スイスの視点を10言語で

サステナブルな布作りは「未来への責任」

紙巻き
渦巻き模様のレース「紙巻き」。19世紀に発展したケミカルレースの技術が使われている Kaoru Uda

日本を代表するテキスタイルデザイナーの須藤玲子さんは、伝統と革新を融合させた布地をこれまで数多く世に送り出してきた。須藤さんが織りなすサステナブルなアートワークには、スイス発祥の技術も光る。

熱で収縮する素材を使って、クラゲの群れが青い海を泳いでいるような加工を施した「ジェリーフィッシュ」。細いリボンを19世紀の技術で真紅のレースに生まれ変わらせた「紙巻き」。絹糸の生成過程で出る廃材「きびそ」で編んだ草鞋。ザンクト・ガレンの織物博物館で開かれている須藤さんの作品展は、アイデアあふれるものばかりだ。

日本人テキスタイルデザイナー、須藤玲子さんの作品展「Sudo Reiko—Making NUNO」がスイス東部ザンクト・ガレンにある織物博物館で9月18日まで開かれている。

伝統的な布製造と現代技術を融合させたサステナブルな作品を展示。使った素材、デザインのスケッチ画、試作サンプルも合わせて展示し、須藤さんの頭の中で生まれたアイデアがどのようなプロセスを経て形になっていったのかが視覚的に分かる工夫も凝らした。

須藤玲子さん
須藤玲子さん Masayuki Hayashi

シルクの廃物利用

須藤さんは、著名なテキスタイルデザインスタジオNUNO(東京都港区)のデザインディレクターを30年以上務める。NUNOはこれまで、日本各地に残る染織技術の伝統と新たな技術を組み合わせた独自の布地を作り続けてきた。須藤さんのテキスタイルはニューヨーク近代美術館(MoMA)に永久保存されるなど、世界で高い評価を得ている。

須藤さんのサステナブルな布づくりを代表するものの1つが、2008年に山形県鶴岡市の絹製造業者たちと立ち上げた「きびそ」プロジェクトだ。

「きびそ」は、蚕がまゆを作る時に最初に吐き出す糸のこと。太さが不均等でゴワゴワしているため布作りには適さず、スキンケア用品の材料などに回されていた。

この素材に注目した須藤さんが、同市の絹繊維製造業・鶴岡シルクと共に、きびそから細い糸を作り出す技術を開発。シルクと同等の保湿性、抗菌性を備え、かつ環境に優しい素材を生み出した。

kibiso
太くて硬い「きびそ」が細い糸に生まれ変わって行く過程 Kaoru Uda

日本は1900年初めまで、世界における絹の一大産地だった。だがその後は安価な中国産の流入や後継者不足などで衰退の一途を辿った。国内養蚕業の復活を手助けしたいーーそんな思いも須藤さんにはあったという。

開発から10年が過ぎ、きびそプロジェクトはブランドとして定着。バッグやショール、帽子が国内外で広く販売されている。

kibiso
きびそが使われている布 Jeremie Souteyrat, Japan House London

ケミカルリサイクルできる布づくりを

須藤さんがサステナビリティを意識するようになったのは、2000年に入った頃だ。

1990年代の日本はナイロンやポリエステルといった化学繊維が隆盛で、須藤さんも化学繊維にウールなどの天然繊維をミックスさせる「ハイブリッド」な布を作っていた。

だが2000年に入って原油価格が上昇。原油の有資源性もまた社会に大きな問題として突きつけられた。須藤さんは「素材を作るテキスタイルデザイナーが、(使用済み資源を化学処理し、再利用する)ケミカルリサイクルできない布を作るべきではない。よりサステナブルな布づくりをしなければならないと気づいた」と振り返る。

「2000年代は、私にとってはざんげの時代。循環型でない素材で作ったものは、ケミカルリサイクルできる素材に少しずつ変えていった」。1990年代、化学繊維真っ盛りの時代に作った「ジェリーフィッシュ」もそうだ。当初はポリ塩化ビニルを素材に使っていた。だが燃やすと発がん性物質が出ることを知り、ダイオキシンなどの有害物質を出さない生分解性のポリビニルアルコールに変えたという。

ジェリーフィッシュ
須藤さんの作品「ジェリーフィッシュ」。ポリビニルアルコールは60℃で縮む性質がある。須藤さんは熱可塑性の高いポリエステルタフタと組み合わせ、立体的なテキスタイルを作り上げた Lusher Photography 2019

スイス発祥の技術とのコラボ

渦巻き模様のレース「紙巻き」も廃物から生まれた。以前仕入れたナイロン・タフタの布に傷があったため、布地を幅4ミリと8ミリの細いテープ状に切ったという。

何かに使えないかと考えているうちに、アトリエの棚に積んであるロール紙が目に付いた。「その形が素敵だなと思った」須藤さんは、ロール紙をスケッチした。「そこでケミカルレースのことを思いついて、このリボンで何かできないかと考えた」

ザンクト・ガレン織物博物館によると、ケミカルレースは1883年、スイスで生まれた。絹などの地布に刺しゅうを施し、アルカリ溶液で地布を溶かして透かし模様のレースにする技法だ。

スイス東部地域は今でこそ、輸送・医療・航空宇宙分野で使われるテクニカルテキスタイルにシフトしたが、20世紀前半まではこのケミカルレースと機械刺繍で世界市場を席巻した。

須藤さんももちろん、そのことを知っていたといい「アルカリ溶液の中で布を溶かしてレースを作るという、そのアイデアに感激した」。目の前に積まれたたくさんのリボンが、ケミカルレースを作るのにぴったりの材料だと直感した。

須藤さんはスイスの伝統を、少し異なる手法で踏襲した。水溶性の下地に機械でリボンを縫い付け、水で溶かして透かし模様のレースに仕上げた。

紙巻き
水溶性の下地に縫い付けた刺繍。この下地を溶かすと、透かし模様のレースができる Kaoru Uda

未来への責任

生地デザインのエキスパートである須藤さんは、特にアパレル業界の環境汚染に憤りを感じている。ファストファッションの台頭で安価な合成繊維による大量生産・使い捨てが当たり前になり、アフリカには大量の衣料ごみがあふれる。低品質のフリース生地のパーカーは洗うたびに大量のマイクロプラスチックファイバーが流れ出し、海を汚染する。

フランスは世界に先駆けて、売れ残った新品衣料の廃棄を法律で禁じた。須藤さんは「業界全体の意識が変わっていかなければいけない」と話す。

須藤さんは「素材それぞれの命の閉じ方まで考えて、布をデザインする。それが布づくりをする人間の、未来に対する責任だと思っている」と話している。

テキスタイルデザイナー。茨城県石岡市生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社「NUNO」の設立に参加。現在は取締役デザインディレクター。東京造形大学教授。日本の伝統的な染織技術と先端技術を融合した新しいテキスタイルづくりを追求。作品は国内外で高い評価を得ており、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館などに永久保存されている。

編集:Mark Livingston

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部