5月21日の国民投票で問われる新エネルギー法は、巨額のコストがかかるうえ、手の届かない目標を掲げ、これまでに例のない規模で国民をコントロールするだろう。また同法は電力供給における目下の問題を解決するどころか、さらに深刻化させるだろう。国の電力システムへの介入に反対する「エネルギー同盟」のルーカス・ヴェバー代表はそう語る。
このコンテンツが公開されたのは、
私たちの国には現在、素晴らしいエネルギー供給システムがある。だが、「エネルギー戦略2050」として知られる新エネルギー法はこれを乱し、重大な影響をもたらすだろう。
コストは2千億フラン!
電気にかかる費用は劇的に上がるだろう。国が太陽光発電および風力発電で生産された電力に支払う補助金は現在、8億フラン(約864億円)にのぼる。新エネルギー法が可決されれば、それは12億フランにまで膨らみ、その差額の費用は消費者の電気料金に上乗せされる。
新エネルギー法が可決された場合、政治家は再生可能エネルギー普及のための支出を増やすことができる。同法に「再生可能エネルギーを際限なく拡大する」という目標が掲げられているためだ。そうして、200メートルの高さの風力タービン(チューリヒの大聖堂の3倍の高さ!)が建設され、私たちの美しい国の姿が損なわれていく。
新エネルギー法はこうした問題を解決しないどころか、深刻化させる。
目標の実現にかかる総費用は、政府試算で約2千億フラン。これは国民1人あたり年間600フランを30年間支払ったときの金額、またはアルプスを縦断する二つの基底トンネル計画「アルプトランジット」総費用の10倍に相当する。
50年前と同水準のエネルギー使用量
新エネルギー法の下では、私たちはエネルギー使用量を大幅に下げなくてはならない。今日のスイスはすでに世界で最もエネルギー効率の高い国の一つだが、同法は私たちのエネルギー使用量を半分に、つまり1960年代の使用量と同水準に抑えようとしている(もちろん人口増加を踏まえてのことだ)。
それを達成するための方法は新エネルギー法には書かれておらず、同法が可決されれば、政治家は国民の了解を得ずに施策を決めていくことができる。それが厳しい規制や際限のない支出につながることは簡単に予想がつく。
国はまた、私たちのプライベートに介入するようになるだろう。例えば、新しいオイルヒーターの設置は禁止され、厳しい建築基準の導入により住居費が目に見えて高くなるだろう。緑の党の要求に従えば、燃料税の税率は極端に上がり、自動車や飛行機の利用が制限されるだろう。
最後には、電力供給の安全性が深刻に脅かされるだろう。太陽光および風力発電による電力生産は不安定であるため、私たちの電力需要を満たすことができない。需給のバランスを保つには巨大な蓄電設備が必要だが、現在はそうした設備がないうえ、あったとしても巨額のコストがかかる。冬は電力需要が特に大きくなるが、この季節は太陽光や風力による電力生産がほとんど期待できない。また、隣国も私たちと同様に電力システムを改革しているため、今後は電力を輸出できなくなる可能性がある。すると、スイスで全国的な停電が発生する恐れが出てくる。
政府はガス火力発電所の建設を視野に入れていたが、今はそれについて沈黙している。新たにガス火力発電所を設置したり、ドイツから石炭火力発電の電力を輸入したりすれば、ドイツにおいてもスイスにおいても二酸化炭素(CO2)排出量が増加するのは明らかだ。
代替案
目下のところ、スイスの電力事業者には破産や国営化の恐れがある。電気料金は値上がり、冬は輸入電力に依存することが増えている。だが新エネルギー法はこうした問題を解決しないどころか、深刻化させる。
そこで次のような解決策が挙げられる。まずは新エネルギー法に反対すること。不必要なダメージをこれ以上受けないようにするためだ。そして、政府に対し、応急対策として水力発電の拡大を直ちに求めることだ。そうすれば、信頼がおけてCO2を排出しない自国の電力生産が国民全員の利益として守れるからだ。
同時に、これは矛盾ではないが、立法者はエネルギー供給への関与を徐々にやめていくべきだ。なぜならば、そうすることで、今は市場の原理が事実上働いていない電力市場が活力を取り戻せるからだ。また、私たちの国を豊かに、そして強くした市場の原理が新しく開花できるからだ。
私たちのリベラルで、安全で、安価なエネルギー供給を維持したい人は、こうした理由から、5月21日の国民投票で反対票を投ずるだろう。
連邦工科大学チューリヒ校で電子工学を学び、エネルギー分析で博士号取得。2012年から13年までチューリヒ市発電所に勤務。コンサルティング会社Agentur Eを経営する傍ら、国民党主導で立ち上げられた超党派のネットワーク「エネルギー同盟外部リンク」を運営。エネルギー同盟は、新エネルギー法の是非を国民に問うため、レファレンダムを請求した。
※本記事で表明された見解は筆者のものであり、必ずしもスイスインフォの見解を反映するものではありません。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
続きを読む
おすすめの記事
日本とスイス 対照的な原子力政策
このコンテンツが公開されたのは、
