急速に進む高齢化にどう対処するかー。スイスも日本も年金制度改革が長年の課題になっている。スイスでは女性の定年年齢や税率の引き上げをめぐる議論が再燃。日本の安倍晋三内閣は今年始め、年金の受給開始年齢を70歳以降に引き上げる案を打ち出した。
このコンテンツが公開されたのは、
マルチメディア・ジャーナリスト。2017年にswissinfo.ch入社。以前は日本の地方紙に10年間勤務し、記者として警察、後に政治を担当。趣味はテニスとバレーボール。
高齢化が進むスイス
スイスでは少子高齢化が大きな問題となっており、年金の抜本的改革が待ったなしの状態だ。連邦統計局が2016年に発表した国勢調査によると、65歳以上の人口は全体の18%に上った。今後さらに増加し、2045年には約4人に1人が65歳以上になる見込みだ。
平均寿命も男性が80歳、女性が84歳(日本は2015年時点で男性80.79歳、女性87.05歳)と上昇の一途をたどる。一方で出生率は1.5(日本は2015年時点で1.45)と、人口を維持するのに必要な2.1を下回る。
年金受給者一人に対する就業者を見てもその傾向は顕著だ。1948年には1人を7人以上の就業者(20~64歳)が支えていた。しかし現在は3.4人に減り、ベビーブーム世代が定年を迎える2020~30年は就業者の割合が激減する見込みだ。連邦政府は「このままでは老齢・遺族年金の財源が2030年までに枯渇する」と改革の必要性を訴える。
3本の柱
スイスの年金制度は日本とよく似ている。3本の柱で構成され、一つは国民年金(基礎年金)に当たる老齢・遺族年金(AHV/AVS)と障害者年金、二つ目は被雇用者が加入する企業年金、三つ目は任意の個人年金だ。日本の国民年金とスイスの老齢・遺族年金の財源は、いずれも保険料と税金から成る。
女性の定年を65歳に引き上げ
スイス連邦内閣は3月2日、老齢・遺族年金の新たな制度改革案外部リンクを発表した。改革案の目玉は▽女性の定年年齢を男性と同じ65歳とし、改革施行後から毎年3カ月ずつ引き上げる▽付加価値税(VAT)を最大1.7%引き上げる▽年金受給開始年齢(現行は63~70歳)を62~70歳の間で選択可能とするーなどだ。アラン・ベルセ連邦大統領兼内務相は同日の記者会見で、女性の定年年齢引き上げにより約15億8千万フラン(約1770億円)が削減できると強調。付加価値税の税率引き上げが実現すれば60億フランの収入増が見込め、最低12年間は安定財源を確保できると述べた。
定年引上げの対象となる国民には不均衡の緩和策を提示するという。ベルセ大統領はまた、企業年金改革の必要性についても触れた。
ベルセ大統領はAHVや企業年金の制度が「スイスのより安全で公平、豊かな暮らしを支えてきた」として「だからこそ、国はこの社会保障を全力で守らなければならない」と訴えた。
昨年の国民投票では否決
ただ、スイスでは似たような年金制度改革が昨年9月、国民投票で否決されたばかりだ。当時の政府の抜本的な改革案「老齢年金2020」は、今回と同じく女性の定年を段階的に65歳とすることや、付加価値税の0.6%引き上げなどを目指す内容だったが、支持は得られなかった。
国民投票で否決されてもなお類似の改革案を打ち出した理由について、ベルセ大統領は「昨年の国民投票以来、年金改革の重要性はさらに増している。長期的な財源確保を目指すならなおさらのこと。この改革案の実現は政府にとって最優先事項だ」と訴えた。
政府は今年中にも議会に改革案を提出する予定。しかし、国民の生活に直結する問題だけに、有権者の理解を得られるどうかは未知数だ。
おすすめの記事
おすすめの記事
スイス、男性と女性の定年年齢が違うのはなぜ?
