銀行守秘義務を葬り去るFATCA
スイス連邦議会は間もなく、米国との間で結ばれる外国口座税務コンプライアンス法(FATCA)政府間協定の批准を余儀なくされる。米国はこれを通じて、自国の納税者の口座情報を全面的に透明にする考えだ。そうなれば、スイスの銀行守秘義務は事実上終焉したも同然だ。
この数週間、スイスの銀行守秘義務は国際的に攻め立てられている。主要20カ国・地域(G20)は、自動的な租税情報の交換を世界レベルで迅速に導入するよう要請。これに対応する国際基準を経済協力開発機構(OECD)が数週間以内に発表することになった。欧州連合(EU)もまた、税の透明化に向けた交渉を加盟国やスイスなどとの間で2015年から開始する予定だ。
ルクセンブルク、オーストリア、そして欧州から遠く離れたシンガポールまで、銀行守秘義務の砦は今や次々に陥落している。スイスもおそらく今年中に白旗を掲げざるを得なくなるだろう。連邦議会が正念場を迎えるのは6月中旬。スイスと米国の間で結ばれるFATCA政府間協定について討議される予定だ。
米国はこの規準を用い、納税義務を負う米国人の外国口座の情報を2014年以降すべて開示するよう世界の全金融機関に一方的に要求している。開示情報に含まれるのは口座の所有者、預金高、利子所得。米国のみでなく外国に住む米国人も対象となる。
ガラス張りの銀行顧客
協定によると、金融機関は口座情報を米内国歳入庁(IRS)に開示する前に、口座所有者の承諾を得なければならない。また、情報開示義務が遵守されない場合は、罰として、その口座の米国源泉の所得に源泉徴収(30%)が行われる。IRSはさらに、非協力的な銀行顧客の情報をまとめて報告するようスイスに要請する「グループ要請」もできる。
スイス政府はこの協定の意図を「半自動的情報交換」と見なしている。これにより、米国人顧客に対する銀行守秘義務は、事実上2014年1月1日をもって消滅する。「何をどう言おうが、残念ながらそういうことだ。FATCA導入で、米国との取引に『ガラス張りの銀行顧客』も導入される」と言うのは、ザンクト・ガレン大学で銀行経営を教えるベアート・ベルネット教授だ。
「とはいえ、スイスはこれまでもかなり『ガラス張り』だった。2001年の9・11米同時多発テロで、米国はテロリストの資金調達のネットワークを捜査するため、銀行顧客情報の開示を世界に求めた。以来米国は、スイフト(SWIFT)という金融機関の通信ネットワークや大手クレジットカード会社が米国に作っている電子計算センターを通じて、スイスと世界各国の国境を超える取引の情報にアクセスできるようになった」
米議会は2010年、米国人の租税回避地における脱税の阻止を目的として、FATCAを成立させた。
この法律により、米国はすべての外国金融機関(銀行、生命保険会社、投資ファンド、基金等。米国で活動していない外国金融機関も含む)に対し、米国で納税義務のある顧客の名前と情報の報告を要請する。
対象となるのは、在内外の米国人、米国に居住する外国人、一定額以上の資産を米国で保有する外国人。
金融機関は内国歳入庁(IRS)に申し出て、同法に沿った契約を結ばなくてはならない。金融機関はその契約に基づき、米国で納税義務のある顧客の名前と情報をIRSに報告する。
非協力的な顧客および金融機関に対しては、米国で得たすべての収入に対し30%の源泉税が課される。
抜け道はない
FATCAの実施に関する国際協定をめぐり、現在、他の欧州各国も対応に追われている。この協定が成立すれば、銀行機密を保つための抜け道は、事実上、ふさがれることになる。
スイス連邦議会は9月までに、政府が米国との間で取り決めた協定を承認するか、またはこれを棄却するかを決定しなければならない。スイスの金融機関が協定を実施しやすいよう対策が取られる見込みだが、スイスの銀行にとっては、たとえ米国で活動をしていなくとも、FATCAの回避は難しくなる。
