スイスでは組織形態の選択肢として協同組合を選ぶ起業家も少なくない。多くは何らかの「理想」を実現するためだ。小売り、音楽、宅配の分野で成功を収める3人に、その理想を聞いた。
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スイス経済において、協同組合は重要な存在だ。だが若い起業家が、あえて協同組合という形態を選ぶケースはまれだという。「協同組合は鈍臭い」からだ。
株式会社などと比べ協同組合は倒産が少なく、経済が不安定な時も安定している。だが共同組合の設立・運営機関「イデ・コーペラティヴ」が発表したレポート「協同組合モニター2020年」では、スイス国民の協同組合への信頼度は高い一方で、「あまり革新的ではない」と認識していることが分かった。
若い起業家も同様に感じており、このイメージが「起業のブレーキ要因」になっているとレポートは指摘する。お金を稼ぎたい人は、株式会社を設立するという。
今回swissinfo.chが紹介する3企業は、この流れに反し、あえて協同組合という形態を選んだスイスの新興企業だ。
参加型ショップ「ギューター」
参加型ショップ「ギューター(Güter)」は、ベルンの住宅街に店舗を構える。棚には食料品やサニタリー用品が所狭しと並ぶ。米やパスタを詰めた大型の容器が客の訪れを待っている。2人の組合員が新しく入荷した野菜の積み上げ作業を行っている。
冷蔵庫には、半額になった牛乳瓶が何本か入っていた。普通のスーパーマーケットと同じなのは、この安売りシールだけだ。スイスの小売業は、2大協同組合(ミグロとコープ)が市場を支配しているが、買い物の際に顧客がそれを意識することはまずない。一方、ギューターで買い物をする人は、その背景にある理想主義を意識せずにはいられない。この店では労働力を提供する人だけが買い物できるのだ。1カ月で約2〜3時間の労働が求められるという。
組合員が参加する動機は、その世界観にある。共同設立者のニコラス・ポール氏は、「私たちの目的は、経済の民主化に貢献することだ」と言う。こういった協同組合ならそれが実現できる上、「協力することがいかに素晴らしいか、自ら体験できる」と太鼓判を押す。
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ギューターの特徴は、ボランティア労働で運営費を抑え、オーガニック食品の専門店と同様の品揃えを低価格で提供することだ。サニタリー用品など一部の商品ではこの仕組みが上手くいっているが、それ以外の商品ではあまり価格差が出せないという。仕入れ量が限られているのも大きな要因だ。現在、全商品平均でオーガニックスーパーより1〜2割程度安いとポール氏は見積もる。また購入した商品価格の1%は、同店で利用するクレジットとして低所得の組合員に寄付できる。
創業から日の浅いギューターは、まだ試行錯誤の段階だ。ビジネスモデルはニューヨークの生協「パークスロープ・フードコープ」など、米国の協同組合を参考にした。「私たちにとって協同組合とは、民主主義の基本的な価値と経済的な自力救済を象徴する存在だ」とポール氏は言う。だが「協同組合を活性化させるのが目的ではない」とも話す。
協同組合は「残念ながら品質保証マークのような均一的な存在ではない」と指摘する。協同組合が利益重視の大企業になり得るのは現実を見れば明らかで、ギューターはそういったスイス大手小売り企業とは趣を異にすると断言した。
音楽を紡ぐ協同組合「レッドブリック・チャペル」
かつてドイツ語圏の日刊紙NZZは、スイスの音楽レーベル「レッドブリック・チャペル(Red Brick Chapel)」を「自助グループ」と揶揄したことがある。だがこの協同組合は慈善団体「救世軍」や他の教会とは全く関係ない。
どちらかといえば、チャペルで流れる音楽の方に由縁がある。
レッドブリック・チャペルの配信音楽はこちら☟
その実は、れっきとした音楽レーベルだ。それなりの範囲で成功例も持つ。インディーズバンド「ムネヴィス(Mnevis)」は、ストリーミングプラットフォームを通じ、ドイツ国内だけでも数百万人に歌を配信する。フォーク歌手のロング・トール・ジェファーソンさんも同様だ。ポップバンド「アロイス」は、米国の重要なプレイリストに掲載されたことが突破口となり、ファン層が広がった。