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは男性は65歳、女性は64歳で定年を迎える。男性の方が平均寿命が短いのだから、不公平だという人もいるかもしれない。なぜそのような差が出来たのだろう?スイスの老齢・遺族年金制度の歴史を紐解いた。(SRF/swissinfo.ch)
もっと読む スイス、男性と女性の定年年齢が違うのはなぜ?
日本は「エイジレス社会」
安倍内閣が2月16日に閣議決定した新たな高齢社会対策大綱外部リンクでは、年金に関し▽受給開始年齢の選択幅(60~70歳)について70歳以降も可能とする制度変更を検討▽私的年金制度の普及・充実を促進ーなどの案が盛り込まれた。また、65歳以上を一律に高齢者と見なす認識のあり方を改め、全ての年代が活躍できる「エイジレス社会」を目指すと提唱。65歳まで働けるよう雇用の安定を図り、テレワークの普及啓発を進めるほか、高齢者向けの支援窓口をハローワークに設置して就労支援を行うとした。このほか65歳までの定年延長、65歳以降の継続延長雇用を行う企業への支援を充実させる。
安倍首相は同日の高齢社会対策会議で「高齢者を含めた全ての世代が能力を存分に生かして幅広く活躍できる社会を実現することが重要だ」と強調した。年金の受給開始年齢を70歳以降でも選択可能とする制度については、来年度から厚労省で具体的な検討が行われる予定だ。
厚生労働省によると、日本のシニア層の男性の就業率は60~64歳が74.3%、65歳以上が29.3%と国際的にも高い水準にある。経済開発協力機構(OECD)が加盟国の高齢者が実際に何歳で退職しているかを調べた調査外部リンクでは、日本は韓国、メキシコに次いで3番目だ。
シニア層がこれだけ長く働き続けるのは、老後の経済的な不安や年金制度に対する不信感も大きい。年金財源を支える現役世代への負担も増大の一途をたどる。
今回の対策案はそうした現状を打開する一手となりえるが、懸念の声もある。立憲民主党の枝野幸男代表は今年1月、衆院の代表質問で「病気や貧困に苦しむ高齢者の切り捨てにつながることがないようにしなければ本末転倒だ」と釘を刺した。
続きを読む
おすすめの記事
女性の定年年齢65歳に スイス内閣が再び年金改革案
このコンテンツが公開されたのは、
スイス連邦内閣は2日、新たな遺族・老齢年金基金(AHV)制度改革案のガイドラインをまとめた。財源確保に伴う付加価値税(VAT)の引き上げと、女性の定年年齢を64歳から65歳に延長するのが主な内容。昨年秋の国民投票で否決された改革案と似た内容だが、内閣はこのままでは年金財源が枯渇するとして、再び改革案を議論の場に上げる考えだ。
もっと読む 女性の定年年齢65歳に スイス内閣が再び年金改革案
おすすめの記事
女性の定年年齢、スイスは64歳 各国は?
このコンテンツが公開されたのは、
スイスは女性の権利や男女平等の分野で遅れを取って来た。女性の参政権が国全体で認められたのは1971年。その頃は欧州のどの国にも、一部の国ではそれより10年も前にこの権利が存在していた。 また、国民投票で女性の産休が保…
もっと読む 女性の定年年齢、スイスは64歳 各国は?
おすすめの記事
年金改革は否決 食料安全保障は賛成多数
このコンテンツが公開されたのは、
年金改革案 連邦議会は今年3月、年金財源を確保するための年金改革案「老齢年金2020外部リンク」を全州議会(上院)、国民議会(下院)で可決。この改革案と、付加価値税の引き上げの2点が強制的レファレンダムによって国民投票…
もっと読む 年金改革は否決 食料安全保障は賛成多数
おすすめの記事
高齢化がのしかかるスイスの年金制度
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは24日、女性の定年年齢を64歳から65歳に引き上げることなどを盛り込んだ抜本的な年金制度改革案「老齢年金2020」が、国民投票にかけられる。スイスは日本と同じく社会の高齢化が進み、このままでは年金財源が破綻するおそれがあるため、政府は改革案を実現したい考えだ。
もっと読む 高齢化がのしかかるスイスの年金制度
おすすめの記事
年金制度改革案「老齢年金2020」 スイスの年金制度を救えるか?
