衰退するスイス商船隊 救済に乗り出す政府
海のない内陸国でありながら、スイスは1942年から自国旗を掲げる商船隊を保有している。だが商船隊の貨物船は減少する一方だ。スイスは新たな海事戦略を策定し、衰退に歯止めをかけようとしている。
長さはサッカー場2面分、船員20人が乗務する商船には、「ラヴォー」「ローザンヌ」「ヴュイー」(いずれも地名)などスイスらしい名前が付いている。船尾には中立性を象徴するスイス国旗がはためく。スイス連邦内閣は1941年4月9日、戦時下で敵の攻撃を防ぐために国籍旗としてスイス国旗を船舶に掲げるよう正式に法定した。
それまでスイスの供給を担っていたのはギリシャの貨物船で、穀物や鉄、石炭などが伊ジェノバ港まで運ばれ、そこから鉄道や陸路でスイスまで輸送された。国籍旗を制定したのは、ドイツ軍の潜水艦攻撃からスイスの物資供給を守るためだった。スイス籍船の母港はライン川上のバーゼル港だったが、巨大な船舶が実際に寄港することはできなかった。
だがこうした予防策が講じられても、スイスの商船は戦争に巻き込まれた。1943年、英軍機の誤爆で「マロージャ」が仏領コルシカ島沖に沈没し、「シャスラル」も南仏セットで被弾した。翌44年には、マルセイユ港で「ジェネローゾ号」がドイツ軍の機雷により爆破された。どれもスイスの貨物船だった。
6年間で貨物船50隻から14隻に
商船隊の創設から75周年にあたる2017年には、船主6社が所有する約50隻の商船にスイス国旗がはためいていた。だが今日は、チューリヒとローザンヌに近いレマン湖畔の町、モルジュにある2社が所有する14隻のみだ。
1967年には611人いたスイス人士官と船員だが、今では一握りほどしかいない。連邦外務省によれば、スイス籍の船舶に乗務するスイス国籍の船員は、甲板士官2人と士官訓練生1人のみだ。また、スイスの連邦能力取得証明書や国外で同等資格を取得して外国船籍に乗務する士官も3人いる。
連邦外務省スイス海運局は現在もバーゼルにあり、局長は大使の称号を持つ。ロッテルダム港からライン川を経由してバーゼルに至るスイスの供給ルートは、スイスや外国籍の貨物船にとって、今もなお要港であり続けている。
スイスの商船隊は、5~6年前から競争力の維持に苦しんでいる。2017年にはスイス・ドイツ語圏の船舶会社が詐欺破産して大きな痛手を負った。倒産したSCLとSCTの貨物船9隻とタンカー4隻の強制売却と損失を補うため、連邦政府は2億1500万フラン(約315億円)を支出する羽目になった。海運業者が新しく船舶を購入したり造船したりする際に国がローンの保証をし、銀行から有利な利息(1.5%)で融資を受けられる船舶ローン保証制度があったからだ。
この保証制度は17年以降に就航したの新造貨物船から廃止されたが、それ以前に保証を受けた船舶は他国籍に変更した場合でも引き続き保証される。だが、銀行から低利借り入れができなくなった今、スイスの船舶会社がスイス国旗を掲げるメリットはほぼなくなった。2017年までは連邦政府がこの保証制度で負担を被ったことは一度もなかった。
スイスの国籍旗がブラックリストに?
