改正銀行法施行に伴い、スイス国内の銀行が2015年12月、60年以上名義人から連絡がない休眠口座を公開して1年が経つ。口座は現在約4千件、預金総額は5千万フラン超(約57億5千万円)。名義人の中には著名な米国人登山家ロイヤル・ロビンスさんの名前もあった。5年以内に持ち主から連絡がないと預金の所有権は国に移ってしまうが、専門家によれば特定が可能なのはわずか1割だという。
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15年1月施行の改正銀行法は、名義人から10年連絡がなく、その後50年間休眠状態になっている口座で、預金額が計500フランを超えるものを公開するよう銀行に義務付けた。口座はインターネットのウェブサイト上で公開外部リンクされ、名義人の氏名や居住地、国籍など、誰でも閲覧できる。検索すると、日本人の名前も出てくる。
休眠口座の存在が判明した登山家のロビンスさんは米国在住。米カリフォルニア州にあるヨセミテ国立公園のハーフドーム登頂に成功し、自身の名前を冠したアウトドアブランドの創設者としても知られる人物だ。ロビンスさんが体調不良のため、妻のリズさんがスイスインフォの取材に答えた。
リズさんは「正直なところ、本当に口座を持っているか記憶は定かではないが、存在している可能性は高い」と話し、おそらく1960年代、ロビンスさんがスイス・ヴォー州にある登山学校でインストラクターをしていた際に開設したものだと付け加えた。
その場合、ロビンスさんの口座は開設されてから50年ほどしか経っておらず、公開された口座は60年以上休眠状態であるべきことを考えると、つじつまが合わない。この件に関しスイス銀行家協会(SBA)は、休眠口座の公開は個々の銀行に任されており、すべての名義人の詳細について監視することはできないと回答した。
休眠口座に関して、銀行からは今まで連絡がなかったといい、リズさんはEメールで「銀行に連絡して口座を解約する。スイスインフォが知らせてくれたおかげ」と話した。
金融機関に代わり休眠口座の追跡を行うスイスの調査会社ファストサーチ外部リンクの共同創設者アンドレ・ネーフ氏は、一部の銀行が休眠口座の解消に何の手段も講じていないと危惧(きぐ)する。
ネーフ氏は民間銀行の役員出身。現在は休眠口座の追跡などで、金融機関や個人客のサポートをしている。同氏は、休眠口座の預金総額は20億フランに上ると試算。スイスでは2018年、脱税対策として金融機関の口座情報を他国と自動的に交換する制度が始まるが、ネーフ氏はそれが新たな問題の火種になるとみる。
ネーフ氏は「口座情報を交換することで、他国から余計な詮索を受けるなどのリスクは十分あり得る」と指摘し、「驚くのは多くの銀行が何の対策も講じていないこと」と話す。
スイスの金融機関は近年、外国人顧客の脱税ほう助問題で海外から強い批判を浴びた。ただ、SBAは、この問題と休眠口座の公開は無関係だと強調する。
同協会は書面で「どこの国の金融機関でも、口座の名義人と連絡が取れなくなることはある」と主張。さらに「現行の法制度は、長年休眠状態になっている口座に対し適法な解決策を講じるべく、金融機関の提案で設立された。休眠口座名義人(または相続者)は、預金額に伴い生じうる税金を支払う責任がある」と付け加えた。
休眠口座の名義人で、著名人は他にもいる。米国のタイヤ製造ファイアストンの創設者、ハーベイ・ファイアストンさんだ。ファイアストンさんは1930年代に死去し、息子が相続者となっている。
ファイアストンさんは20世紀初頭の大富豪で、米フォード創立者のヘンリー・フォード、米国人発明家のトーマス・エジソンとともに「ミリオネアクラブ」と呼ばれた。休眠口座について、過去に所有権の申告があったかどうかは定かでないが、ネーフ氏は、これほど著名な人物の名前がリストにありながら、金融機関が気づかなかったことを憂慮する。
ネーフ氏は「銀行は顧客のことを何も知らない。十分な身辺調査もしない」と批判する。
ウェブサイトに公開された休眠口座の個人情報は不完全で、一部の口座については特定がほぼ不可能という。銀行が名義人の氏名さえ把握していないケースもあった。
