経済連携協定への両国の期待
9月1日に発効したスイス・日本経済連携協定 ( FTEPA ) に対してスイスは、交渉開始当初から積極的に取り組んできた。2月の署名にはドリス・ロイタルト経済相が自ら日本を訪れ、10月初旬にも再度訪日。2国間の経済交流を図った。
一方日本は、アジア諸国との協定に集中していたこともあり、スイスとの交渉については当初、交渉人員を回わせないでいたとも言われてきた。しかし10月29日には、スイス日本商工会議所、在ベルン日本大使館、チューリヒ日本商工会の主催で、記念式典が行われ、今後の両国の経済関係の深まりに大きな期待が寄せられた。
小国だとスイスを侮らないで
小松一郎在ベルン日本大使が「スイスとの協定は日本が先進国と結んだ初めてのケース。先進的な部分が含まれている」と指摘するように、日本が外国と結ぶFTEPAでは初めてデジタル署名を認め、オンライン消費者の保護を盛り込みむなど、電子商取引を促進するといった革新的な内容が含まれる。原産地規制では、認定輸出業者による原産地申告を認められるようになったことも、日本にとっては初めてのことだ。
スイスはこれにより、関税の減収 ( 2007年では1570万フラン・約14億円 ) を考慮しても、製造業はこれまでの平均税負担6.5%が軽減され、日本市場へのアクセスが容易となり、スイス製品は全体で1億フラン ( 約9100万円) の関税節約になると試算している。
「たった、1億フランと言うが、それは違う。日本は関税率が低い国だが、一部の品目では高い。そうした商品を取り扱う業者からも歓迎されている。しかも、現在は価格競争が厳しく、1サンチームの節約がものをいう」
とルツィウス・ヴァセシャ主席交渉官は式典後のスイスインフォのインタビューで語った。ヴァセシャ氏が語るスイスの魅力は特に、商品流通のハブとしての役割だという。高価格な精密機械などの部品をスイスで組み立てたり、包装し直したりしてヨーロッパ諸国へ非課税で出荷するという役割をスイスが担う可能性だ。そのほか、スイスの金融、両国の化学薬品・医薬品分野、また、スイスにおける高い流通のノウハウのサービスなどを挙げる。
小松氏は、小国スイスとの協定は日本にとって大きなメリットをもたらさないのではないかという質問に対し、経済力や技術の高さを挙げこれを否定し
「農業分野でも日本とスイスはG10の一員で同志。スイスと納得のいく協定をヨーロッパの最初の国として結んだことを大変うれしく思う。これを、今後の先進国との交渉に生かしていきたい。経済では安定性や信頼性が重要。スイスはこの点で、信頼できるトップレベルの国だ。日本の企業も投資してほしい」
と語った。
日本食品・農産物アピール
10月29日の式典が終わった後、関税撤廃となった日本の食品や農産物が、出席したスイス人に紹介された。
日本の農林水産省が募集した「世界が認める輸出有望加工食品40選」に選ばれた有機白味噌を出した「ますやみそ」の代表取締役社長、舛本知己氏はスイスからの電話インタビューに答え
「かなり期待している。自由貿易協定を日本政府に結んでもらい良かった」
と語った。舛本氏は日本の経済状況を挙げ
「日本の人口が減り、味噌などの伝統の中小企業が、今までの規模を確保し利益を上げていくためには、海外に進出する必要がある」
と指摘する。現在は、日本ブランドが、海外でも高く受け入れられていることや、ヨーロッパの市場を調査した上で、有機など食の安全や健康に対する認識が高いことが確認されたため、有機味噌を出展することにしたという。
高知県から1.5キログラムもある巨大な梨「新高梨 ( にいたかなし ) 」を出展した高知県園芸農業協同組合連合会の企画課長、山下文広氏も
「日本の果物販売の環境が悪く、現在の贈答用の売れ行きは最盛期半分に落ち込み、多くの生産者が苦戦している。新しい販路を見出したい。味には自信がある。ぜひ試して知ってもらいたい」
と電話で熱く語った。ただし、商品単価が高く、限られた富裕層向けであり、量はさばけないと見る上、他国との競合もあることは自覚しているという。
今回の式典とは別に沖縄の食品をスイスに紹介している「ジャパンコンセルジェ」の太田哲治氏は、単価の安い食品の貿易について、輸送量の問題を挙げる一方で、スイスは「お金持ちが多く、生活水準も高い」、コストが高くとも売れるものはあると見ている。「東村 ( ひがしそん ) ブランド」を作り産業支援センターなどを通し行政が企業を啓蒙しているというパイナップルの村を例として挙げ、企業も自治体も海外市場へはばたく意気込みが欲しいという。
スイスと日本が国交を結んだのは今から145年前。日本は江戸幕府が政権を取り、スイスには電気も通っていなかった時代に始まった両国の関係が、この経済連携協定により再び深くなって行くことが期待される。
swissinfo.ch、佐藤夕美 ( さとうゆうみ )
物品貿易の自由化により、鉱工業品においては、スイスからの輸出はほぼすべて、また、日本からはすべての品目について即時関税撤廃された。農林水産品はスイスからはインスタントコーヒー、アロマオイルなどが即時関税撤廃。ワインは段階的に関税が撤廃され、チーズ、チョコレートは対象数量を制限する関税割り当てとなる。日本からは、清酒、盆栽、長いも、メロン、干し柿、味噌が即時関税撤廃となった。
その他、原産地規制、投資、サービス貿易、知的財産、人の移動、関税手続きの簡素化、電子取引などの分野で協定が結ばれた。
2008年 日本の主要貿易国 ( 単位:百万米ドル )
輸出相手国 ( 括弧の中は全体に占める比率) ( 出典ジェトロ )
アメリカ 136,200 (17.6%)
中国 124,035 ( 16.0%)
韓国 58,985 ( 7.6% )
台湾 45,708 ( 5.9% )
香港 39,988 ( 5.2% )
EU ( 27カ国 ) 109,383 ( 3.9% )
スイス 4,313 ( 0.5% )
輸入相手国
中国 142,337 ( 18.8% )
アメリカ 77,017 ( 10.2% )
サウジアラビア 50,470 ( 6.7% )
オーストラリア 47,280 ( 6.3% )
アラブ首長国連邦 46,415 ( 6.1% )
EU ( 27カ国 ) 69,915 ( 9.3% )
スイス 6,393 ( 0.9% )
2008年 日本からスイスへの輸出品目 ( 単位:百万フラン )
( 括弧の中は全体に占める比率 ) ( 出典スイス関税局 )
宝石・貴金属・宝飾 1,531.45 ( 36.7% )
自動車、飛行機 943.09 ( 22.6% )
機械 ( 電気機械 ) 328.57 ( 7.9% )
化学薬品 286.19 ( 6.9% )
医薬品 272.70 ( 6.5% )
機械 ( 電気機械以外 ) 257.71 ( 6.2% )
時計 124.03 ( 3.0% )
スイスから日本への輸出品目 ( 単位:百万フラン )
( 括弧の中は全体に占める比率 )
医薬品類 1,453.09 ( 20.6% )
化学薬品原料 1,341.46 ( 19.0% )
時計 1,154.63 ( 16.4% )
宝石・貴金属・宝飾 1,041.05 ( 14.76% )
機械 ( 電気機械以外 ) 601.48 ( 8.5% )
医療機器 476.89 ( 6.8% )
機械 ( 電気機械 ) 182.13 ( 2.6% )
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