スイスの船舶を安全基準に適合させる必要もあった。国際基準を順守するため、貨物船は定期的に登録国の検査を受けなければならない。だがバーゼルの海運局職員はわずか6人、世界中に出向くことのできる検査官は1人しかいない。確実に検査を実施するのは困難だ。
定期検査ができなければ、スイスの貨物船が高リスク船としてブラックリストに載る可能性があった。そこで連邦内閣は2020年、予防的措置として条例を改正し、船舶がブラックリストに載った場合には船籍の変更を認めた。そうすれば新しい旗国が定期検査を実施できる。連邦政府は、「スイス船舶の安全性を高めるために導入した措置が実を結んだ」と述べている。こうしてスイス船舶がブラックリスト入りするリスクは回避された。
スイス国旗は、「パリ覚書(MOU)」(加盟27カ国がリスクのある国籍旗リストを作成した海事協定)のグレーリストに留まっており、18年からは東京MOUのホワイトリストに載っている。連邦外務省の広報担当者はswissinfo.chに、「そのためスイス国旗がブラックリストに載る可能性はあまり高くない」と説明した。
条例改正を受けて、多くのスイス国旗に取って代わったのは、太平洋に浮かぶマーシャル諸島の国旗だ。スイスの伝説的な貨物船「ギザン将軍」も今ではマーシャル諸島の旗を掲げて大海原を航海している。
連邦政府の介入
ではどうしたらスイス商船隊の衰退を止められるのか。連邦政府は昨年、さらなる措置を講じた。連邦内閣の指示を受け連邦外務省は新しい海事戦略の策定に着手し、今春にも法改正案が議会に提出される。連邦海事法を近代化し、船主にとってスイス船籍をより魅力的にする一連の措置の導入が、法改正の重要なポイントだ。
連邦内閣は船舶の積載能力に応じて課税するトン数標準税制も検討中だ。欧州連合(EU)加盟21カ国がすでに採用する有利な課税原則で、実際の利益ではなく船舶積載能力をベースにする。海運業者の納税額は少なくなる。
連邦政府は今日、残る14隻のスイス船籍のためにバーゼルにある海運局を維持することには正当性があると主張する。その上で、海運局の業務はスイス籍船に関わるものに限定されず、河川航行や公海ヨットの登録(2千隻)、国際水域におけるスイスの利益のために働いていると強調した。
将来は安泰?
世界的に見れば、海上運送は依然として最も効率的な輸送手段であることに変わりはない。スイスの海運業者も楽観的だ。「スイス・アトランティック(Suisat)」のジャンノエル・アンドレ最高経営責任者(CEO)は、「我が社は順調だ。新しい近代的な商船に戦略的に投資し慎重に物事を進めてきたおかげで、市場が特に低迷していた数年間にも耐え、用船料(チャーター料)の上昇で収益を最大化できた。また、近年の好業績で負債を減らすことができ、財務も健全だ。自信を持って将来を見据えている」と話す。
用船料は過去2年間、新型コロナウイルスのパンデミックなどの影響でサプライチェーンが混乱したため、高騰が続いた。12メートルのコンテナ船は、2021年9月に用船料が1万ドル(約135万円)を超えた。その後安定したものの、今年2月に発表されたコンテナ船運賃指数の「ワールド・コンテナ・インデックス(WCI)」によれば、依然として2019年比で4割高となる高い水準にある。
地政学的な緊張を背景に、海運市場は短中期的には神経質な展開となり、変動も激しい。船主らによれば、長期的には海上輸送は最も経済的で、貨物1トン・輸送距離1キロメートル当たりの汚染が最も低い手段であることに変わりない。とはいえ、海上輸送は新たなCO₂排出基準に適合する必要がある。貨物船は重油を燃料とし、相当量の汚染物質を排出する。港に停泊中もエンジンが止まることはない。
さらに厳格な新しい基準が世界の商船の収益性にのしかかり、用船料にも影響すると思われる。スイスの海運業者は、今後10~20年で船舶の種類や燃料の変化、さらには推進システムの変化に対応せざるを得なくなるだろう。こうした中で、連邦議会はスイスの商船の収益性を確保するための議論を進めていく必要がある。
ジャンノエル・アンドレ氏は、「自国旗を掲げる船舶を所有することは、政治的な決断であり、海事戦略に関わるものだ」と分析する。「船舶旗はスイスの品質価値を象徴するものであると同時に、船主がスイスの旗を掲げたいと思うような、十分な競争力と魅力を備えている必要がある」
編集:Virginie Mangin、仏語からの翻訳:由比かおり
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