このコンテンツが公開されたのは、
人口の高齢化、経済成長の停滞、低金利-。様々な要因でスイスの年金制度が脅かされている。スイスではこれまでに何度も年金改革案が出されては否決されてきたが、スイス政府や主要政党は今回、抜本的な改革案を提示し可決を目指している。
もっと読む 年金制度改革案「老齢年金2020」 スイスの年金制度を救えるか?
おすすめの記事
スイスの年金制度、国際比較で8位に転落
このコンテンツが公開されたのは、
各国の年金制度の持続性や効率性を比較する最新の国際調査で、スイスは8位となった。特に制度の持続性が懸念され、2年前の4位から大きく順位を下げた。日本は30カ国中29位。
もっと読む スイスの年金制度、国際比較で8位に転落
おすすめの記事
年金制度改革関連法案、連邦議会を通過
このコンテンツが公開されたのは、
スイスの連邦議会は16日、女性の定年年齢の引き上げや老齢年金支給額の微増を含む年金制度改革関連法案を可決した。
公的年金の財政基盤の強化を目的にした同法案は、今年後半に行われる国民投票で有権者からの最終判断を受ける。
年金制度改革関連法案が国民投票で可決された場合、女性の定年年齢は現在の64歳から男性と同じ65歳に引き上げられる。また、老齢年金(日本の国民年金に相当)では、給料からの差し引き額が微増され、年金支給額が月70フラン(約7900円)増額される。
一方、企業年金ではいわゆる年金転換算定率が6.8%から6%に引き下げられ、年金支給額が減額される。
この法案の目的は、公的年金である老齢・遺族年金制度の財政基盤を安定させることだ。この制度はスイスの社会保障における3本の柱の一つを成している。
もっと読む 年金制度改革関連法案、連邦議会を通過
おすすめの記事
老齢・遺族年金の1割増し、スイス国民に受け入れられるか
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは、老齢・遺族年金(AHV/AVS)の1割増しを求めるイニシアチブ(国民発議)「AHVプラス」が9月25日の国民投票にかけられる。左派系の支持者は同案を「低額年金による虐殺」に対する解決策だと考える一方、反対派は「壊滅的な結果を引き起こすばかげた提案だ」と主張している。
このイニシアチブは、スイス労働組合連合(SGB/USS)によって立ち上げられた。同案は社会民主党や緑の党が支持。対して経営者団体、右派、中道派の政党は反対の姿勢を示している。老齢・遺族年金を1割増やすことで、企業年金の減額分を補おうというのが支持者たちのねらいだ。
もっと読む 老齢・遺族年金の1割増し、スイス国民に受け入れられるか
おすすめの記事
再就職には年齢が高く、退職には若すぎる中高年労働者
このコンテンツが公開されたのは、
政治家は中高年労働者にもっと長く働いてもらう必要があると考えているが、スイスの求人広告のうち45歳以上の働き手を対象としたものは全体の1%しかない。スイスが人口構造の変化と新しく導入される移民数制限に対応するには、中高年労働者の雇用に向けてさらなる努力をする必要がある。
もっと読む 再就職には年齢が高く、退職には若すぎる中高年労働者
おすすめの記事
スイス人女性の年金受給額、男性の6割― 結婚後の働き方影響
このコンテンツが公開されたのは、
スイスの女性の年金受給額は男性より37%低いという数字がある。多くの女性が結婚、出産などを機にパートタイム勤務か主婦になるが、それが原因で年金が最低生活水準を下回るレベルまで減額されることはあまり知られていない。社会民主党のマリアンヌ・ド・メストラル氏もその一人だった。
もっと読む スイス人女性の年金受給額、男性の6割― 結婚後の働き方影響
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。