スイスの「ギグワーカー」 コロナ時代に台頭するか
ネット上の単発の仕事を請け負う「ギグエコノミー」は、2008年の金融危機をきっかけに急成長したが、スイスではこれまでそれほど浸透してこなかった。コロナ危機により、多くの国がこうした新しい経済形態に期待を寄せるが、スイスでも需要が高まるのだろうか。
車のネット予約、Airb&b、フードデリバリーや家事・掃除代行サービス…。今や世の中は企業に雇われなくても、インターネットやスマートフォンのアプリを使って、短期や単発の仕事を請け負うことができる。このようなギグエコノミーは米国、欧州、アジアの多くの国で急速に拡大しているが、スイスでは広がりがほとんど見られない。
少ない労働者と低い所得
スイス連邦統計局は今年5月、インターネットプラットフォームを通じて短期サービスを提供したり、商品を販売したりして報酬を得る「ギグワーカー」を対象とした初の調査結果を公開した。スイスではオンラインプラットフォームを使って収入を得る労働者はまだ非常に少なく、また給料も低いことが分かった。
2019年、スイス人口のわずか0.4%が、過去12カ月の間にインターネットを利用し、商品の販売、家の賃貸、食料の配達、タクシードライバーなどの仕事をしたことがあると答えた。
中国、インド、米国などでは、労働年齢人口の多くが、オンラインプラットフォーム介した短期の仕事を、生計を立てるための主な収入源としている。インターネット技術やアプリを通じて、消費者の「すぐに必要とする」ニーズに応えられる。
スイスの場合、インターネットプラットフォームを通じて仕事をする人の大半は、税引き前の年収が1千フラン(約12万円)以下だった。スイス人の平均月給は6538フランだが、ギグワーカー1人あたりの年収は平均5849フランで、月収にすると487フランだった。
「ギグだけで生計を立てるのは難しい」
社会経済の動向に詳しいスイスのシンクタンク、ゴットリープ・ダットワイラー研究所のカリン・フリック氏は、このような現状はあまり驚くことではないという。「スイスは非常に裕福で繁栄している。 雇用市場に比較的給与の高い仕事が十分ある限り、ウーバーのような企業がここで足場を固めるのは難しい」と、フリック氏はスイスのニュースサイトWatsonのインタビューで語った。
調査結果もフリック氏の発言を裏付けている。スイス人ギグワーカーのうち、安定した職が見つからないのを理由にギグワーカーになった人は1.2%に過ぎなかった。
チューリッヒ公共問題研究所(ZIPAR)のマルコ・コヴィッチ所長は、スイスがギグワークに興味がないのではなく、「アメリカや中国などに比べて、スイスのギグエコノミーは未熟」であることから、「ギグワーカーの数はまだ定着していない」という。また「国内のオンラインプラットフォームの数は非常に少なく、足場が固まっていない。そのような理由からもギグワークだけでスイスで生計を立てることは難しい」と語った。
新型コロナウイルスの感染拡大によるコロナ危機は、スイスにもやってきた。2008年の世界的な金融危機のときのような経験を、スイスでもすることになるのだろうか。
スイスが講じたさまざまな感染拡大対策により、かつてギグエコノミーで活動していた一部のフリーランサー(ドライバー、家事代行、フリーランスの写真家など)は、仕事の機会が大幅に減り、仕事を辞めざるを得なくなった。しかし、社会的距離を保つための感染防止策は、ギグエコノミーの特定の分野に予期せぬ大きな利益をもたらした。
食品宅配サービスを提供するオンラインプラットフォーム「ウーバーイーツ」は3月中旬からスイスでのビジネスを拡大し、 わずか数カ月の間に、すでにサービスを提供している10都市に加え、ルツェルン(4月)、ザンクト・ガレン(5月)、ヌーシャテル(5月)、ヴィンタートゥール(6月)でもサービスを開始。今後の数カ月間で、さらに拡大予定だ。「ウーバーイーツ・スイスの広報ルイサ・エルスター氏によると、1~6月の間にチューリヒ市内だけでも提携レストランの数が2倍に増え、配達エリアの範囲は5倍に拡大した。
コロナ時代とスイスのギグエコノミー
コヴィッチ氏は、コロナ時代には「需要と供給にマッチしたオンラインプラットフォームやアプリが増え、ギグエコノミーが成長のための土壌を得ることは間違いない 」という。
コロナ感染の流行の結果、スイスの多くの企業は、従来のワークモデルから脱却し、テレワークや柔軟な労働システムを受け入れざるを得なくなってきている。 その結果、企業はコンサルティングやクリエイティブデザインなど、知識経済分野における「ホワイトカラー」のギグワークに対し、以前よりも開放的だ。
サービス業で肉体労働に従事する「ブルーカラー」のギグワークについては、数がますます増える可能性がある。 これは、コロナ後の潜在的な失業危機に対処するために、また、1つのフルタイム雇用に依存する不安を回避するために、ポストコロナ時代にギグワークを検討する労働者もいるだろう。
「この傾向はスイスでも続くと思う。結局のところ(ギグワーカーを選択する)企業はそこから利益を得られる」(コヴィッチ氏)
ギグエコノミーは労働者にとっても有益なのか
スイスのコロナ危機における制限措置は、フードデリバリーサービスなどのギグエコノミーに大きな利益をもたらし、消費者もまた「安全な社会的距離を保つ」ことを可能にした。ただ、利益はギグワーカーの労働権を犠牲にして達成されたものだ。コヴィッチ氏はそう指摘する。
ギグエコノミーを研究する米社会学者のアレクサンドリア・ラヴェネル氏は、著書「ハッスルとギグ」の中で、ギグエコノミーの「ギグワーカーは絶え間ない不安と不確実性の中にいる」と表現している。今回のコロナ危機は、スイスのギグワーカーの劣悪な労働条件と不安定さを浮き彫りにした。「注文を受けられないウーバードライバーの収入はほぼゼロ。また原則として、彼らは失業手当などの社会手当を受ける権利がない」とコヴィッチ氏は言う。
エルスター氏はそれに対し、ウーバーとウーバーイーツ・スイスは、ロックダウン(都市封鎖)の間、すべてのドライバーとデリバリースタッフに、マスクなどの必要な保護具を提供したと強調。2018年には、事故や病気による損失の補償をしているとした。
しかし、コヴィッチ氏は、問題はギグワーカーの不安定な労働状況を改善することだ、と指摘する。
「ギグエコノミーはすべての関係者にとって有益なものかどうかと考えると、現状では多くの欠点を抱えている」。他の国と同様、スイスのギグエコノミーやギグワーカーは働き方の柔軟性という利点を享受しながらも、一般的には雇用の安定に欠けている。
コヴィッチ氏は、労働者が直面する第一の問題は、労働法の枠組みの中の労働者のアイデンティティの位置づけであると述べた。ほとんどのギグプラットフォームはギグワーカーを従業員ではなく、自分自身でリスクを負う、多くの場合は自己責任で社会保険に加入する「自営業者」だと見なしている。しかし、年金を収めていなかったり、事故に遭った時に収入が途絶えてしまったり、仕事の関係で十分な保障が得られないという人も少なくない。
コヴィッチ氏は米国におけるギグエコノミーの発展から、スイスが学べることは多いと話す。米カリフォルニア州は6月上旬、ウーバーやLyftなどのプラットフォームとの契約に署名し、配車サービスを提供するドライバーには、「従業員」と同じ権利があるとの判決が出された。「スイスはそこからインスピレーションを得られる」
(翻訳・大野瑠衣子)
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