スイスの視点を10言語で
記録的な労働力不足 スイスの対応は?

スイスのZ世代、転職に求めるものは?

リンクトイン
有能な若者を発掘するには、ビジネス向け交流サイト「LinkedIn(リンクトイン)」の活用が必須に。従来の採用プロセスは時代遅れだ © Keystone / Christian Beutler

スイスでは、転職活動者が増加の一途をたどっている。空前の労働力不足により、求職者と企業の立場は逆転。売り手市場を追い風に、転職を重ねる若者の事情を追った。

人事のスペシャリストとして働くヌーシャテル出身のエロディさん(仮名・30代前半の女性)は、これまで7年の社会人経験のなかで4度、転職した。だが、決して移り気なわけではない。2017年にスイスの大手IT企業へ転職してからは、6年間同じ職場で大いにその才能を発揮しているからだ。

「今の職場のメリットは、キャリアアップのチャンスが実際にあり、人材が第一に考えられている点。私は既に今、入社時よりも上の役職に就いている。それに、研修や社風が非常に現代的だ」

エロディさんが転職を重ねた理由は、どの企業にも経営上の問題があったから。「2つ目の職場では、経営陣はきれい事を言うばかりで実行に移さず、上司は従業員を尊重していなかった。次の職場は経営陣が保守的。私にはスキルがあり、会社に貢献できる可能性もあったが、幹部は関心を示さず、割り当てられたのは事務仕事のみだった」

関連記事:«高賃金のスイス インフレ下の賃上げ交渉はどうなる?»

エロディさんの経歴は、労働市場のリアルな傾向を体現している。プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が昨年5月に実施した調査外部リンクでは、今年転職活動を予定しているスイスの被雇用者は全体の2割に上った。連邦統計局(BFS/OFS)によると外部リンク、全世代の転職率は2016年の8.8%から2021年には9.1%へと増加。

2021年の転職率は、15~24歳で19.1%、25~39歳で12.4%だが、55~64歳では3.1%にとどまった。

企業は選ぶ側から選ばれる側に

こうした労働市場の流動化は、人手不足と密接な関連がある。近年のスイスは完全雇用の状態にあり、失業率は最低水準に達した外部リンク。今年1月発表の米マンパワーグループの調査外部リンクによると、スイスの求人件数は現在10万件超。未曾有の労働力不足が、企業と従業員の力関係に変化をもたらしている。

外部リンクへ移動

中でも若年層は、かつてないほど転職しやすい状況にある。企業側はもはや応募者を選ぶ立場にはなく、自ら求職者にアプローチしなくてはならない。人材不足が最も深刻なITや医療の分野に限らず、企業は採用難に直面している。

250人弱の職員を抱えるヴォー州の私立学校コレージュ・シャンピテでは現在、20人ほどの欠員が出ている。アニェス・ガビルー人事部長は「教員、幼稚舎教諭、IT技術者は、5年前から採用難だ。専門分野に優れ、フランス語と英語の2カ国語、できれば3カ国語で指導できる教員を見つけるのに苦労している」と話す。

チューリヒ経営大学(HWZ)で人材管理&リーダーシップセンター長を務めるマティアス・ムレネー氏は、ドイツ語圏の日曜紙NZZ・アム・ゾンターク外部リンクのインタビューで、統計上は転職理由のトップが収入増への期待だと語った。ただこの10年に起きた大きな変化として、適切な「評価」を求める転職が増えているという。「人々は雇用者から人間として認められたいのだ」

若い被雇用者は、必ずしも現状に不満で転職するわけではない。新たな発見を求めて転職する場合もある。ヴォー州で機械エンジニアを務めるマヌエラさん(仮名・31歳女性)は、既に2度の転職を経験している。「卒業したての頃は好奇心旺盛で、様々な仕事を試してみたいと感じるものだ。共に学んだ友人は皆、卒業後に職場を2~3度変えている。各企業での勤務年数は2年ほどだ」