東京電力福島第一原発事故から6年。スイスは2017年5月21日、原子力に拠らない未来をかけて国民投票を実施する。逆に当の日本は停止していた原子炉の再稼動に動き出している。この逆転現象の背景にあるのが直接民主制だ。
二国のエネルギー政策を取り巻く環境は共通する面が多い。日本とスイスはともに代表民主制を採る。輸出中心の工業立国であり、数十年間核エネルギーが重要な役割を担ってきた。2010年時点で両国とも原子力発電が電力総需要のほぼ3分の1を占めていた。
だが原子力の平和利用は核だけでなく現代社会を分裂させる。日本でもスイスでも、最初の原子力発電所の設立計画が動き出した1950年代、数百万人が危険な技術に反対してデモ行進をした。
もっと読む 日本とスイス 対照的な原子力政策
おすすめの記事
脱原発、再エネの技術革新と人間の創意工夫で10年後に可能とスイスの物理学者
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは21日、国民投票でエネルギー転換を図る政策「エネルギー戦略2050」の是非が問われる。これは、節電やエネルギー効率の促進、再生可能エネルギーの推進に加え、原発の新規建設の禁止を軸にしている。しかし、既存の原発の寿命には制限がないため、ゆるやかな段階的脱原発になる。では、40年といわれる原発の寿命はどう決められたのか?など、原発の問題点やスイスのエネルギー転換を物理学者のバン・シンガーさんに聞いた。
緑の党の党員で国会議員でもあるクリスチャン・バン・シンガーさんは、 物理の専門家として「世界の物理学者は戦後、原爆のあの膨大なエネルギーを何かに使いたいと原発を考案したが、二つの問題を全く無視していた。事故のリスクと核廃棄物の問題だ」という。
もっと読む 脱原発、再エネの技術革新と人間の創意工夫で10年後に可能とスイスの物理学者
おすすめの記事
スイスのエネルギーに望みをかける
このコンテンツが公開されたのは、
スイス政府が発表した「エネルギー戦略2050」が実現すれば、スイスは安全でクリーン、かつ安価なエネルギーが生産できるようになる。また、スイスのエネルギー 分野への投資は雇用を促し、国の成長や繁栄につながる。こう主張するのは、再生可能エネルギーおよびエネルギー効率分野の企業や事業者団体を統括するAEEスイスのジャンニ・オペルト会長だ。
もっと読む スイスのエネルギーに望みをかける
おすすめの記事
第1回世論調査 新エネルギー法は可決の見通し
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは5月21日、国民投票で新たなエネルギー法の可否が問われる。スイス放送協会(SRG SSR)の委託を受けた世論調査機関gfs.bernの行った第1回世論調査によると、61%が脱原発を定める新エネルギー法に賛成と回答。投票率は45%と予想されている。
新たに策定されたエネルギー法は、脱原発と再生可能エネルギーの推進を掲げるスイス政府の「エネルギー戦略2050」を土台にしたもので、連邦議会ではすでに承認されている。第1回世論調査によれば、回答者の61%が賛成、30%が反対で、まだ決めていないと答えた人は9%だ。
新エネルギー法は、スイス国内にある原子力発電所全5基の順次廃止に加え、再生可能エネルギーの促進と省エネ推進に焦点を当てている。安全なエネルギー供給を保証し、化石燃料への依存を減らすことが目的だ。
有権者はすでに意見形成
調査を請け負ったgfs.bernは、第1回調査結果はあくまでも現時点での傾向を示すものだとしながらも、同機関のクロード・ロンシャン取締役会長は6日の結果発表で、新エネルギー法が可決される可能性が高いと述べた。
確かに、投票に向けた各陣営のキャンペーンは始まったばかりで、今後何か動きがあるかもしれない。だが、今回の調査結果が覆えるほどの変化はないとみられている。調査回答者の52%が「今後意見を変えるつもりはない」と答えているからだ。
「スイスでは、定期的にエネルギー政策に関する国民投票が行われている。そのため、今の段階ですでに有権者の意見が固まっていてもおかしくない」と、政治学者でもあるロンシャン氏は言う。今回の77回目の世論調査結果発表を最後に会長の座を退く同氏によれば、現段階ですでに有権者の意見が形成されているのが、今回の投票のカギだという。「第1回世論調査の数字としては、今までになく高い数字だ」
新エネルギー法をめぐる議論の内訳では、将来につながる雇用創出の見通し(賛成73%)、身近な再生可能エネルギーの使用(61%)、脱原発(54%)などが大きな支持を得ている。
反対派では、官僚主義への批判(63%)、コスト増(56%)などが新エネルギー法反対の主な理由として挙がっている。だが一方で、新法の可決により国のエネルギー供給が脅かされると考える人は回答者のわずか37%に留まった。
どこから見ても可決の見通し
有権者の意見がすでに固まっているということが、新エネルギー法可決が予測される唯一の理由ではない。
