参院選公約にみる スイスの先行事例
7月10日投開票の参議院選挙では、各党が独自の政策を掲げて論戦に挑んでいる。その中にはスイスで既に導入済みの仕組みや、検討されたが実現に至らなかったものもある。スイスでの議論は日本有権者の参考になるかもしれない。
イニシアチブ(国民発議)
立憲民主党の公約には「法律の制定・改廃を国民が発議できる国民発案権(イニシアチブ)制度を導入する」と明記されている。同党の公募に寄せられた有権者の提案1300件の中から採用された。泉健太代表は公約発表会見外部リンクで、同制度は「有効に機能させることによって新たな民主主義、市民参加になる」と強調した。
スイスはイニシアチブ先進国だ。原則として年4回、連邦や州、基礎自治体の各レベルで住民の提案が投票にかけられている。
イニシアチブ提起の条件はごくシンプルだ。請願書を内閣事務局に提出し、それから18カ月以内に有権者10万筆の署名を集めることだ。全ての署名が有効と判断されれば、議会や政府が内容を討議し、賛成か反対の立場を表明する。政府・議会が対案を示し、それが国民投票にかけられるケースもある。
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1891年以来、227件のイニシアチブが国民投票にかけられ、25件が実現した。「成功率」でみれば極めて低いが、「失敗」した案件の中には政府の対案に取り込まれたために撤回したケース(105件)もあり、実質的には提案が実現していることもある。
投票にかけられる提案の分野は多岐にわたる。近年は父親の育児休暇や看護師の待遇改善、青少年へのたばこ広告禁止など、左派色の濃いイニシアチブが可決される傾向がある。かつて牛の除角の禁止、日曜日の自転車走行禁止など奇抜な提案が世界から注目されることもある。
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ベーシック・インカム
2016年のベーシック・インカムイニシアチブも、そんな奇抜な国民投票として注目を浴びた。これは社会保険をなくすかわりに、最低限度の生活に必要な一定額を全ての国民に給付する仕組みだ。参院選では国民民主党と日本維新の会が公約に掲げている。
スイスでは賛成派が「生活に不可欠な基本的欲求を満たせるベーシック・インカムを無条件で国民全員に給付すれば、社会福祉への依存や貧困を無くすことができる」と主張。また「国民がそれぞれやりたい仕事に没頭でき、教育、創造性、ボランティア活動が促進されるほか、高齢や病気の家族の世話や育児にもより多くの時間を費やせる」と訴えた。
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これに対し、反対派は「同程度の稼ぎがあった人が仕事を続ける意欲を失い、労働者が減少する」と反論。財源確保のための増税が国民を苦しめると批判した。16年6月5日の国民投票では反対票76.9%で否決された。海外メディアは「労働を崇拝するスイス人にとって、無償でお金を受け取ることは受け入れがたいものなのだ」(仏フィガロ紙)と敗因を分析した。
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スイスでは、コロナ禍を受けて再びベーシック・インカムを国民投票にかけようとする動きが出ている。今回は支給額を月2500フラン(約35万円)と明示し、財源も明確にした。2023年3月21日までに有権者の署名10万筆が集まれば、再び国民投票にかけられる。
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2016年の発議の共同提起人、エノ・シュミット氏は当時、日本を訪れ沖縄から北海道まで各所で講演した。日本でもベーシック・インカムに懐疑的な意見に多く触れたとしながら、もし他に先んじて採り入れる地域があるとすれば、それは沖縄県だと考えたという。「壊れたもの、新しいものを受け入れる癒えない傷―。沖縄にはベーシック・インカムを実現する環境がそろっている」
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同性婚合法化
約10年がかりでこの7月に実現したのが同性婚の合法化だ。国民発議ではなく、2013年に連邦議会で提起された「全ての人に結婚の自由を」案に対し、レファレンダム(国民表決)が提起され国民投票の対象となった。昨年9月の国民投票で64.1%の賛成票を得て可決され、今月1日に発効した。
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スイスでは従前からパートナシップ制度があり、名字変更や賃貸契約などでは異性婚に近い権利を持っていた。合法化により、同性カップルが共同で養子をとったり、女性カップルなら国内で精子提供を受けられるようになった。
