香港デモ、スイス時計業界にジワリ打撃
香港は10月、長年培ってきたスイス時計の輸出先の地位を失った。中国本土の旅行者は、暴力的なデモや政治的不安定に陥った香港を避けている。スイスの時計の売上は激減し、業界を苦しめている。
スイス時計協会によると、10月の時計輸出額は世界全体で20億フラン(約2200億円)と、前年同月比1.5%増えた。ただ香港への輸出は約30%落ち込み、全体の足を引っ張った。
香港は10年以上にわたり最大の輸出先だったが、現在は主要国の中で米中に次ぐ3位に低下している。
2019年1~10月累積では対香港は前年同期比8.8%減と、まだ健闘している。ただこの数字はスイスからの輸出額だけを反映しており、輸出先国で消費者に買われたかどうかは分からない。在庫として積みあがっている可能性もある。
香港は関税も付加価値税も免除されているため、他のアジア諸国、特に中国への輸出の経由地として非常に重要な拠点だ。高級時計業界コンサルタントLuxeconsult外部リンクのオリヴィエ・ミュラー氏は「ブランドや価格帯により、5~7割売り上げが落ち込んだ」と見積もる。
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回復は遠く
香港を包む不安と不確実は、中国人の買い物客を怯えさせている。2015年の大規模デモも店舗の閉鎖をもたらし、地元の観光業に大打撃を与えたことは記憶に新しい。
デロイトで時計業界を担当するジュール・ブードラン氏は、「数カ月続いた現状がさらに悪化するならば、落ち込みも続く可能性がある」と話す。「いずれにせよ、雰囲気が落ち着いても香港が成長軌道に再び乗るまでには時間がかかるだろう」
ミュラー氏は楽観的だ。「短期的には心配されるが、平和と秩序さえ戻れば経済も正常化すると確信している。理想的には、一番の書き入れ時である中国の春節(1月25日)までにそうなってほしい」
他の市場を利する
スイスの時計メーカーにとって幸運なことに、香港デモにより中国人の高級時計の購買意欲が衰えたわけではない。
「他の主要なアジア市場は順調だ。香港へのショッピングツーリズムが減った代わりに、中国や日本、シンガポールに観光客が流れ、いずれも二ケタ台の成長を見せている」(ブードラン氏)
ミュラー氏は、高級品に特化した香港市場は今後も中国人観光客に人気の目的地であり続けると考える。スイス時計の半分は中国人観光客が買っているからだ。
ただ香港だけでなくシンガポールやソウル、東京も中国政府からの逆風にさらされている。中国政府は旅行先ではなく国内での消費を促すよう、いくつかの法的措置を発動した。時計の購入は自家使用のための1本だけに限定すること、関税引き下げなどだ。
輸入量の減少
対香港は苦戦しているが、スイスの2019年の時計輸出額は3%近く増える見込みだ。一方、輸出量は2千万本強で、昨年より300万本減ると予想されている。
単純に言えば、スイスの時計販売量は減少傾向にあり、代わりに価格が高騰し続けている。スウォッチのエントリーモデルですらスマートウォッチとの競争にさらされ、「スイス製」と表示するために厳しい基準を満たさなければならない。
「これはスイス時計業界が抱える主要問題だ。ロレックス(100万フラン単位)やオメガ(75万フラン単位)などいくつかの例外を除き、数量限定で最高級価格帯の製品を当てにできなくなっている。工場の稼働や資金調達にはより多くの数量を売らなくてはならない」(オリヴィエ・ミュラー氏)
ジュール・ブードラン氏は、「輸出数量でみるとクオーツ時計が7割を占めるが、輸出額にすれば2割だ。輸出量の減少はスイスの産業基盤に影響をもたらす可能性がある。中~高価格帯の時計を生産するブランドやコンツェルンは、ある程度生産価格が上昇する可能性がある」とみる。
ミュラー氏は、エントリーモデルの時計を取り巻く競争を放置しておくと、市場を席巻しかねないと述べる。「時計メーカーは自動車産業の歴史から、日本や韓国の競合を笑っていた欧米の自動車メーカーに何が起こったかを学ぶべきだ」
(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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