スイス銀行の貿易金融 環境配慮の取り組みは?
アマゾン熱帯雨林が地球の気候バランスに果たす役割について社会的関心が高まる中、スイスにとって重要な商品取引部門に融資する銀行は、自らの事業が環境に及ぼす影響を再検証し始めた。
かつてトレードファイナンス(貿易金融)で世界をリードした仏銀BNPパリバは2月、2008年以降に開拓されたアマゾンの土地由来の牛肉・大豆を製品化したり売買したりする企業への融資外部リンクを停止すると発表した。
同行は数週間前にも、ジュネーブに貿易金融部門を置く蘭銀INGグループ、スイス大手銀クレディ・スイスと、エクアドルの熱帯雨林で採掘した石油を売買する企業への融資を中止すると表明外部リンクしたばかりだった。
貿易金融とは、銀行が商品(コモディティー)の貿易業者から積荷の受け渡しやそれに伴うリスク管理を引き受けることで、業者が大量の原材料を売買できるようにする仕組み。銀行は通関書類や貨物の荷受人となる。世界の商品取引の多くがジュネーブで行われているため、貿易業者に融資する金融機関の大半がジュネーブを主要ハブにしている。なお、貿易金融は、銀行が石油採掘や農作物栽培などのために企業に融資するプロジェクトファイナンスとは性質が異なる。
業界団体「スイス貿易・輸送機構(STSA)」の最新調査によると、スイスは貿易金融の世界最大の拠点。2位は英国だ。
業界団体「スイス貿易・輸送機構(STSA)」の最新データ(2018年)によると、商品(コモディティー)取引はスイスの国内総生産(GDP)の4.8%を占め、国内で約3万5千人を雇用している。STSAには、貿易金融に従事する銀行も加盟している。
また、スイスの商社が世界のコモディティー取引に占めるシェアは、石油が39%、砂糖が44%、金属が60%、コーヒーが53%。大豆と牛肉に関するデータは未入手。
「汚染」されたマネー
貿易金融は10億ドル(約1090億円)規模と言われる商品取引業界の一部を成すが、同業界は先住民50万人が暮らすアマゾンの聖なる源流域に石油流出を引き起こした責任を抱える。現地では河川の汚染によって、飲料水の供給が途絶える事態が時折発生している。
例えば昨年4月には、パイプラインが破損しコカ川に原油が流出外部リンク。この地域は以前、米石油大手テキサコ(現シェブロン)が長年にわたって有害廃棄物を投棄していた。
エクアドル・アマゾン先住民連盟(CONFENIAE)のマーロン・バルガス会長は、swissinfo.chの電話取材に対し「融資の影響は非常に深刻だ。私たちの土地は汚された。石油に覆われ不正義がはびこっている。飲料水も教育も、そして健康もだめになってしまった」と語った。同会長は、アマゾン支流沿いの石油採掘は先住民族のテリトリーを「搾取」するものだと訴える。
環境活動団体スタンド・アース外部リンクとアマゾン・ウォッチは、2020年発表の共同報告書の中で、09年以降エクアドル・アマゾン産石油約100億ドル分の対米輸出に融資した貿易金融銀行として、主にジュネーブを拠点とする6行を名指しした。この化石燃料採掘地は地球上でも特に生物多様性に富んだ熱帯雨林にあり、将来はユネスコ世界遺産に登録されているヤスニ国立公園にまで開発が広がると予測されている。同報告書の発表を受け、複数の銀行が直ちに声明を出した。今年1月までにINGグループ、BNPパリバ、クレディ・スイスに加え、オランダのラボバンクも20年初めに貨物への融資を停止したと発表した。
クレディ・スイスはswissinfo.chの取材に対し、エクアドルとペルーでの石油取引への関与を段階的に廃止する方針であることを認めた。また「各部門に特化した方針を定期的に見直し、更新している」とし、「昨年1年間で化石燃料への融資制限を強化した」と文書で回答した。
企業責任の転換点?