履歴書よりリンクトイン

こうした流れを受けて、採用方法にも変化が起きている。求人サイトに広告を出すだけのやり方は、完全な時代遅れとなった。引く手あまたの人材であるマヌエラさんは、現在の仕事について「前職を通じて知り合った人が、交流サイトのリンクトイン上で私を見つけたことがきっかけだった。経営者から連絡が来て、もう一度転職するよう説得された」と説明する。

ジュネーブで英系人材紹介会社マイケル・ペイジのディレクターを務めるアントニー・キャフォン氏は、志望理由などを書くカバーレターの作成や形式的な履歴書の送付は、もはや主流ではないと言う。代わりに、リンクトインが有能な人材の「取引所」的役割を果たし、採用担当者が基本情報を得る手段となっている。最近導入された新機能で、ユーザーは興味ある求人に[Easy応募]ボタンから簡単に応募が可能だ。同氏は「2カ月かけて4回の面接を行う従来の採用プロセスでは、応募者の8割がやる気を失う」と指摘する。

度胸ある若年層を惹きつけるのが、スタートアップだ。こうした企業は創業間もなくしてインパクトの創出と急速な成長を目指すが、半年後に全てを失うリスクもはらむ。一方で、銀行や保険会社など伝統的なセクターの人気は、完全に下火だ。スイスの人事コンサル会社Air HR Global Solutions創業者のフレデリック・ロジェ氏は「20~30代は刺激を求めている」と分析。「組織図や権力を嫌い、直属の上司には強いリーダーシップと素早い決断力を期待する。こうした世代に最適なのは、アジャイルな環境。すなわち、反応が早く、柔軟で協調性のある職場だ」

キャフォン氏は「3年以上先のキャリアまで見通している若年層はまれだ」とし、「若者の仕事に対する意識は、消費者目線に近い。自分が会社にどう貢献できるかよりも、その仕事から何を得られるかを考えている」と説明。生涯で経験する職場の数を予想した調査では、50代の働き手が5~6カ所と答えたのに対し、Z世代では15カ所前後に上ったという。

「Z世代は、自由な勤務時間や在宅勤務、ワークライフバランスを優先する。この世代の働き手にとって最も重要なのは、プロジェクトの実行に学びが伴うこと。自分たちの仕事を通じて、世界にポジティブな影響を与えたいと考えている」(キャフォン氏)

従業員の引き止めも課題

他社からの勧誘が絶えない従業員をどう引き止めるかも、企業にのしかかる難題だ。ジュネーブのホスティングサービス会社アンフォマニアック(Infomaniak)は、競争の激しいIT開発分野で活躍。「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に匹敵する多様なサービスを提供しており、これら巨大IT企業に対抗し得る数少ないスイス企業として一目置かれる存在だ。

ボリス・ジーゲンタラー最高戦略責任者(CSO)は「入社して間もないソフトウェア開発者が、カリフォルニアに本社を置く企業に引き抜かれてパリの職場へ転職した」と振り返る。「米企業の待遇は、17万フラン(約2500万円)相当の株式と、我が社よりも2割増しの給与。更には無料の食事など、こうした企業で定番の福利厚生一式も用意されていた。我々は従業員数200人の中小企業で、そのような条件には対抗できない」

社員の忠誠を勝ち取るにあたり、同社は社風を第一の支柱としている。国内の雇用維持を保証し、持続可能な開発を前面に押し出している。できる限り上下関係のないフラットな職場を目指している。

資本金の半分を社員の所有とするプロジェクトも立ち上げた。従業員が会社の株主となり、事業の収益から還元を受けられる仕組みだ。「応募者は、我が社の価値観を最も重視しているようだ。入社の決め手としては、給与よりも大事な要素となっている」(ジーゲンタラー氏)

おすすめの記事

10言語で意見交換
担当: Samuel Jaberg

深刻な労働力不足に悩むスイス、打開策は?

他の多くの国々と同様、スイスも労働力不足に悩んでいます。みなさんの会社や仕事の分野は、人手不足の影響を受けていますか?ご意見をお待ちしています。

50 件のいいね!
128 件のコメント
議論を表示する

編集:Samuel Jaberg Pauline Turuban仏語からの翻訳:奥村真以子

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部