フェイスブックの仮想通貨「リブラ」が政府・中央銀行にかける圧力
米フェイスブックが独自の仮想通貨「リブラ」を発行する計画を発表した6月、政府に公式の電子通貨発行を押し付ける意図はなかったと言っていい。
だがそれはまさに現在進行中の事実だ。それまで中央銀行が研究論文をまとめるにとどまっていた技術的な論点について、にわかに各国の政治家も議論を始めたからだ。
ルメール仏経済・財務相は今月18~20日の国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会で政府が電子通貨を発行する必要性について国際的な議論を始めたいと考えている。
ルメール氏は公にリブラ批判を展開する急先鋒だ。先月の欧州連合(EU)財務省会合で「現在の環境では、リブラのEU展開を妨げなければならない」と述べ、電子通貨に関する欧州共通の枠組みを作るよう提案した。
イングランド銀行(中央銀行)のマーク・カーニー総裁は8月の講演で、新しい「合成」通貨を提唱し、政界に波紋を広げた。「中央銀行のネットワークで提供される電子通貨」は、フェイスブックのような民間企業の発行する電子通貨よりも、国際決済を独占する米ドルに徐々に取って代わる可能性が高いとした。
なぜ今問題なのか?
リブラの発行計画は政策立案者と規制当局に衝撃を与えた。主要7カ国(G7)はただちにリブラやその他「ステーブルコイン」と呼ばれる仮想通貨に関する作業部会を立ち上げた。欧州中央銀行(ECB)のブノワ・クーレ理事が座長を務める。
政府関係者は、7月に開かれた「予定外の」G7財務相会合で、リブラのリスクを巡り「長く有益な議論」が行われたと明かす。財務相らは「この問題を掌握し、公的レベルで解決策を見つける必要がある」との認識で一致したという。
クーレ氏は9月の講演で、リブラや同じような民間の発議により「恐るべき課題」が浮上していると警告した。安全とプライバシー、金融の安定性、中央銀行による金融政策の遂行能力に対する懸念が生じている。それは中央銀行に対する「モーニングコール」だとクーレ氏は強調した。
消費者のニーズに応えるリブラは成功を収めるとみられている。このため公的機関がそのニーズを満たせるのかどうか、政策決定者は熟慮を余儀なくされている。
ルメール財務相もカーニー総裁も、より安く・より速く他の通貨圏に送金できる仕組みを構築する必要性を強調している。それこそリブラの最大の有望な機能だからだ。
中央銀行はどう考えている?
各国中銀は、政治家に「なぜそんなに時間がかかったのか」と問い詰めれば保身になる。
政治家が重い腰を上げるずっと前から、各国の中央銀行は中銀が発行する電子通貨の可能性を調査してきた。中銀にとっての懸念は、金融システムがこれまで以上にデジタル化された場合に、中央銀行がまっとうに機能するのかどうか、という点だ。
この世界の先駆者の1人、スウェーデン中央銀行は電子通貨「eクローナ」の試験運用を始めようとしている。スウェーデンでは現金の使用率が下がってきているため、電子通貨プロジェクトが現実となった。
だが大半の中銀は慎重だ。銀行が資金の借り手と貸し手を繋ぐ重要な役割を果たしているユーロ圏では、中央銀行の発行する通貨が民間銀行にどのような影響をもたらすかが懸念されている。
ある懐疑派の中銀幹部は、国民が銀行の健全性を心配するような危機においては、中銀の口座に繋がっていたほうが「銀行経営がより安定する」と述べた。
日銀の雨宮正佳副総裁は7月、日銀によるデジタル通貨は「近い将来、発行する計画はない」と明言した一方で、さらに問題を掘り下げていることを明らかにした。
その姿勢は各国中銀の立場をより広く映し出す。バーゼルにある国際決済銀行(BIS)が1月に発表した調査によると、世界63カ国の中銀の7割が、どのように電子通貨が機能するのか理論的な調査に取り組んでいる。
また5割はより実践的な概念実証に向け調査を進めている。実証試験に取り掛かっている中銀も一部ある。
理論に過ぎない?
とんでもない。BIS調査では、今後6年間で電子通貨を発行する可能性が「非常に」または「ある程度」あると答えた中銀はごく一部だった。だが3分の1は少なくとも「可能である」と答えた。
ウルグアイは「eペソ」の実証事業を遂行済み。中国人民銀行(中央銀行)幹部は7月、政府系電子通貨の発行に向け「ほとんど準備が整っている」と明かした。
政治家が大きな関心を寄せているという事実は、こうしたプロセスに拍車をかけそうだ。特にスウェーデンのような先進国で中銀の実験が成功すれば大きな追い風となる。
消費者にとって何を意味するのか?
具体的な設計にもよるが、今の電子決済・送金と見た目はあまり変わらないかもしれない。
クーレ氏やスウェーデン中銀などこの問題の中心にいる中銀要人は、決済手段の開発に民間銀行がどのような役割を果たしているかを強調するのに苦心している。
現実味がある将来像は、ライセンスを得た民間機関による電子通貨の発行だ。電子化された中銀の準備金に完全に裏付けられた口座か「ウォレット」(電子通貨の保管アプリ)を介する。
イングランド銀行が昨年、ノンバンクのフィンテック企業にも中銀準備金を開放したのも、こうした仕組みを促す狙いがある。
消費者にとっては銀行アプリやペイパルのようなシステムに似た形で電子決済・送金ができる。これら既存システムとの違いは、無形現金の安全性と送金の信頼性が、中央銀行という公の通貨供給者によって保証される点だ。
Copyright The Financial Times Limited 2019
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(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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