生まれると、父親は有給休暇と合わせて1~2週間程度休みを取るのが普通だ。有給休暇を使うことは被雇用者の権利であり、同僚や上司もそれが当たり前だと思っている。別の大手金融機関に勤める30代の父親も「仕事に支障がない限り、出社・退社時間や休日を割とフレキシブルに決められる。育休自体は少ないが、日本の金融業界で日夜関係なく働く同僚たちを見ていると、子供と夕ご飯を一緒に食べられるだけで満足」と話す。
日本の父親たちはどうか。2017年度の厚生労働省調査外部リンクによると、育児休業を取得した男性はわずか5.14%だ。
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誰がコストを負担するのか
ただ、スイスで独自の育休制度を設けているのは一部の大手に限られ、一般企業は1日、多くて2日だ。国内の労働組合や父親の権利団体などが、男性に4週間の育児休業を認めるよう求めたイニシアチブ(国民発議)を立ち上げたが、スイス連邦内閣外部リンクはこの案に反対している。
連邦内閣が反対する理由の一つはコストだ。イニシアチブ通りの制度を認めた場合、年間約4億2千万フラン(約460億円)の追加財源が必要だという。生後3カ月の娘を持つ日本とスイスのハーフで、大手物流企業に勤めるセドリック・ルティスハウザーさん(35)は「スイスの父親の育休制度をめぐる現状は石器時代並み。変えなければいけない。だがそのコストを企業に全てかぶせるのは良くない。とはいえ国が負担すれば税金が増える。非常に難しい問題だと思う」と理解を示す。
イニチアチブは連邦政府の賛否にかかわらず、数年以内に国民投票が行われる。スイスの有権者がどのような判断を示すか注目される。
スイスは産休・育休制度の後進国
経済協力開発機構(OECD)が加盟国の父親の育児休業日数をまとめた2015年の統計によると、最多が韓国の371日で、日本は365日。フランスは196日、アイスランドは91日、ノルウェー、スウェーデンは70日、35カ国平均は56日。スイスは0日だった。
スイスでは、母親に対する有給の産休が導入されるまでに70年かかっている。権利自体は1945年に憲法で盛り込まれたが、その後の国民投票で幾度も否決され、2004年になってようやく可決された。05年からは働く女性に14週間の産休が認められ、その間は給料の8割が支払われることになった。
父親に4週間の育児休業を認めるイニシアチブが可決されれば、母親と合わせて計18週間の育児休業を取得できるようになる。
イニシアチブの発起人らが15年に実施した調査によると、父親の育児休業を支持した人は全体の81%に上った。
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