情報開示が遅い、または米当局に対し非協力的な外国金融機関に対しては、米国の金融取引で支払われるすべての利子や配当に、罰として30%の源泉税が課される。そうなれば、外国金融機関がドルや米国の株および資本をあきらめざるを得なくなるのは必至だ。「(協定締結を)拒否することは理論的には考えられるが、実際には不可能。もし拒否すれば、スイスの金融機関は国際的な金融事業が行えなくなるだろう」と、ベルネット教授は言う。
ルツェルン大学のクリストフ・シャルテッガー教授(政経学)も同様の意見だ。「私の見解では、スイスが金融中心地でありたいのなら、国際ルールを順守する以外、道はない。どの銀行も、銀行間取引システムを通して他の銀行とつながっており、各銀行間の協力が欠かせない。もし、ある銀行が米国で、重い制裁につながるようなリスクを冒せば、その銀行は銀行間の国際協定から除外される。信用も失い、巨額の資本が流れ出てしまうだろう」
ヨーロッパでは、さまざまな国がモデルⅠに基いたFATCA政府間協定を結んだ。このモデルでは、自国の税務当局を通した自動的情報交換が中心となっている。
スイス・米国間で結ばれたモデルⅡでは、スイスの当局ではなく金融機関が、米国人顧客およびその口座情報を米国の税務当局に直接報告する。
金融機関は、顧客の名前を報告する際には、顧客から了承を得る必要があるが、名前を明かしたくない顧客(非協力的な顧客)の口座番号および口座残高については、報告義務を負う。
米国は協定国の当局に対し、非協力的な顧客の情報に関してグループ要請できる。
法による米国の帝国主義?
状況は明らかではあるが、スイス連邦議会ではFATCA政府間協定への反対が根強い。多少考慮する点があるが賛成だというのは、中道派政党だけだ。左派は、スイス政府が銀行の口座情報をスイスと米国間で自動的に交換する制度を早急に実施するのであれば、協定に賛成するとしている。「FATCAは米国の帝国主義を法律で表したもの。しかし、それが最終的に自動的情報交換に発展するのであれば、この協定の締結は正しい選択だ」と、社会民主党のカルロ・ソマルガ下院議員は話す。
一方、右派はこの協定に反対する。「我々は独立国家として、他の国や機関に迫られて独自の法律を変えることがあってはならない。ましてや、FATCA政府間協定には、米国の法律が将来改正された場合はそれを自動的に(スイスの法律に)適応するという条項も盛り込まれている」と、国民党のペーター・フェーン上院議員は主張する。
フェーン氏はまた、スイスはこのような形で銀行制度を変えることはできないと付け加える。「スイスの銀行はこれまで顧客に対し、プライバシーを尊重し、またそれを守ると約束してきた。だが、(FATCA政府間協定の締結で)突如としてすべての個人情報が米国に送られることになる。そうなれば、金融中心地としてのスイスの名声に傷が付く」
大きな穴
FATCA政府間協定がスイスに及ぼす影響はそれだけに限らない。この協定が締結されれば、スイスの銀行機密に大きな穴が開けられるため、EUも近々、独自の要求をスイスに迫ってくるとみられる。「スイスはEUに対し、米国とは自動的情報交換を行うが、ドイツとフランスとは行わない理由を説明するのに苦労するだろう」と、ルツェルン大学のシャルテッガー教授は話す。
ザンクト・ガレン大学のベルネット教授は、「スイスは今、金融中心地としての強みをさらに強化しようとしている。それはつまり、強い通貨、確固とした法制度、安定した政治制度、そして高い能力だ」と語る。そのため、銀行機密がなくとも、スイスの金融機関は外国の個人や企業に対し安心を保証できるという。
(独語からの翻訳 鹿島田芙美、小山千早)
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