欧州人権裁判所は21日、国連安全保障理事会の制裁リストに載っているイラク人男性の資産を凍結したスイスを強く批判した。同裁判所の判決は、尊重するのは国際人権規約か、それとも国連の制裁措置かの選択の難しさを浮き彫りにした。
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仏ストラスブールにある欧州人権裁判所の判決で、個人資産と会社の資産を凍結されたイラク人男性、ハラフ・アル・ドゥレイミー氏の公正な審理を受ける権利をスイスが拒否していたことが明らかになった。さらに同裁判所は、資産を凍結する前に国連安全保障理事会の制裁リストの正当性を確認すべきだったとして、スイス当局を批判した。
ドゥレイミー氏は旧サダム・フセイン政権下でイラクの諜報機関の最高財務責任者を務めていたことから、同氏の名前と会社名が国連の制裁リストに掲載されていた。
スイスの連邦経済省は2006年、スイスドゥレイミー氏の資産を凍結。それに対して同氏は異議を申し立てたが、連邦最高裁判所は08年2月「国連の制裁委員会によるリストには拘束力があり、国連安全保障理事会の決議の正当性を審議する権限はスイスにはない」との理由から、この件に関して自分達にはこれ以上裁量の余地はないと判断した。
これに対して欧州人権裁判所は、事前の調査なしにスイスがドゥレイミー氏の資産を押収したことは、欧州人権条約の第6条に規定されている「公正な裁判を受ける権利に違反する」との見方を示した。
欧州人権裁判所は「国連の決議はスイスの裁判所に対して、その正当性の審議を禁止してはいない」と判決に明記。さらに国連の制裁リストは名前が掲載されている人の権利を著しく侵害し得るものだ。従って、スイス当局はドゥレイミー氏の同リストへの掲載が人権を侵害していないかどうかを事前に調査すべきであり、そのために同氏が制裁リストに掲載された理由を国連本部に請求する必要があったと同裁判所は指摘した。
国際法を専門とするヨルグ・キュンツリー教授(ベルン大学)によれば「今回の判決をスイスは受け入れなければならない。その結果、スイスが国連に対しこの件に関する更なる情報を求め、ドゥレイミー氏の制裁リスト掲載への正当な証拠が示されなかった場合には資産の解凍もあり得る」という。
(独・英語からの翻訳・編集 説田英香)
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刑事告発したのはスイス・ジュネーブにある人権NGOのトライアルインターナショナルとシビタス・マキシマの2団体。両団体が注目するのはとりわけスイス政府の「普遍的管轄権(universal jurisdiction)」に対する姿勢だ。普遍的管轄権とは、ある国が「国際法上の犯罪(大量虐殺、戦争犯罪、人道に対する犯罪)」の容疑者を逮捕した場合、発生場所や容疑者の国籍にかかわらず訴追できるという原則だ。
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