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「速やかに国民投票が実施されるべき」憲法・地方自治の研究家、小坂実氏

日本国憲法が公布されて71年。今、憲法改正の議論が深まっている。憲法に関わる研究を続け、国民投票の早期実施を主張する日本政策研究センターの小坂実研究部長に、国内の国民投票や住民投票のメリットやデメリットについて意見を聞いた。

小坂氏は、シンクタンクの日本政策研究センターで、議会制民主主義の歴史的・制度的な意義などについて研究をし、憲法改正提案を提起する。住民投票などの直接民主制的な仕組みを強化する「自治基本条例」にも詳しく、批判的な立場をとる。

スイスインフォ: スイスでは年に4回と定期的に国民投票が行われるのですが、日本ではまだ1度も国民投票が実施されていません。なぜ今、実施する必要があると思いますか?

小坂実: 今年で憲法施行70年を迎えましたが、日本国民は憲法改正の国民投票を1度も経験していません。このことを私は非常に残念に思っており、速やかに国民投票が実施されるべきだと考えていますが、その理由は大きく言って2つあります。

まず、憲法の内容と日本をめぐる内外の情勢の間にはさまざまな看過できない矛盾が生じており、国家の存続と国民の生命を維持するためにも、憲法を改正してその矛盾を解消する必要があると考えるからです。「9条への自衛隊の明記」「緊急事態条項の新設」「家族保護条項の新設」の3つを特に緊急性の高い憲法改正の課題と考えています。

 そして、憲法が謳う国民主権の下では憲法改正は国民の権利と言えます。その権利行使の手段である国民投票がこれまで国会発議要件の高い壁によって事実上阻まれてきたことは、国民の主権者としての自覚を喪失させる深刻な問題だと思うからです。

スイスインフォ: 日本で憲法改正の国民投票を行うことには、どのような長所や短所があると思いますか?

小坂: まず長所は、日本国民が憲法改正について初めて「主権者」としての権利を行使する機会を得る、日本国民が防衛や国家といった憲法に関わる問題に真剣に向き合う機会を得る、改正が実現すれば、憲法と現実とのさまざまな矛盾が解消され、憲法の規範力、つまり現実を統制する力が維持できることだと私は考えます。

短所は、通常の選挙以上に、メディアなどの情報操作による世論誘導の可能性が否定できないことです。正確な情報に基づく熟慮を経た結論こそが真に民意の名に値するものだと私は思います。その意味で、国民投票においてはそうした短所を補うための措置、例えば極端な偏向報道の規制、国民のメディアリテラシーの向上などが重要な課題になると思います。

小坂実
小坂実 日本政策研究センター研究部長。 昭和33年、宮城県仙台市生まれ。59年、東大法学部卒。家族・社会政策、憲法問題、地方自治体の条例問題などを中心に研究。月刊誌『明日への選択』の執筆や講演活動に従事。 主な著書 『これがわれらの憲法改正提案だ』(共著)、『男女共同参画に騙されるな』、『あなたの町の危険な条例』、『提案!日本の家族政策』など。 Minoru Kosaka

スイスインフォ: マスメディアによる「極端な偏向報道」は具体的にどのように規制すべきだと思いますか?

小坂: 特に重要だと思うのは、テレビなどの放送事業について規定している放送法4条の遵守で、特に時間的配分の公正性を確保するための措置が必要だと思います。政治的公平性や事実をまげない報道、異なる意見を多角的に報道することなどが法律で定められていますが、これが今は事実上空文化しています。

活字メディアには放送におけるような法的規制はありませんが、虚偽や歪曲した報道など表現の自由を濫用して国民投票の公正を害することのないよう、各メディアが自主的な取組に努めることが最低限求められると思います。

スイスインフォ: 日本でもスイスのような直接民主制をとり国民投票制度を導入し、憲法改正以外の一般的案件を国民投票で問うことは可能なのでしょうか?その長所と短所をどう考えますか?

