「研修生は給料不要」国連トップのオフレコ発言
ジュネーブで世界最高水準の最低賃金を導入する案が住民投票で可決されたが、その恩恵にあずかれない国連インターン(研修生)が給料の公正な支払いを求め声を上げている。そうした中、国連のアントニオ・グテーレス事務総長がある発言をした隠し撮り映像が発覚し、インターンの間で動揺が広がっている。
ジュネーブで9月27日に行われた住民投票の結果は世界的に報じられ、驚きの反応が相次いだ。この投票ではジュネーブの有権者の圧倒的過半数が同州で最低賃金23フラン(約2650円)を導入する案に賛成した。マウロ・ポッジャ州政府参事の元には米放送局CNNも取材で訪れ、同氏は州内の被雇用者の約6%、3万人が新法の恩恵を受けると説明した。
だが誰にでも恩恵があるわけではない。ジュネーブで最も権威ある組織、国連は法改正の影響を受けないのだ。国連には独自の国際法が適用され、ホスト国や州の法律に縛られない。この状況に特に悩まされているのが、国連に勤務する多くのインターンだ。
国連インターンシップの大部分、特にグテーレス事務総長の主要部署は無給だ。ユニセフ(国連児童基金)や世界保健機関(WHO)などのいわゆる国連関連機関では給料が支払われる場合もあるが、それだけでは生活費は賄えない。
おすすめの記事
無給の国連インターン 処遇改善は進んでいるか
「イグナツィオ・カシス外相に手紙を書く予定だ」
有給の国連インターンシップを求めるグループ「フェア・インターンシップ・イニシアチブ(FII)」は現在、好機をうかがっている。「インターンへの報酬の有無や報酬内容については、ニューヨーク本部にある国連の委員会が全加盟国と協議して決定している」と、同グループのアルバート・バルセギアン広報担当は言う。「しかしジュネーブで最低賃金の導入案が可決され、私たちの立場は大きく後押しされた」
バルセギアン氏によれば、FIIはこの勢いを利用してスイスの連邦議会議員や国連スイス政府代表部とコンタクトを取り、多くの支援を得たい方針だ。「私たちはイグナツィオ・カシス外相にも手紙を書く予定だ。公正な支払いを求める私たちの要求を強調するためだ」
時給23フランが主に指し示すのはジュネーブの物価の高さだ。最近の調査によると、ジュネーブは世界で最も物価の高い都市ランキングで10位。ただ、FIIの大卒者たちが本来要求する額はこの時給よりも大幅に低い。
「私たちは貧困ラインの絶対最低限を求めているだけだ」とバルセギアン氏は言う。ジュネーブ州によればその額は月2600フランとされる。「ジュネーブで何とか生きていくにはそれほどの額が必要ということだ」
貧しい国出身の学生は不利
不満を抱えるFIIの大卒メンバーたちだが、グテーレス事務総長からの支援はほとんど期待していない。国連内部で昨年12月に職員集会が開かれた際、国連トップの口から職員にとって衝撃的な発言が飛び出したからだ。集会への報道陣の立ち入りは禁じられていた。
しかし週刊紙シュヴァイツ・アム・ヴォッヘンエンデはその集会の様子を録画した未公開映像を入手した。そこには、グテーレス氏が「私の考えではインターンシップには本当に給料を払うべきではない。インターンシップは長期雇用とは別物だ。そこが違いだ」と話す様子が映されていた。
国連トップの事務総長によるこのような発言はまったく衝撃的であり、受け入れがたいとバルセギアン氏は言う。「彼の個人的な意見は国連の価値観や、公正な支払いに関する国連の勧告と完全に矛盾する」
おすすめの記事
グテーレス国連事務総長「研修生は正社員とは異なる」
グテーレス氏は、現在の対応が原因となって不公平な状況が生み出されていると認める。この状況ではインターンとして働く余裕があるのは裕福な国の出身者だけだ。「一方で貧しい国の人はそれができない」。そのためこの問題を再度見直す方針だという。
ただ、国連はすでに2009年の報告書で改善策を発表している。グテーレス氏の部署で現在働く75人のインターンのうち、半数以上がフランス、スイス、イタリア、ドイツ、米国の西欧5カ国の出身者だ。
国連インターンが雇用主を批判することは今に始まったことではない。15年にはニュージーランド出身で当時22歳のデビッド・ハイドさんが物価の高いジュネーブで宿泊費を払う余裕がなく、仕方なくテントで寝泊まりしたというニュースが報じられ、世界的な注目を集めた。
