スイスは世界の紛争の仲裁役を務める一方で、紛争のツールとなる武器を輸出している。平和の使者と武器輸出国、相反する二つを一国が担うのは無理な話なのだろうか?
このコンテンツが公開されたのは、
中立国スイスの外交政策の看板を背負うのは、トップ外交官クリスティン・シュラーナー・ブルゲナー氏だ。紛争仲裁の専門家である同氏は現在、国連特使としてミャンマーで発生した民族問題の解決策を模索している。
同氏の実力は、タイの軍隊が以前、民衆の抗議運動を鎮圧した際の事例で実証済みだ。90人の犠牲者を出したこの暴動で、同氏は2010年、被害者と政府の代表者を交渉の場に付けることに成功した。
しかしスイスは同じ年に33万1680フラン相当(約3650万円相当)の武器をタイに輸出。その後も輸出を続けた。
この事例が示すのは、スイスが平和・仲裁の使者を務める一方で、同国の業者が同じ場所に武器を輸出している、という二面性だ。
外部リンクへ移動
スイス公共放送(SRF)の報道番組「Tagesschau」、2018年9月26日放送
経済と外交にとっての損失
この状態は、経済と外交の双方に損失となりえる。外交では、スイスによる仲裁が失敗に終わる可能性がある。経済面では、武器輸出がスイスの国際紛争仲裁を妨げないよう、連邦政府が企業の契約を緊急措置として取り消すことも考えられる。
2017年始め、タイはスイスの武器輸出規制の対象となった。連邦政府はラインメタル・ディフェンス社(旧社名はオエルリコン・コントラバス)に対し、防空システムの販売を禁止した。タイ南部での紛争がその理由とされた。タイ政府は分離主義者グループと戦っているが、それは長期的なものだ。2016年とほぼ変わらない武器輸出を2017年になぜ禁止したのか、それは今も不明だ。
ラインメタルはパキスタン向けの武器輸出でも、同じ緊急停止措置を受けている。対象となったのは同社がパキスタン側から受注した1億フラン相当の対空砲だった。スイス連邦内閣は2015年、この契約を承認したが、2016年中ごろになって詳細な理由なしに許可を停止した。
この背景を紐解くと、ディディエ・ブルカルテール元外務相の存在が浮かぶ。7人で構成する連邦内閣で、許可を停止するために必要な過半数の賛成を勝ち得たのは、ブルカルテール氏がいたからだ。同氏は閣僚引退後、紛争当事国への武器輸出について「はっきりした立場を取り、これを却下しなければならない」と語った。
同時に、連邦政府内で起こった武器輸出をめぐるいさかいが閣僚引退の理由でもあると言及。スイス政府はこの一件で「私が人として根本的だと考える基本的な価値というものに別れを告げた」と突き放した。
偶然の決定?
パキスタンへの武器輸出停止は、外向けには偶然の決定のように見えた。パキスタンでは、このとき輸出基準がほとんど変わらず、バローチスターン州で起こった内戦に近い紛争は、スイスが輸出している武器によって、戦火がくすぶり続けていた。
パキスタンに対するこの突然の方向転換で、武器製造業者は攻勢に転じた。2016年秋、スイスの軍需企業13社が協定を締結。企業側は、どれだけの金が関与し政治に影響しているかを明らかにし、また法律の規制緩和でどれだけの取引が可能になるかを示そうとした。
運命は軍需企業に味方した。2017年9月、連邦内閣の閣僚が変わったからだ。スイスの伝統を重んじ、ブレーキ役でもあったブルカルテール氏が辞任し、その後任を引き継いだのは武器輸出に関して企業側に有効な姿勢をとるイグナツィオ・カシス氏だった。
無情な数字:雇用1400件、難民90万人
軍需企業のロビー団体はこれを好機到来ととらえた。カシス氏が外相に就任したわずか6日後、13社は連邦政府に嘆願書を送った。嘆願書は、国の利益のため、武器輸出規制を緩和するべきーという内容だった。
この文書には、規制によって失われた取引のすべてが記されていた。政府が却下した武器輸出に関する予備的審理48件。これが許可されなかったことで2億2200万フランの利益が水の泡と化し、雇用1400件分に影響したと企業側は主張した。
企業側の「ウィッシュリスト」には、ミャンマー海軍向けの対空部品が含まれていた。ミャンマーは、軍がイスラム系少数民族ロヒンギャ90万人を国外追放後、スイスのクリスティン・シュラーナー・ブルゲナー外交官が国連特使として派遣された国に他ならない。国連は、一連の民族浄化によって1万人が虐殺されたとしている。
武器輸出と外交。スイスにおいて、この二つはうまく折り合いを付けている。ただ、お互いに近づきすぎなければの話だが。
この記事は、ドイツ語圏のターゲス・アンツァイガー、ブリック、ブント、NZZ、ザンクト・ガレン・タグブラットの各紙とフランス語圏のスイス公共放送(RTS)のほか独自の調査に基づいて執筆しました。