ただネーフ氏は、全体の10%は特定が可能とみており、また、44%が比較的容易に追跡できる口座だと話す。ウェブサイトが開設された初年、口座の持ち主が特定できたのは全体の5%だった。
12月16日時点で、開設当初に公開された口座149件が、なんらかの申し立てがない限り、国に所有権が移されることになった。SBAは、これまでに解約された口座の件数、または国へ所有権が移った資産総額は不明としている。
休眠口座
改正銀行法施行に伴い、スイスは2015年12月、休眠口座の一覧を記載したウェブサイトを開設。60年以上、名義人から連絡がない口座が対象。
リストは定期的に更新され、開設時の2600件から現在は約4千件に増加。詳細な預金総額は明らかにされていないが、SBAは口座全体の4分の3で総額約5200万フランに上るとみる。
所有権の申し立て期限は条件により異なり、公開後1年か、5年以内。口座の名義人、相続者から申告がないと口座は解約され、預金の所有権は国に移る。
名義人の国籍が分かっているのはわずか半数。約3分の2がスイスで、次に多いのがフランス(15%)。米国は1%未満。
名義人の生年月日で最も古いのは1808年で、新しいものは1956年。平均年齢は111歳。
(英語からの翻訳・宇田薫)
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2017年施行の新法 養育費、銀行機密、「スイス・メイド」
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スイスでは2017年から新法が多分野で施行される。別居中の両親、犬の飼い主、銀行家、国内の製造業者など、その影響は広範囲に及ぶ。
養育費
両親が入籍しておらず、かつ別々に暮らしている場合でも、子どもにかかる生活費および養育費はその両親が負担する、と定めた新法が今年施行された。スイスではこれまで、未婚の両親との間に生まれた子どもの生活費を父親(または、父親がもっぱら子どもの面倒を見ている場合は母親)が負担する義務はあったが、養育費(保育料など)を支払う義務はなかった。だが今月1日にこの新法が施行されたことで、子どもと別れて暮らす親は、入籍していたか、していなかったかに関わらず、子どもの生活費および養育費を支払わなければならなくなった。
さらに新法では、離婚する二人の間で企業年金がより平等に分割される。子どもの面倒を見るために働けず、企業年金への掛け金が少なかった元配偶者に配慮するためだ。
この法律の狙いの一つは、シングルマザーの救済だ。同法が連邦議会で議論された際、引き合いに出されたのは「2009年に生活保護を受けている一人親世帯の割合は16.9%で、そのうち95%以上が子どものいる女性」という統計だった。
銀行情報交換
タックスヘイブンで名高いスイスで、銀行口座の情報を各国間で自動的に交換するための国際条約(税務行政執行共助条約)が2017年1月1日から発効された。これに伴い、スイスは同条約に基づいて自動的に締約国と金融情報の交換を行うことになり、国際基準がこの国にも適用される形となった。
同条約は経済協力開発機構(OECD)および国際的な金融産業が策定。スイスは、特定の国の出身者が所有するスイスの銀行口座に関する金融情報を、早くとも2018年から締約国と交換することになる。
スイスネス
今年1月からは他にも、「メイド・イン・スイス」の名称やスイス国旗の白十字デザインの使用に関して規制を強化する「新スイスネス法」が施行された。この法律では「スイス・メイド」と表記できるための条件が明確に記されており、国内の産業界は「スイスの競争力をそぐものだ」と反発している。
新スイスネス法では、植物性および動物性の農産物に関しては、スイス・メイドのラベルを使用するには100%国産でなければならない。食品では、原料の8割は国内で生産されたものでなければならない。しかし、水やコーヒー、チョコレートなどの製品には例外が設けられている。
工業製品においては、生産コストの少なくとも6割は国内で発生しなければならず、スイスの時計製品がそれに当てはまる。
その他の変化