スイス唯一の音楽レーベルであるレッドブリック・チャペルは、協同組合だ。同企業のクリスティアン・ミュラー氏は「ここが、欧州ほぼ全ての音楽レーベルと大きく異なる点だ。つまり、企業の舵を取るのはミュージシャンとプロデューサー自身だ」と説明する。アーティストらは企業の方針を決定できると同時に、自分たちの音楽に対する扱いも自ら管理できる。「制作後、自分の作品に対する扱いや財政面などを決めるのは、彼ら自身だ」
設立当初は、経営形態に確信があって協同組合を選んだわけではなかった。とにかく作品の管理を保持・分担したいという思いが最優先事項だった。だがミュラー氏は、今や「これ以外の形態は考えられない。他は全て空理空論だ」と、すっかり協同組合に心酔した様子だ。
共通の経済的利害を持つ人が十分な人数集まれば、「それにふさわしい、論理的な法的形態は1つしかない」。それは協同組合だと断言する。
ストリーミング時代の今、独立系の音楽レーベルは大半が最小限の人員で運営する。ただスイスでは、協同組合として登録するために少なくとも7人必要だ。レッドブリック・チャペルが他と大きく異なるのはそこだとミュラー氏は考える。
スイスでは協同組合という形態を選ぶ新興企業が少ないことに対し、同氏は組合規約の幅の広さを指摘する。活動的な組合になるか停滞するか、あるいは徹底して民主的な組織になるかどうかは、規約に大きく左右されるという。
ミュラー氏にとって、協同組合と言えばスイス、というわけではなく、むしろ米国の「ヒップな生協」を思い浮かべると言う。ギューターの人たちも、この点で同意見だった。スイスで協同組合と言えば「大手しか思い浮かばない」が、それは「もはや本来の意味での協同組合とは呼べない」存在で、同氏が考える協同組合とは全く異なると話した。
若者の定番「ヴェロブリッツ」
ひときわ目立つ色のユニフォームを着た若者が、自転車に乗って颯爽と駆け抜ける。スイスの都会ではよく見かける光景だ。重要な荷物を届ける際、都心部では自転車の宅配便を使ったが都合が良いケースもある。
近年、国際的な大企業が自転車を使ったフードデリバリーサービスに進出する中、そのお粗末な労働条件が注目を集めた。一方、スイスにおける第一世代の自転車配達サービスは、協同組合として運営されているものが多い。
チューリヒの「ヴェロブリッツ」もそんな企業の1つだ。黒と黄色のユニフォームを着た120人の従業員が軽やかに街を駆け抜ける。同企業は1980年代、チューリヒの同じアパートで暮らす仲間内で設立された。現在の会長シモン・ドゥルシャー氏は「創業者は、自分の会社を設立する予定は全くなかったと話していた。起業に可能性を感じてはいたが、最初から責任を分散させるつもりだった」と振り返る。
協同組合は他の形態に比べて動きが鈍いとされる理由がよく分かる、と同氏は言う。「ヴェロブリッツに携った10年間で、会社のあり方やあるべき姿について、様々な意見を聞いてきた。ここでは、人が集まり一体となって1つの雇用主を形成している」。
ヴェロブリッツとは何かについても、それに応じて色々な見解がある。
ヴェロブリッツの根底には、従業員は同時に共同経営者であるべきだという考えがある。一方で、業務から離れた後も組合員としての登録を残す人や、組合員にならずに働く従業員もいる。だからと言ってこういった仲間の意見が軽んじられるわけではない。
ヴェロブリッツの人間関係はフラットで、責任も分散されているが、「それは草の根民主主義とは違う」とドゥルシャー氏は言う。「こういった形式は役に立たない。メンバー全員が全てに関していつも発言できるわけではない」ためだ。全体会議で意見を拾うより、むしろ小さなチームにタスクや決定を分散させる方が良いという。
また、協同組合の起業が少ないことについて、設立には最低7人必要というハードルを挙げた。一方、協同組合には設立者にとって具体的なメリットもある。「株式会社や有限会社とは違い、設立資金が必要ない。協同組合なら資金が少ない人でもビジネスを始められる」
編集:David Eugster、独語からの翻訳:シュミット一恵
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