ILOは労働者の権利を向上させたのか?
他の国際機関には見られない「三者構成の原則」をとる国際労働機関(ILO・本部ジュネーブ)は、創立されて100年経った現在のグローバル化した世界においても重要な役割を持つ。
1919年、政府・労働者・使用者の三者が対等の立場で協議体を構成するという「三者構成の原則」をとる唯一の国連機関、ILOが創設された。労働者を搾取や奴隷制などから守り、労働組合を組織する自由を保障するなどして、労働者の権利を尊重する国際基準を作ることが目的だった。
第1次世界大戦の戦後処理の中で、ヴェルサイユ条約により国連(ONU)の前身である国際連盟の機関の一つとして誕生した。当時は労働者の搾取が横行し、社会的公正を求める運動が激しくなっていた。ILOは創設以来、「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができる」という信念のもとに活動を続けている。
それから100年が経ち、複雑化したサプライチェーン、不安定な雇用、世界的に規制緩和の続く労働市場、何百万人もの人たちが工場や農場、漁船内で強制労働に縛られた状況にある今日、ILOはその意義を持ち続けているのだろうか?
ジュネーブ大学ヨーロッパ現代史学部のサンドリン・コット教授は、今でもILOは労働の世界における社会正義を守るための重要な指導者的役割を果たしているという。「だが弱点は、とりわけ1970年代半ばからその概念が優勢ではないことだ。ILOは規制のための機関であり、規制緩和機関ではない」
それでも、「決して有利とは言えない状況の中にありながらも、ILOは出来ることをやっている。もっと影響力を持つ日が来るかもしれないが、今のところILOは世界を変えることはできない」と続ける。
過去100年の間にILOは、8時間労働制などを始めとした200余りの国際労働基準を制定してきた。その活動は政策策定だけに留まらず、技術協力、労働と社会問題に関するリサーチ、信頼性の高いデータの収集などにも及んでいる。
だがその創設以来、ILOは対応の遅さや官僚的側面、厳格さの欠如、現場での実行不能などで批判されてきた。
国際的な労働組合組織「UNIグローバルユニオン」の元書記長、フィリップ・ジェニングス氏は、「策定された政策の適用での問題がある。ジュネーブで協定採択に賛成しながら、自国で実行しない国もある」と言う。
さらに、国際労働基準やサプライチェーンの改善努力などといったILOの取組みに、ビジネス界が関心を持っていないことも多いと指摘する。
ジャンジャック・エルミガー・スイス大使は、ILOは完璧でないながらも、基本的価値観を促進し、その成果を上げていると強調する。
「ILOの任務は、規制だけではない。策定した労働基準で何が実現できるかが重要だ。実行されることが非常に重要であり、ミャンマーの強制労働問題での取組みのように、ILOの基準が中心的役割を果たした良い例がある」
▲国際労働機関(ILO)を率いるガイ・ライダー事務局長による100周年記念メッセージ
2008年の世界金融危機を受け、戦略目標として掲げられ国連の持続可能な開発のための17の目標(SDGs)の一つにもなった「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」の実現において、ILOはその第一人者となった。
オスロ大学国際現代史学部のダニエル・マウル准教授は、ディーセント・ワークの概念が「曖昧」だと批判されることもあったが、ILOにとっては大きな成果が出ていると指摘する。
「この戦略でILOに多くの関心が集まり、G20サミットへの参加が実現するなど、国際社会におけるILOの立場強化につながった」
創立100周年を記念し、ILOは15カ月の協議を経て作成した報告書「輝かしい未来と仕事(Work for a brighter future)」を発表した。仕事のロボット化に直面する今、明るい未来を実現するため、人の潜在能力、労働に関わる制度、ディーセントで持続可能な仕事、の三分野への投資を提起する「人間中心のアジェンダ」を提案する内容だ。
計10項目の具体的な提案には、全ての人の生涯学習への投資、社会的保護の強化、適切な生活賃金など労働者に対する普遍的な保障の確立、労働時間の制限、安全で健康な職場の確保などが含まれている。
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1926年、ILO創立記念式(無声動画)
(仏語からの翻訳:由比かおり)
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