緊急要員:ボランティアで働く消防士やレスキュー隊員は、非番の際、適度に飲酒した後でも現場に駆けつけてもよいことになった。新法では、血中アルコール濃度が0.5%以下であれば出動が認められる。それ以前は0.1%に制限されていた。連邦運輸省道路局はこの法律で、非常時に駆けつけられる地域のレスキュー隊員が増えることを期待している。
犬の飼い主:これまで犬の飼い主に義務付けられていた、犬の飼育に関する理論および実践コースへの参加は、国レベルで免除されることになった。しかし、州は飼い主に対し、コースの参加を引き続き義務付けることができる。
スイスの森:森に関する法律が改正されたことで、林業従事者は国の助成金を受け、木材を販売しやすくなることが期待される。疫病から森を守り、気候温暖化に対処し、木材の使用量を増やし、木の伐採に携わる作業員の安全環境を改善することが法改正の狙いだと政府は主張している。
エネルギーラベル:自動車には今後、燃費および二酸化炭素(CO2)排出量に関するエネルギーラベルが表示される。消費者の環境に対する意識向上に繋がることが期待される。
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スイスフラン・ショックから2年 いまだ回復途上のスイス経済
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スイス国立銀行(中央銀行)による、フランの対ユーロ上限撤廃を発端とした金融ショックから少しずつ回復しつつあるスイス。しかし、工業、観光業、小売業など、経済の鍵を握る主要産業の一部ではフラン高による厳しい状況が続いている。
2015年1月15日、午前10時29分。為替レートは、3年半前からほぼ変わらない1ユーロ=1.2スイスフランだった。だがその1分後、激震が走った。スイス中銀がフランの対ユーロ上限の撤廃を決めたのだ。これはフランの対ユーロでの高騰を防ぐため、11年9月に導入された対策だった。
市場は恐慌状態に陥った。数分のうちにユーロはフランに対して暴落し、史上最低の0.85フランまで下落した。その後数カ月で、対ユーロの為替レートは1.05〜1.08フランで安定した。これは特に、フランが再び高騰しないよう外貨買い戻しの政策をひっそりと続行していたスイス中銀の介入のおかげだった。
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住宅ローン証券問題でクレディ・スイスに数十億ドルの罰金
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スイスの大手行クレディ・スイスは、米住宅ローン担保証券市場での不正により、予想を上回る大金を支払うことになった。米当局と25億ドル(約2900億円)の支払いで合意した。さらに補償金が数十億ドルのしかかる。同行が23日に発表した。支払い総額は同行が想定していたよりもやや大きくなった。
クレディ・スイスの全訴訟のための引当金は2015年末時点で16億フランにのぼった。11月に同行はさらに3億5700万フランを手当てした。その大部分は住宅ローン証券問題との関連だ。
ともあれ罰金は、事前に50億~70億ドルに膨れ上がった総額よりは低かった。争点となった事案は2007年の取引に遡る。
住宅ローン問題による25億ドルの罰金とは別に、クレディ・スイスはさらに28億ドルの補償金を用意しなければならない。同行は米当局との間で、借り主に同額を支払うことで合意したと発表した。
ただ、この支払いはまだ最終的に交渉が必要だ。それには合意から5年もの歳月がかかる。
ライフアイゼン・グループには罰金なく
ライフアイゼン・グループも米国との租税訴訟で合意した。罰金は科されなかった。
ライフアイゼンが23日に発表した。同行はカテゴリー3に振り分けられた。同カテゴリーに関しては米国の法律に違反していないことを金融機関側が証明しなければならなかった。スイスの銀行の多くは、米司法省と既に前年に合意していた。
今年1月以降にカテゴリー2の全事案が審理を終えた。税法違反を犯したとみられる銀行が対象となった。
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