国民投票では実質的な違いよりも、象徴的な変化が重視された。合法化により全てのカップルが同じ取り扱いを受けること、既に同性の親を持つ子供の権利が強化されることなどがアピールされた。一方反対派は、「男性と女性の間に築かれる永続的な関係としての婚姻の歴史的な定義を覆す」と危機感をあらわにした。子供の福祉に反するうえ、いずれは代理出産の合法化にもつながると警戒した。
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参院選では立憲民主党、日本維新の会、共産党、社会民主党、れいわ新選組などが同性婚の合法化を公約に掲げている。
LGBTの権利強化も複数の党が掲げている。スイスはホモフォビア(同性愛嫌悪)を人種差別として刑罰の対象としている。これも2020年の国民投票で決まったことだ。
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人権デューデリジェンス
各党の公約には国連の持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた政策も並ぶ。自民党や立憲が約束する「人権デューデリジェンス」は、企業が人権侵害に関する査定・予防策を講じる仕組みだ。スイスでは2020年11月、多国籍企業の社会的責任を法律に明記する「責任ある企業イニシアチブ」が国民投票にかけられた。有権者全体でみれば賛成50.7%と僅差で過半数を得たが、州別にみると反対が賛成を上回り、結果的に否決された。コロナ禍で既に苦しんでいる企業に追い打ちをかけ、スイス経済へのダメージが大きくなるとの不安が広がったようだ。
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イニシアチブは否決されたが、その内容を汲んだ政府・議会の対案が自動的に成立した。企業が紛争地帯や児童労働が問題となっている地域で原材料を調達する場合には、デューデリジェンスが義務付けられ、人権や環境へのリスクに対策を講じなければならなくなった。ただし元の提案とは異なり、同義務が課せられるのは社員500人以上、連続する2会計年度の間に年間売上高4千万フラン(約46億円)あるいは資産総額2千万フランを超える企業のみとなった。
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教育のデュアルシステム
日本維新の会が掲げる政策の中に、「学校での授業と企業等でのインターンシップを並行して進め、切れ目なく職業人を育てる『デュアルシステム』によるキャリア教育の導入」がある。デュアルシステムではドイツが有名だが、スイスのそれも国際的に評価が高い。進学と就職の道を柔軟に行き来でき、若者の3分の2が理論と実践を同時に学ぶ職業訓練校に進んでいる。
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二元性職業訓練制度はスイスの競争力、失業率の低さ、ニートの少なさなどさまざまな効用をもたらしている。
インターネット投票
電子投票(インターネット投票)は投票率の向上や、在外投票の利便性が上がると期待されている。一方でセキュリティーへの問題が付きまとう。スイスではインターネット登場間もない2003年から政府主導で電子投票の導入が議論されてきた。その中で指摘されてきたメリット・デメリットをみてみよう。
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スイス政府は2019年総選挙で全26州のうち18州以上で電子投票を実現する目標を掲げていた。だが選挙を目前に公開セキュリティーテストを行った結果、重大な脆弱性が発覚。多くの政党が本格導入に難局を示し、先送りとなった。
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電子投票の見送りで怒りの声を上げたのは在外スイス人だ。その前の2015年選挙ではジュネーブ州、ルツェルン州、バーゼル・シュタット準州出身の在外スイス人は電子投票が可能だった。国内でも投票率が10ポイント前後下がったという。
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ただし、これまでの努力が全て水の泡に帰したわけではない。アーラウ民主主義センターで政治的権利と新技術を研究するドリザ・マウラーさんは、swissinfo.chに「スイスは、エンドツーエンドの検証可能性や立法、オンライン投票の経験が豊富な国だ。研究機関とも提携しており、技術、社会、法律の研究教育拠点もいくつもある」と語った。
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編集:宇田薫
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