水が豊富なスイスで渇水対策が必要な理由
雪崩、洪水、熱波など、スイスは様々な自然災害の警戒システムを持つが、渇水への対応は遅れている。渇水はなぜ起こるのか。予測は可能なのか。渇水リスクが高まる中、スイスでも対策が進んでいる。
庭の水やり、洗車、プール注水は禁止。水不足につき使用を控えること。場合によっては配給制になる――欧州が過去500年で最悪の渇水に見舞われた昨年夏、スイスのいくつかの自治体の住民はこうした節水策を強いられた。
フランスとの国境にあるブルネ湖など、昨夏のスイスの湖の中にはほぼ完全に干上がったところもある。ライン川の水位が下がり、スイスへの輸入品の輸送にも支障が出た。軍隊は、家畜の飲み水をヘリコプターで山の牧草地まで運ばなければならなかった。
ここ数カ月の降雨で、現在はこれらの湖や川にも十分な水量が戻っているが、渇水の危機を脱したわけではない。スイスの夏季の貴重な水源である山岳地帯の雪が不足しているため、水供給、農業、水力発電、生態系などに深刻な影響が出る可能性がある。
今夏に雨がどれだけ降るか、予測は難しい。スイスには国内全体の水の需給を把握する仕組みがない上、他国にあるような、渇水の早期検出・警報システムも持っていない。だが取組みは始まっている。
「欧州の給水塔」スイスは水危機にどう取り組んでいるのか。
水危機の問題は世界各地で深刻化している。欧州の淡水源の多くを有し、水が豊富なスイスでも、水の管理について考え直し、頻度が増す渇水に備える必要性が高まっている。このシリーズでは、水の利用をめぐり今後起こり得る争いや、貴重な水資源のより適切な管理方法について探る。
渇水とは
降水量が少ない、水の蒸発量が多いなどが原因で、水が不足した状態が長期間続くことを「渇水」または「干ばつ」という。スイス気象台(メテオ・スイス)によると、昨年は気象観測を開始した1864年以来、最も降水量が少なかった。スイス最南端ティチーノ州コルドレリオの6〜8月の降水量は、過去データから算出した予測値の4割にも満たなかった。
渇水・干ばつは現象の違いにより3種類に分類される。気象学的な渇水は、長期間にわたり降水がないことを指し、その程度を表す様々な指標がある。よく引用されるのは、1日の降水量が1ミリメートル未満の連続日数で、その年の最大連続日数が用いられる。最長記録は1988年、ティチーノ州ルガーノの77日間だ。同州のスイス最南端コルドレリオ気象観測所は昨年、40日間の渇水を記録した。
水文学的な渇水は、湖や川の水位が一定の基準値以下になることを指す。2022年8月は、ルガーノ湖、ルツェルン湖(フィアヴァルトシュテッテ湖)、コンスタンツ湖、ヴァーレン湖で史上最低の水位を記録した。
農業的な渇水(干ばつ)は、土壌の水分量が格段に減り、植物が根から水分を十分に得られなくなる状態を指す。スイス気象台によると、今春のアルプスの南側でこのタイプの干ばつが観測された。作物や土壌の性質や種類によるため、ごく局所的に発生する。
渇水の原因
高気圧が停滞し晴天と高温が長く続くことが、渇水の自然的な要因の1つだ。人口増加などによって飲料水の消費や水の使用量が増えることも水不足につながる。森林伐採や集約農業も土壌を乾燥させる原因となる。
人為的気候変動も渇水の原因だ。より正確には、気候変動によって渇水が起こる確率が上昇している。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の研究者も参画した国際共同研究の報告によると、2022年夏の北半球では、気候変動によって渇水の確率が20倍以上も上昇した。
>>世界各地の渇水に関するデータ
スイスの充実した自然災害の監視・警報システムに「渇水」がない理由
スイスは様々な自然災害のモニタリングを行なっている。2014年以来、雷雨、風、雪崩、洪水、地滑り、熱波、森林火災について、データを収集し、注意深く監視すると共に、必要に応じて注意報・警報を発している。雹(ひょう)に関しても、気象レーダー、自動センサー、一般市民から寄せられる情報などのデータを組み合わせて検出するシステム外部リンクがある。
だが渇水に関しては、現時点では監視・警報システムは存在しない。理由は簡単だ。潤沢な水資源を有するスイスは、これまでずっと渇水の心配がなかったからだ。
上昇する渇水リスクへの備え
アルプスの氷河、数多くの湖、河川、小川など豊富な水源を持つスイスであっても、渇水のリスクと無縁ではない。特に、乾燥した冬の後に雨の少ない春と異常に暑い夏が続いた場合にリスクが高まる。
スイス連邦森林・雪氷・景観研究所(WSL)の連邦雪・雪崩研究所(SLF)の最近の研究外部リンクによると、アルプスの雪解け水の減少により、1994〜2017年の渇水頻度は、1970〜1993年と比較して約15%増加した。筆頭著者のマニュエラ・ブルンナー助教(WSL、ETHZ)は「この傾向は今後も続くだろう」と話す。
長期的には今後、スイスの気温は上昇し続け、乾燥が進み、それに伴い渇水の頻度も厳しさも増し、期間も長くなると予想される。これを踏まえて連邦政府は昨年、2025年までに全国的な渇水の早期検出・警報システムを構築することを決定した。渇水の予報が早期に出れば、例えば農家の灌漑(かんがい)や水力発電所の発電計画を早い段階で調整でき、渇水に備えることができる。
スイスが目指す渇水検出・警報システム
現在、スイスのいくつかの州では、2013年に開設されたWSLの渇水の早期検出のための情報プラットフォーム「drought.ch」を利用している。同サイトでは、湖の水位、川の水量、山岳地帯の雪を水量に換算した値など、様々な水文学的な指標データを提供している。
新しく構築される渇水検出・警報システムの予算規模は475万フラン(約7億6千万円)。土壌の水分量をリアルタイムで計測するセンサーを全国に設置しネットワークを形成する。これをWSLの同プラットフォームの水文学的データや気象衛星データと統合し、あらゆる種類の渇水を検出するための情報を提供する予定だ。
システムの公開後は、農家などのユーザーの意見をもとに改良を重ね、最終的には渇水が起こる数週間前までの予測を可能にしたい考えだ。
諸外国・国連の取り組み
スイスの新システム構築にあたっては、渇水の深刻な被害に見舞われている諸外国の対策を参考にしていると、スイス気象台のクリストフ・シュピリック氏は言う。米国の渇水モニタリングシステム「渇水モニター外部リンク」がその一例だ。1999年に開設されたもので、トップページに掲載されている渇水強度を示す全米地図は毎週更新される。
欧州連合(EU)加盟国は、欧州委員会の「欧州干ばつ観測所(EDO)」(2007年設立)の情報を利用している。EDOでは、降水量、土壌水分、地下水位、植物の水ストレス(水不足が植物に与えるストレス)など、様々な指標データを用いて渇水状況を調べている。
だが世界人口の約3分の1が生活する地域は、渇水などの異常気象の監視・警報システムを持たない。国連は2022年、国連行動計画「すべての人に早期警報システムを」を発表した。多国間援助機関、開発銀行、人道支援団体、市民社会などが参画し、まずは最もリスクの高い30カ国を対象に活動を開始。2027年までに、全世界を対象とした早期警報システムを実現し、地球上の全ての人を、自然災害、水不足、異常気象から守ることを目標としている。
編集:Sabrina Weiss/vdv-ds、英語からの翻訳:佐藤寛子
おすすめの記事
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。