アカデミー賞を狙うスイス映画「Drii Winter(英題:A Piece of Sky)」
映画「Drii Winter(仮訳:3回の冬)」が米アカデミー賞の国際映画部門にスイス作品として出品される。ミヒャエル・コッホ監督は、同賞に向けたキャンペーンは特にストレスではなかったという。作品を完成させること自体が最大の難関だったからだ。
2020年初頭、スイス・ルツェルン出身の映画監督ミヒャエル・コッホ氏が当時「Ein Stück Himmel(仮訳:一欠片の空、英題A Piece of Sky。この英題は今も国際上映時のタイトルとして使用)」と題された新作を撮り始めた時、この作品が22年米アカデミー賞の国際映画部門にスイス代表として出品されることになるとは夢にも思っていなかった。事実、まず映画を完成させることに長らく手こずっていた。「新型コロナウィルス感染症対策の規制が始まった時点で、全体で70日の撮影日数の内、10日分しか終わっていなかった」とswissinfo.chに話す。
映画の一部でドキュメンタリー風のアプローチを採用していたため、時間はネックの1つだった。コッホ氏ら制作チームは、スイス・アルプス山脈のウーリの山々に暮らす地元住民の生活の撮影を計画していたが、その活動の中には季節限定のものもあり、撮影に少しでも遅れが生じれば、それは2年間の遅延を意味した。
コッホ氏はこの経験を振り返り、郵便配達員とゲストハウス従業員役の主人公、アンナと自身の間に共通点を見いだす。「アンナは、物事をすべてコントロールするのは不可能だという事実と向き合って生きていかなくてはならない。それは撮影現場における我々の経験と同じだった」
その反面、コッホ氏は――地理的、また映画的な――基本原理をアンナと比べて確実に、またはるかに熟知していた。アンナはパートナーのマルコとの関係を維持するため、幾つもの障害を乗り越えなければならない。特に彼の精神的な問題は、彼女自身が抱く、人里離れた場所に生きる孤立感に拍車をかける。それを中核とする同作品は、スイスのアルプスを舞台に、聖歌隊を備えた、非常に魅力的なギリシャ悲劇風に仕上がっている。
映画祭で高評価、映画ヒットに貢献
幸運にも、コッホ氏ら制作チームは、誰も新型コロナウィルス感染症にかかることなく、数カ月にわたる撮影を無事終了。その間、2020年のロカルノ国際映画祭でパンデミックの影響を受けた作品のために設けられた特別コンペティション「The Films After Tomorrow」の1本に同作品が選ばれたことで、同作品の認知度は急上昇した。実は「Drii Winter」(現在の作品タイトル)は、同コンペティションのラインナップの中で、スイス代表としてアカデミー賞候補に選出された2本目の映画だ。1本目は、2021年選出のエリー・グラップ監督の「オルガ」だった。
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「Drii Winter」の複数の映画祭への出品にあたり、アカデミー賞という要素はコッホ氏にとって更なるプレッシャーなのだろうか?「そうしたものは感じない」と同氏は言う。「作品は変わらず同じもので、自分もそのように感じている。ただ、アカデミー賞の話題は、劇場公開の助けにはなった。スイスのドイツ語圏では既に9月1日に映画館での公開がスタートしているが、今もまだ上映中だ」
8月初旬、2022年ロカルノ映画祭の開催中にアカデミー賞への出品がアナウンスされたことで、同作品は更に話題を集めた。以来、スイスのドイツ語圏では既に1万4千人がこの映画を鑑賞した。スイスのそれ以外の地域では、2023年初頭に配給スタートを予定する。ちなみに、「オルガ」のスイス全土の劇場での最終動員数は1万4106人だった(スイス映画配給協会の統計より)。
「Drii Winter」は、ベルリン国際映画祭でのM・ナイト・シャラマン監督ほか審査員による特別メンション受賞を皮切りに、次々に映画祭で成功を収めている。コッホ氏は、同作品の欧州ツアーの一環でウィーンに出発前、ベルギーのゲントからswissinfo.chの取材に応じた(その後、ゲント国際映画祭でのジョルジュ・ドルリュー賞最優秀音楽賞の受賞が発表された)。
11月、同氏はアカデミー会員の前で「Drii Winter」のプレゼンを行うため、ニューヨークとロサンゼルスに1週間滞在した。同作品に対する米国の反応について、コッホ氏は楽観的だ。「米国でのプレミア上映はシカゴ国際映画祭だったが、とても反響が良かった」
そしてトルストイの「普遍的でありたければ、自分の村について語れ」という言葉を引用し、スイスの「特定の」地域を物語の舞台とするが故の、普遍的な説得力が「Drii Winter」の強みだと語る。「それは、お決まりのスイスのイメージとは異なるものだ」
タイトルの変更
当初のタイトル「A Piece of Sky」に満足していなかったコッホ氏は、2人の主人公の関係をより適切に表現する題名を探していた。
「2人が共に過ごした3回の冬(に関連して)『Drii Winter』というタイトルに決めた。それは、同地域の人々が年数を数える方法だ。『Three Winters』では響きがあまり良くなかったので、英題は最初のままにした」
「Drii Winter」は、同氏のデビュー作「マリジャ」とはかなり異なる作品だ。「マリジャ」はドイツを舞台に低賃金で働くウクライナ人を描いたささやかな物語だったのに対し、「Drii Winter」はよりスケールが大きく大胆、かつ個人的な作品に仕上がっている。同氏は「自分は作品の舞台にした山々の出身ではないが、子供の頃から夏をそこで過ごし、今も休暇の度に訪ねている」と説明する。「そこでは、ハイキングやクライミングを楽しんでいる。そして、美しくも威圧的なこの風景と自分の関係性を伝えたかった」
「Drii Winter」の映画のロケーションと作品全体に通じる悲劇的な雰囲気から、スイス映画の金字塔の1本、フレディ・M・ムーラー監督の「山の焚火」がよく引き合いに出されてきた。喜ばしい引用だろうか?
コッホ氏は「確実につながりはある」と認める。「特に、ドキュメンタリーとフィクションの境界を探求している点で共通している。しかし、『Drii Winter』の制作中に特に『山の焚火』を意識していたわけではないし、同作品を見たのもずいぶん前だ」
ただ、同じく22年ベルリン国際映画祭でエンカウンターズ部門の最優秀監督賞を受賞したシリル・ウーブリン監督の「Unrueh(仮訳:調速)」を含む、現在のスイス・ドイツ語圏の映画は鑑賞したという。「我々の作品両方が今年のベルリン国際映画祭で選出されたのは素晴らしいことだ。スイスのドイツ語圏から興味深い作品が多く出てきており、その点で(スイス映画の)将来はかなり有望だと思う」
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:アイヒャー農頭美穂
Übertragung aus dem Englischen: Christian Raaflaub
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