世界貿易機関(WTO・本部ジュネーブ)で貿易紛争を裁定する上級委員会が欠員。実質的に紛争処理機能が停止した。
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横浜市出身。1999年からスイス在住。ジュネーブの大学院で国際関係論の修士号を取得。2001年から2016年まで、国連欧州本部にある朝日新聞ジュネーブ支局で、国際機関やスイスのニュースを担当。2016年からswissinfo.chの日本語編集部編集長。
最終審にあたる上級委員会の委員2人の任期が10日に切れ、従来7人の委員が1人だけになった。上訴したり、最終的な裁決を下したりすることが出来なくなり、WTOの紛争処理制度が機能不全に陥った。
1995年に設立したWTOには、現在164カ国・地域が加盟。モノやサービスの自由貿易を促進し、WTOの「中核」と言われる紛争解決機関(DSB)では、加盟国の通商問題解決のため、上級委員会が最終審理を行ってきた。
ところが、米国は上級委員会の権限を問題視し、委員補充に反対。委員の選出には加盟国の全会一致が必要とされるが、米国が過去約2年間、委員選任を拒否したため、審理に必要な上級委員を選任できなかった。EU、中国、スイス、カナダ、韓国など11カ国は、この問題を見据え改革案外部リンクを提案したりしてきたが、加盟国で意見が異なる。
米国は、中国による産業補助金問題で中国に有利な判決が出たことを不当とするなど、上級委員会のあり方を問題視していた。また、原則90日以内ですべき上級委員会の審理の長期化にも懸念を示していた。
≫国際機関を徐々に弱体化させるトランプ政権
スイスの通信社Keystone-SDAによると、上級委員会では現在、案件13件を審理中。スイスは特定の製品に対する米国の関税引き上げに対し、1件申し立てをしているが、おそらく1年は審理されないと見込まれる。
スイス代表部WTO大使ディディエ・シャンボヴェ氏は10日、「状況は深刻だ」と述べたが、「世界貿易システムの崩壊を意味するものではない」とみる。 WTOの紛争処理委員会での審理を含め、制度の他のメカニズムが引き続き利用可能であると言う。
WTOの紛争処理制度外部リンク
WTO加盟国の貿易紛争を解決するための訴訟手続き。
貿易に関する紛争が生じた場合、まず当事国で協議を行う。60日以内に解決できなかった場合は、紛争処理小委員会(パネル)で審理する。その判断に不服がある場合、紛争国は最終審である上級委員会に上訴できる。最終判決には法的拘束力がある。
WTO発足以来、592件の紛争が提訴され、161件が上級委員会で審理・採択された。
上級委員会は7人で構成され、委員の任期は4年。最終審には最低3人の上級委員を必要とする。また、委員の選出には加盟国の全会一致が必要とされる。
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スイスほど政府が自国の農業を支援している国は少ない。そのために時折WTOの批判を受ける。食品輸出業者への補助金について規定する「チョコレート法」(農業製品の輸入・輸出に関する連邦法)もその一つ。例えば、チョコレートの原料となる国産牛乳の価格は国外に比べて高い。そうなるとチョコレートの販売価格も上がる。そこで、国内外の原料価格差を補整し、国際的に通用する製品価格を最終的に設定できるよう、国は原料用の牛乳と穀物について食品輸出業者に毎年約1億フラン(約114億円)の補助金を投じてきた。しかし、将来的に輸出の助成を全面的に禁じるWTOの農業協定に則り、スイスは2020年末までにチョコレート法の修正を強いられている。
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