バルセギアン氏は「当時の怒りは大きかったが、残念ながらそれ以降の動きは特になかった」と話し、スイスに義務を負うよう求める。「国連のホスト国であるスイスは私たちの関心事に一層取り組み、他の加盟国を説得すべきだ。なにしろスイスはジュネーブ本部の改築工事費として数百万フランを国連に支払っているのだから」
FIIはすでにフランスやアフリカといった社会主義寄りの国から支援を得ている。「だが残念ながらスイスはこの点において極めて中立的だ」
国連の対外的な態度は偽善的
前出の週刊紙は現役およびかつての国連インターンや職員数人に話を聞くことができた。全員が同じようにネガティブな印象を抱いていた。国連は人権、平等な権利、公正な支払いのために取り組む組織として世間で高い評価を得ている。
「しかし自らの職員にはひどい扱いをすることがある」と、元インターンの米国人女性は言う。実際、高資格の大卒者が無給インターンシップを渡り歩くことはよくある。「3つ、4つ、あるいはもっと多いこともある」
国連は需要と供給を都合のいいように利用している。国連での仕事を通じてより良い世界へと貢献したいという理想に燃える名門大学出身者からの応募が膨大にあるからだ。創立75年を迎えたこの組織にしてみれば、タダでできることになぜ金を払う必要があるのか、といったところだろう。
「国連は対外的にはより良き世界を目指す理想主義者として振る舞うが、自らの職員に対する処遇を鑑みれば、そうした態度は偽善的だ」と元インターンの男性は言う。
6年間で16の雇用契約、今後はウーバー方式?
人気の高い長期雇用を得るには数年かかることもある。そのためインターンを数回行った後、いわゆるコンサルタントに転向する人は多い。国連はインターンを追い払う手段として、契約期間を数カ月に限定している。こうした短期契約が繰り返されることで、多くの人は国連での夢をあきらめ、民間部門に転向する。インターンには老齢・遺族年金制度や失業給付金もない。
元職員の女性は言う。「6年間でインターン契約とコンサルティング契約を16回結んだが、新しい職を探さなければならないプレッシャーが常にあった」。そのため女性は精神的に追い詰められていった。「私の心臓病専門医は『給料面での不安定さを考慮し、国連のシステムでは働かないよう皆に助言している』と話していた」
そして更なるハードルが待ち構える。国連職員協会は先日、「将来的にはウーバー方式の契約を開始する」という事務局の内部計画に警告を発した。この方式では契約期間と賃金にさらなる調整圧力が加わるとされる。
一方、厳しい選抜を経てようやく長期雇用を手に出来た人には高額の報酬が与えられる。課税もない。だが滞在許可証は国連のポジションと厳密に結びついているため、ジュネーブで10年、20年働いたとしても、職を失えばスイスから追放される可能性がある。
少なくともインターンの間で動きが起きてもいいはずだが、何の変化もないのはなぜだろうか?FIIのバルセギアン氏は、インターンの異動の激しさを理由に挙げる。「ポジションを立て続けに変えたり、職を得られなかったり、出国しなくてはならなかったりする人が多い。そのため頻繁かつ精力的に圧力をかけることが難しい」
国連事務総長が責任転嫁
前出の週刊紙は国連に批判の矛先を向けた。しかし国連事務局の広報担当者は、職員集会でのグテーレス氏の発言や、同氏が無給インターンシップを支持していることに関してコメントを控えた。
この広報担当者は、インターンシップで重要なのは何かを学ぶことだと強調したほか、事務総長にはインターンに給料を支払うかどうかを決める権限がなく、その責任は加盟国にあると説明した。また、インターンの経済的負担を減らすべく、職員食堂を安価または一部無料で利用できるようにしていると語った。
国連側がそうした主張をしても、国連ジュネーブ事務局が置かれるパレ・デ・ナシオン前の広場では例年通り2月20日に、多数のインターンが公正な労働条件を求めてストライキを決行することに変わりはないだろう。この日は世界社会正義の日にあたる。国連は社会正義というモットーにもっと寄り添うべきではないだろうか。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。