ブロックチェーン企業がスイスで銀行口座を開くには
スイス銀行協会(SBA)外部リンクは今年9月、仮想通貨で取引を行っている企業に銀行口座の開設方法を示すガイドラインを発行した。従来型の銀行とブロックチェーンを使ったフィンテック、この2つの金融業界の関係は不安定だ。そんな状況を象徴している企業がある。
金融取引の暗号化ハードウェアユニットを生産しているセキュロシス外部リンクは、2014年の創立以来、スイスで確固とした足場を築いてきた。
このハードウェアは、スイス銀行間決済システム(SIC)やスイス証券取引所の他、これらのプラットフォーム上で取引を行っている銀行でも使用されている。セキュロシス自身は、スイスの著名銀行3行に法人口座を持つ正統派企業だ。
だが、同社が「イニシャル・トークン・オファリング(ITO)」を使って資金調達すると発表して以来、取引銀行との関係がぐらつき始めた。ITOとは、トークンと呼ばれる電子化した証票を企業が発行し、トークンと引き換えに得た仮想通貨を法定通貨に換金する仕組み。セキュロシスは事業に仮想通貨を使っていないが、暗号化を専門とする以上、資金調達に仮想通貨を挟むことは自然な流れだと考えた。
「今後も基本的には(スイスフランのような)法定通貨で投資していくつもりだったのだが、ITO利用の発表で取引銀行が神経質になってしまった」と、セキュロシスの共同創立者であるロベルト・ローゲンモーザーCEOは顔を曇らせる。「世界は変化している。この現実を受け止め、歩調を合わせなければいけない。そして、それは誰にとってもメリットのある、正しい方法で行わなくてはならない」と話す。
セキュロシスにとっての「正しい方法」とは、有価証券に該当するとみなされた仮想通貨やトークン、いわゆる「セキュリティートークン」の発行だ。その際には、投資家やその資金に対する厳しい反資金洗浄チェックも行うという。
よくある問題
世界のブロックチェーン・ハブをリードする「仮想通貨大国」を自称し、500社以上の関連企業が拠点を置くスイスでは、こうした新興企業と大銀行とのトラブルはよくあることだ。ビットコインで取引を行っているスタートアップ企業の中には、銀行との基本的な取引を拒否されていると不満を表し、長期的に同業界の存続が危ぶまれると懸念している企業も多い。
一方でスイスの銀行は、脱税をめぐる米国との争いでダメージを受けているばかりか、厳しい反資金洗浄規定の遵守義務も負っている。
所有者の匿名性が高く、規制のない仮想通貨に対して懐疑的になるのも無理はない。イニシャル・コイン・オファリング(ICO)投資が大ブームとなったときも、スタートアップ企業の失敗が絶えなかった。少数ではあるが、完全な詐欺行為も混じっており、銀行側の猜疑心が晴れることはなかった。
そこでSBAは9月、ブロックチェーン企業の法人口座を開設するにあたっての最低基準を盛り込んだガイドラインを発表外部リンク。従来型金融業界と新しいブロックチェーン業界の間の摩擦緩和に乗り出した。このガイドラインでは、仮想通貨を取り扱う企業は投資家の身元やそのデジタルマネーの出所を確認するよう定めている。だが、基準を引き上げ、チェーン上の仮想通貨取引の動きに関するより詳細なデータの提出を求める銀行も出てくるだろう。
業界の反応
ブロックチェーンや仮想通貨関連技術の促進を目指すクリプトバレー協会(CVA)外部リンクのオリバー・ブッスマン会長はガイドラインの発行を歓迎し、「SBAやCVA、それに当局が団結し、業界の継続的な成長を阻む制約を緩和させる解決策を見つけられたことはとても大事だ」と語る。
スイスビットコイン協会(BAS)外部リンクは、SBAのガイドラインを「正しい方向に進む第一歩」と評価してはいるものの、競争環境はまだ公平ではないという認識だ。特に、「取引にビットコインを使用していないブロックチェーン企業に限り、他の分野の企業と同じように扱う」というSBAの姿勢に反発を示す。
BASでオンライン会議などを担当するロジャー・ダリン氏は、銀行は事業の将来性や安定性に関して、ブロックチェーン企業には他の小企業より厳格な論証を求めると批判する。「詳細まで言及した業務計画に準拠し、適切なプロセスやリソースを細かく記したビジネスモデルを実証しなければならないスタートアップ企業がどれほどあることか。これは法の趣旨を反転させるものだし、スタートアップ企業は身の潔白を証明するまでずっと罪悪感を抱き続けなければならない」
「スイス金融業界の活路」
一方のSBAはこれとは異なる見解だ。アドバイザーのアドリアン・シャッツマン氏は、記者会見の場で次のように話している。「ブロックチェーン・テクノロジーは、スイスが金融やテクノロジーの拠点としての活路を開く多くの可能性を与えてくれると銀行側は見ている」
また、ブロックチェーンのベンチャー企業は過去、新規株式公開(IPO)の目論見書に相当する「ホワイトペーパー」を銀行の鼻先でちらつかせてICOに失敗したという例を挙げ、「互いに理解し合えず、文化の衝突が起こったのを見てきた」と語る。
CVAのブッスマン氏は、ブロックチェーン業界がこの先もプロフェッショナル化していけば、このような問題は自ずと解決されるはずだと考えている。
現状は二極化している。スイスインフォが行った調査では、銀行口座を取得しているブロックチェーン企業が多数あることがわかった。だが、その一方で、銀行との関係が原因で、隣国リヒテンシュタインへ移らざるを得なくなった企業からの苦情もほぼ同数に達している。
(英語からの翻訳・小山千早)
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