政党レベルで見ると、反対を表明しているのは、今回の国民投票のきっかけとなるレファレンダムを起こした右派・国民党(党員54%が反対)のみ。無所属を含むその他の政党では、各政党で賛成が60%を下回ることはなく、左派政党に至っては、緑の党で賛成83%、社会民主党で87%と、驚異的な数字が出ている。言語地域間での意見差もほとんどなく、賛成はフランス語圏で68%、ドイツ語圏57%、イタリア語圏68%。
また、平均的な収入と教育レベルを持つ「中間層」で賛成が多いことも、新エネルギー法可決が予測される根拠になるとロンシャン氏は言う。
ロイトハルト効果
新エネルギー法賛成派には、大きな切り札がある。大統領を兼任するドリス・ロイトハルト環境・運輸・エネルギー・通信相だ。脱原発とエネルギー戦略2050を進める中心的人物であり、調査回答者の65%がエネルギー政策においてロイトハルト氏を信頼していると答えている。
ロンシャン氏は、「大統領に対する支持率がこれほど高いのは、スイスの特徴だ」と話す。「例えばフランスでは、オランド氏やサルコジ氏、シラク氏でも、支持率はすぐに20%以下に落ち込み、再び支持率が上がることはなかった。そう考えると、支持率65%というのは驚異的な数字だ」
gfs.bernは、「政府やロイトハルト氏に対する信頼度が、今回の国民投票で有権者の支持を勝ち取る上で大きな影響を与えるだろう」と分析している。国民投票に関する世論調査
スイスインフォの親会社であるスイス放送協会(SRG SSR)の委託を受けて、世論調査機関gfs.bernが実施。
今回は3月20~31日の期間に1203人が電話で回答した。誤差の範囲はプラス・マイナス2.9ポイント。
在外スイス人は、データ保護の観点から調査機関が個人情報にアクセスできないため、調査対象外になっている。
もっと読む 第1回世論調査 新エネルギー法は可決の見通し
おすすめの記事
スイス人の76%が原発に反対、しかし脱原発はゆっくりと
このコンテンツが公開されたのは、
「スイス人の76%が原発に反対している」という調査結果が先月末、発表された。昨年11月の国民投票にかけられた「脱原発イニシアチブ」は、54%の反対で否決されたものの、原発そのものにはこれだけの人が反対しているというのだ。ところが、この発表があった日、原子力発電を支持する右派・国民党が5万人を超える署名を集め、段階的脱原発や再生可能エネルギーの促進を目指す「エネルギー戦略2050」に反対するレファレンダムを起こし、国民投票の実施を求めた。
「脱原発イニシアチブ」の投票結果の分析を政府から依頼されたのは、VOTOという調査機関だ。VOTOによれば、イニチアチブに反対した人の多くは、イニチアチブが主張していた「2029年に脱原発する」という「期限」に反対したのであって、脱原発そのものに反対したのではなかったという。
もっと読む スイス人の76%が原発に反対、しかし脱原発はゆっくりと
おすすめの記事
段階的脱原発や再エネ促進など、スイスのエネルギー転換を国民に問う
このコンテンツが公開されたのは、
福島第一原発事故を受け、スイス政府はエネルギー転換を目指す改正法案「エネルギー戦略2050」を立ち上げ、昨年秋の国会でようやく成立させた。原発に関しては、新しい原発は作らないが既存の5基の原発の寿命は限定しないとする「ゆっくりとした段階的脱原発」を決めている。しかしこの法案に対して反対が起こったことから、最終的に5月21日の国民投票で国民の判断を仰ぐ。
エネルギー戦略2050は、 スイスの包括的なエネルギー転換を図るものだ。そのため、段階的脱原発だけではなく、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の促進やエネルギーの効率的利用を進めていく。政府の目的を一言で言えば、「スイス国内での十分で確実なエネルギー供給を保障し、同時に外国からの化石燃料の輸入を削減すること」だ。
再エネに関しては、太陽光発電や風力発電、バイオマス発電に加え、水力発電の促進も考慮されている。水力発電はスイスの主な発電源であったにもかかわらず、コスト面で採算が取れず最近赤字が続いていた。また、エネルギー戦略2050には、建物や自動車、電気製品のエネルギー効果を高める政策も含まれている。
ところがこうした大きなエネルギー転換に初期から反対していた右派の国民党が、エネルギー戦略2050に反対し、レファレンダムを起こした。レファレンダムとは新法が連邦議会(国会)で承認されてから、100日以内に有権者5万人分の署名を集めれば国民投票を行うことができる「権利」だ。
もっと読む 段階的脱原発や再エネ促進など、スイスのエネルギー転換を国民に問う
おすすめの記事
エネルギー戦略の是非をスイスの有権者に問う
このコンテンツが公開されたのは、
スイスの5カ所の原子力発電所を今後数十年かけて段階的に廃止するという新エネルギー戦略。その是非が有権者に問われる。
スイス国民党は19日、政府が2011年の福島の原子力発電所事故後間もなく立ち上げた「エネルギー戦略2050」に対するレファレンダムを申請した。
これまで100日間で集めた6万3千人以上の署名を提出し、全国投票に持ち込むという。投票は5月21日に予定されている。
もっと読む エネルギー戦略の是非をスイスの有権者に問う
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。