(独語からの翻訳・宇田薫)
続きを読む
おすすめの記事
ミャンマーの平和促進に挑むスイス人女性
このコンテンツが公開されたのは、
約100万人が国外に逃れ、政府が民間人と軍部から構成され、トップ政治家がジェノサイド(集団虐殺)の罪で起訴されている国、ミャンマー。国連特使を務めるスイス人のクリスティン・シュラーナー・ブルゲナー氏は、この国で平和を促進させるという難しい任務に立ち向かっている。
もっと読む ミャンマーの平和促進に挑むスイス人女性
おすすめの記事
スイス議会、20億フランの軍予算案を可決 高性能防弾ベストなど
このコンテンツが公開されたのは、
スイス連邦議会の国民議会(下院)は13日、約20億フラン(約2200億円)の軍予算案を可決した。予算は全兵士に配備する高性能防弾ベストの購入費などに充てる。また所有するF-5タイガー戦闘機の約半数を売却する予定という。
もっと読む スイス議会、20億フランの軍予算案を可決 高性能防弾ベストなど
おすすめの記事
スイス、EUの銃規制を踏襲した法改正案を可決
このコンテンツが公開されたのは、
スイス連邦議会は19日、テロと武器の違法取引防止を目的とする欧州連合(EU)の新規制に適応した銃規制法改正案を可決した。
もっと読む スイス、EUの銃規制を踏襲した法改正案を可決
おすすめの記事
スイス政府、武器輸出申請のほぼ全て承認 検証文書をメディアが独自入手
このコンテンツが公開されたのは、
スイス連邦政府が武器輸出規制を緩和する方針を打ち出し、国内で議論を呼んでいる。そんな中、従来の輸出規制にいかに抜け穴が多く、また政府が輸出申請のほぼ100%を承認していることが、スイス公共放送(SRF)が独自に入手した連邦監査事務所(FAO)の報告書で明らかになった。
もっと読む スイス政府、武器輸出申請のほぼ全て承認 検証文書をメディアが独自入手
おすすめの記事
世界的に低下する信頼 スイスも例外ではいられない?
このコンテンツが公開されたのは、
スイスは最も信頼されている国の一つだ。しかし、不信感が強い分野の最大手にスイス企業も数えられる。パナマ文書問題や企業の不祥事など手痛い事件をきっかけに、スイス企業に対する信頼が揺らいでいる。
もっと読む 世界的に低下する信頼 スイスも例外ではいられない?
おすすめの記事
「軍需産業への資金援助を禁止」案、スイスで国民投票へ
このコンテンツが公開されたのは、
軍需品の製造企業に一切資金援助しないことを求めたイニシアチブ(国民発議)が、スイスで近く国民投票にかけられることになった。連邦内閣事務局が7月、国民投票実施に必要な署名数を確認したとして、イニシアチブを受理した。
もっと読む 「軍需産業への資金援助を禁止」案、スイスで国民投票へ
おすすめの記事
冷戦時のスイス軍秘密部隊P26、行方不明の極秘文書は見つからず
このコンテンツが公開されたのは、
冷戦時のスイス軍秘密部隊「P26」について調査した機密文書の一部が行方不明になっていた問題で、国防省はこの文書の所在を特定できなかったとし、捜索を打ち切った。
もっと読む 冷戦時のスイス軍秘密部隊P26、行方不明の極秘文書は見つからず
おすすめの記事
冷戦時のスイス軍秘密部隊P26、政府が機密文書を公開
このコンテンツが公開されたのは、
冷戦時代、旧ソ連の侵攻に備えてスイスが作った軍の秘密部隊「P26」に関する政府の機密文書「コルニュ・レポート(Cornu Report)」が25日、30年の年月を経て公開された。ただ個人名などは伏せられた。
もっと読む 冷戦時のスイス軍秘密部隊P26、政府が機密文書を公開
おすすめの記事
核兵器に投資する金融機関リストにスイスの銀行も
このコンテンツが公開されたのは、
スイスとオランダに拠点を置く反核団体がまとめた調査で、銀行、年金基金など300超の金融機関から、昨年は5000億ドル以上が核兵器製造企業に流れ込んだことが分かった。スイスのクレディ・スイスもそのリストに含まれている。
もっと読む 核兵器に投資する金融機関リストにスイスの銀行も
おすすめの記事
スイスの武器輸出が増加 タイに対空防衛システム
このコンテンツが公開されたのは、
昨年のスイスの軍需製品の輸出は対64カ国、4億4660万フラン(約513億5900万円)に上り、輸出額は前年に比べ8%増加した。一方、連邦経済省経済管轄局(SECO)が27日、発表した。
もっと読む スイスの武器輸出が増加 タイに対空防衛システム
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。