小坂: 一般的案件について法的拘束力を有する国民投票を行うためには、憲法改正が必要ですが、法的拘束力を持たない諮問的な国民投票については、現在も実施は可能です。実際、国民投票法(憲法改正手続き法)では、憲法改正以外の一般的国民投票制度を直ちに導入するとはしていませんが、対象を個別の憲法問題に限定した諮問的・予備的国民投票制度に関しては今後、その意義や必要性の有無について検討を加えるべき重要事項として、附則第12条に明記しています。また、国民投票法は一般の法律ですから、国会の過半数の議決によって見直すことは可能です。

長所ですが、仮に国民投票にかけるべき適切な政治課題があるとすれば、国民の政治への参加意識や国家に対する責任意識を深める機会となる可能性はあると思います。ただし、そのためには、中立的な立場からの正確な情報が提供され、熟慮のための討議の場が設けられることが必要です。しかし、現実問題として、1億人を超える有権者がいる日本で「熟慮のための討議の場」を制度化することはきわめて難しく、有権者の意思を反映させる「討議の場」を設けようとすれば、それは議会以外にないとも思います。ですから、私はそもそも憲法改正以外の一般的案件を国民投票で問うことにはきわめて懐疑的です。

短所としては、次のような問題が挙げられます。
1.政治上の問題には白黒はっきり決着が付かず、条件付きの意見しか出せない場合が多いが、そうした問題は国民投票では解決できず、不必要に対立を強める結果になる
2.多くの国民は多様な政策決定に直接関わるための十分な知見や時間がなく、また感情やムードに流されやすいため、扇動や情報操作の対象となって衆愚政治に陥る可能性がある
3.体制強化のための信任投票に利用されるおそれがある。為政者が「民意」を演出するプレビシットによって自分の地位や権力を強化し、ヒトラーなどの独裁者が誕生したことは歴史が示しています。

スイスインフォ: これらの短所への解決策や補強策にはどのようなものがあると思いますか?

小坂: こうした国民投票(直接民主主義)の短所や欠陥を乗り越えるために人類が編み出したのが、議会制民主主義(間接民主主義)だと言えます。議会制民主主義のキモは、「専門知に基づく議論と説得のプロセスにある」と言えるからです。

確かに、現実の日本の議会の姿はとても「専門知に基づく議論と説得のプロセス」などとは呼べないかもしれません。それでも、歴史的に言って議会制民主主義は、「人類が多くの失敗の歴史の後にようやく悟り得た比較的弊害の少ない制度」(林健太郎)と言われており、そのことは決して軽視してはならないと思うのです。

このように考えると、今日の日本の課題は国民投票制度の拡大ではなく、むしろ議会本来の役割である「熟慮のための討議の場」を回復することにあると私は思います。国民投票の制度化を改憲案に盛り込む必要性はまったく感じません。

スイスインフォ: 日本では96年以降、新潟県巻町の住民投票を発端に住民投票が広がり、これまで400件以上の案件が住民投票にかけられました。日本の住民投票はスイスと異なり法的拘束力はないが、どんな影響を与えているのでしょうか? 法的拘束力を付与すべきだと思いますか?

小坂: 確かに、日本の住民投票には法的拘束力はありませんが、諮問型の住民投票であっても、事実上の拘束力を有することは否定できません。というのも、同じ有権者の支持によって選出された地方自治体の首長や議員が、住民投票で明らかになった「民意」を全く無視するのはきわめて困難だからです。 

日本の地方自治は、住民が直接選挙で選出する首長と議会による二元代表制が基本で、法的拘束力を有する住民投票制度はこの二元代表制を掘り崩してしまう恐れがあり、法的拘束力は付与すべきではないと思います。

スイスインフォ: 日本で住民投票を行うことにはどのような利点があるのでしょうか?また、その欠点は?

小坂: 住民投票の利点は国民投票の長所とほぼ重なります。つまり、住民投票は住民の政治参加や地域への責任意識を深める機会となる可能性があると思います。

ただし、住民投票が建設的なものとなる条件には、以下の点があります。
1.住民投票が濫用されぬよう、住民発議の要件には比較的高いハードルを設けること。
2.テーマは各自治体で完結する問題に絞る。国全体に関わる問題は除外する。住民投票の中には、基地や原発といった国家の安全保障やエネルギー政策に直結するテーマが争点となる場合がありますが、その種の問題は、やはり国益を踏まえた大局的な判断が求められるはずです。仮にそうした問題がすべて当該自治体住民の意向のみで決定されれば、国の安全やエネルギー政策に支障を来たし、場合によっては、国の存続すら危うくなる可能性も否定できないと思います。
3.投票権者は「選挙権を有する日本国民たる住民」に限定することが必要です。 仮に日本国民以外の外国人に住民投票の投票権を付与した場合、彼らの本国への忠誠義務と矛盾する事態が生ずる可能性があるからです。特に住民投票の争点として基地や原発といった国益に関わる問題が存在することから言っても、日本国に対する忠誠心が地方参政権付与の大前提であることは明らかだろうと思います。

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