環境面で影響を受けやすい地域での商習慣を浄化するという課題は、目新しいものではない。これまでにもアマゾンを始め、脆弱な環境で生産される商品に依存する小売業者や生産者、商社が、社内や業界全体の持続可能性に関する基準を打ち出してきた。しかし、これらの多くは強制力がなく、独立した監督機能も存在しなかった。
しかし、コモディティー業界への行動変容圧力は高まる一方だ。ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)のジル・カルボニエ教授(開発経済学)は「環境劣化や人権侵害の責任追及が、現地の関連会社や子会社だけでなく親会社やコモディティーを商品化する企業にも及ぶようになっている点については、コモディティー生産・取引企業も認識している」と言う。また同氏は、ハイリスクなビジネスに対し消極的な、あるいはそこから撤退する傾向が見られると指摘する。
同氏によると、汚染被害を受けた地元住民らが、国外にあるコモディティー企業の本社所在地の裁判所に訴えを起こして勝訴した民事訴訟例外部リンクもあり、企業がサプライチェーンのどこかで環境や社会に害を及ぼす行為に関わることのリスクは増大している。BNPパリバは、スーダンの石油取引への資金提供が米国の経済制裁に違反したとして有罪判決を受けたが、それから6年後の2020年に再び、人道に対する罪に加担したとしてスーダン人被害者らからフランスで訴訟を起こされた。
同氏は「社会の期待や規範も、気候変動を意識した方向に急速に移行している。気候変動は、政府だけでなく市民団体にとっても一大関心事となった」と述べ、「アマゾン流域と熱帯雨林、特にエクアドル・アマゾンの保全は大きなテーマになりつつある」と付け加えた。
企業で起きている変化は、スイスの対外イメージ戦略外部リンクとも歩調が合う。スイスの銀行機密が正式に廃止されて2年になるが、この間スイスは自らをサステナブル・ファイナンス(持続可能な金融)の世界的中心地として売り込もうとしてきた。国際機関や非政府組織(NGO)、シンクタンクを擁する国際交渉の場としてのジュネーブと、同市の銀行セクターとの協力関係構築を目指し設けられた「サステナブル・ファイナンス・ジュネーブ(SFG)外部リンク」には、大手貿易金融機関の多くが参加している。
そのSFGも加盟する全国規模の業界団体スイス・サステナブル・ファイナンスのジャン・ラヴィル副CEO(最高経営責任者)は、貿易金融銀行は「新しいパラダイム」に直面しているとし、同業界は「歴史の悪い側面」だとの認識が生じたと述べる。
もっとできること
スイスNGOパブリック・アイでコモディティー・貿易・金融部門の責任者を務めるアンドレアス・ミスバッハ氏の銀行評は、さらに手厳しい。同NGOが最近発表したレポート「貿易金融入門外部リンク」では、スイスの銀行が商社に信用供与する際の透明性の欠如や、融資している取引について詳細をほとんど把握できていない例がいくつもある点が強調されている。
ミスバッハ氏は「銀行は(融資を元に)何が行われているのか、商社の調達先はどこかといった点をまったく把握していない」と言う。またエクアドルの例のように、貿易金融銀行が石油取引への融資を打ち切ったのは環境への配慮からだった可能性がある、と言う点は疑わしいとした。
スタンド・アースのフォローアップ報告外部リンクによれば、一部の銀行はまだ水面下で活動を続けている。同NGOは1月、スイスの商社と取引関係にある仏銀ナティクシスを「上位6行中、(8月の)報告書発表後もアマゾン原油取引を行った唯一の銀行」と非難した。
スタンド・アースのアンジェリーン・ロバートソン研究員は、ナティクシスはアマゾン地域の石油取引への融資を今も続けていると話す。
同NGOの調査対象となったもう1つの銀行は、スイスの大手銀UBSだ。ロバートソン氏は電子メールで、スタンド・アースとアマゾン・ウォッチの調査により「UBSは違反発覚までアマゾン原油に関する貿易金融の業界標準を正しく適用していなかった。UBSは利害関係者が率先して行動しない限り、他の潜在的ポリシー違反も黙過する懸念がある」と述べている。
調査チームは「アマゾン原油への融資撤退に関しUBS側が積極姿勢を示していない現状では、スタンド・アース、アマゾン・ウォッチおよび同銀への投資家は、同行が融資活動によるアマゾンへの悪影響を防止できるとの確信は持てない」と結論づけている。
swissinfo.chの取材に対しUBSは声明で、同行のアマゾン原油融資事業に関する具体的変更点には言及しなかった。ただ「多くの利害関係者やNGOとの緊密な連絡」は続いており「商品取引金融を含む全ての取引、製品、サービス、活動に対し綿密な環境・社会リスク対策の枠組み」を適用していると説明した。
銀行側はエクアドル原油に関する報告を機に、「汚い」取引の支援継続がもたらす風評リスクに配慮し始めたようだ。一方、貿易金融の需要サイドでも、一部のエネルギー商社のビジネスモデルに抜本的変化が見られる。非公式ではあるが、商社側は気候関連規制とエレクトロモビリティー分野の急伸ぶりを受け、投資の見直しを始めたことを認めている。
しかし、現地の人々の目には金融機関側の対応はまだ生ぬるいと映る。
先述の先住民族リーダー、バルガス会長は「3、4の銀行がエクアドルの石油への融資を停止したのは人類にとって大きな成果だ。もっと多くの、いや、全ての銀行が融資を停止するよう願っている」と話す。「彼らの行為は気候変動国際会議などでの発言と真っ向から矛盾している。一部の銀行は先住民の権利を尊重すらしていない。そして人類の生存に深刻なダメージを与えている」
(英語からの翻訳・フュレマン直美)
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