スイス一高いロシュタワーは何を目指す?
スイス随一の高さを誇るバーゼルのロシュタワー。働き方が急激に変化し、オフィス不要論も出るなか、なぜ都市部にオフィスが増えているのか?
バーゼルの屋根の間からそびえ立つ巨大な細いサメの背びれのような高さ205メートルの高層ビル。スイスの製薬大手ロシュは昨年9月の第2ビル開業時に「世界で最もサステナブルなオフィスビル」と喧伝した。最もサステナブルで最も高いだけではない。外観も白く輝きエレガントだ。
驚くのは、一般向けにビルの高さではなく、ビルがサステナブルである点を前面に押し出していることだ。この50階建てビルの総工費は5億5千万フラン(約800億円)、合計3200人のロシュ社員が働く。205メートルというスイス一高いビルの新記録に関しては軽くしか触れていない。
オフィスでなければできない仕事が限られている今の時代に、オフィス用高層ビルが2棟も3棟も建設されるというのは、驚きに値する。
従業員の多くがほとんどの仕事をリモートやオンラインでできるなら、サステナブルなオフィスの全く新しい形が浮かび上がる。通勤は最小限に抑え、決められた仕事の時だけオフィスに行くようにするのが本当のサステナブルなのではないか?
例えば、便利だがどうしても距離ができるオンライン会議よりも対面での話し合いが望ましい場合にオフィスの利用が考えられる。
職場環境の専門家は従前から快適な自宅や山小屋でどれだけ生産的に仕事ができるのかを議論していたが、パンデミックの影響でオフィスの新しい概念が急激に発達した。新型コロナウイルスのおかげで長距離を移動することなく家で仕事をすることが突然日常的になり、在宅勤務が義務になった人も多かった。
現在オフィスとして使用されているロシュタワーの大部分が建設されたのはこうした状況下だった。設計図はパンデミックよりずっと昔に完成しており、建築現場ではひたすら計画通りにクレーンが壁や支柱を高く積み上げていった。
サステナブルな建設には、最新の建築技術と環境に配慮した建材を選ぶことが重要だ。しかしあらゆる場所で使われているコンクリートの木材への切り替えは、今のところ一部の低層家屋でしか進んでいない。建設業界は、建物の建設と維持に消費される資源を減らす努力をするしかない。
スイスの新記録を更新するツインタワー
ロシュのいわゆる「ビル2」は同社の2番目のビルと言う意味ではなく、スイスの高層ビルの記録を破る2番目のビルという意味だ。1番目はそっくりの大きな双子の弟ビルのすぐ隣に立っている。
「ビル1」は同じく白く、先細りの階段状のデザインで、ビル2と全く同じように見えるが高さは178メートルと若干低い。2016年にスイスの高層ビルの記録を破った。それまで最も高かったのは126メートルのチューリヒのプライムタワーで、5年間首位を維持した。
これらの高層ビルは、スイスで高層建築物と定義される25メートルを優に超え、記録を飛躍的に伸ばした。これに対する動揺が大きかったのは想像に難くない。しかしチューリヒやバーゼルの住民は数カ月で慣れ、すぐに落ち着きを取り戻した。
オフィスはまだ必要?
街並みの変化よりも懸念されるのがオフィスビルの内部だ。オフィスビルの需要は衰退しているようだ。企業はオフィスを縮小削減したがり、従業員は雑談のためにたまに出社すればいいと考えている。仕事は自宅の方がはかどるとは言わないまでも同じようにこなせるからだ。
そこで問われるのは、今後オフィスは何のために必要なのかと言うことだ。
スイスの名門家具メーカー、ヴィトラのノラ・フェルバウム外部リンク最高経営責任者(CEO)はオフィスをクラブのように使う未来像を提案する。「オフィスクラブ」はチェスクラブや討論クラブ、サッカークラブと同じように意見を交換し、所属意識を確認する場だ。会社は静寂ゾーン、個人ゾーン、共有ゾーンに分けて室内を設計する。
ロシュタワーの内部構造もオフィスはなるべく静かな部屋が並ぶ所ではないというトレンドを踏襲している。ロシュタワーを設計した建築家のヘルツォーク&ド・ムーロンは約50年前に米国で発達した「アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)」の理念を内部構造に取り入れている。これは固定された場所で働くという固定概念から組織を柔軟な形に変える試みだ。
ABWは現在ではロシュをはじめ多くの多国籍企業で空間デザインの基準となっている。新しいロシュタワーでオフィスが100%使用されているのかどうかは不明だ。同社広報部によると「部署ごとのオフィスの実質的な使用率を調査していない」そうだ。
いずれにせよロシュタワーは数千人分の席がある。ビル1は延べ床面積7万4200平方メートル(うちオフィス利用面積は5万8千平方メートル)で2千人が働く。ビル2は延べ床面積8万3千平方メートル(うちオフィス利用面積は6万1500平方メートル)で3200人が働く。ビル3の予想図は高さ221メートルで面積も従業員数もさらに増える。
ロシュはロシュタワーで働く従業員数よりも、ロシュタワーが同社の象徴として社員の結束を強めることを強調する。発表によると、ビル2は「社員を1カ所に集めるのに中心的な役割を果たす」としている。
計算方法で変わる「最もサステナブル」
ロシュタワーの建設計画で最も高く、最もサステナブルであることが重要だったことは間違いないだろう。しかし、最もサステナブルであることを追求したのはロシュタワーだけではない。
2年前に完成したチューリヒ美術館の新館も非常にサステナブルであることを前面に押し出している。もう少し小さい方が好ましいと考える人もいる中、大型建築物に対して優れた技術を用いることでサステナブルな建築を実現した。
ロシュがあらゆる媒体でサステナブルだと吹聴するビル2に対して、懐疑的な目を向ける人も多かった。例えば建築専門出版社「Espazium」は外部リンク、「このような超高層ビルのコンクリートの支柱に使われる『隠れエネルギー』(訳注:原材料の調達から製造、輸送、建設、解体に使われる総エネルギー)や周囲の建物の解体が迫っていること」は考慮されていない、と批判する。
それでも、ビル2はビル1の改良により資材を8%削減外部リンクできた、と建築技師のマーティン・シュトゥンプ氏は話す。
ビル3も計画されている。より大きく、高く、環境負荷も削減し、新たな最もサステナブルなビルになるだろう。だが全てがバラ色というわけではない。建築物がサステナブルであると認定される際の、その計算方法や情報データには疑問が残る。建築業界に環境アセスメントをより正確に計算するよう求める圧力が強くなっており、計算方法は近々変わるかもしれない。
高層ビルからクラブへ
新しいロシュタワーがサステナブルかどうかを議論する際、一つの疑問が浮かぶ。働き方が新しくなりオフィスビルが不要になったらどうなるのか?
オフィスをクラブとして使うなら、ロシュの敷地内にある小さな歴史的な建物でも可能だ。例えば、著名な建築家ローランド・ローンとルドルフ・サルビスベルクによる歴史的建造物は解体される運命にあるが、そこを利用することも可能になる。
使い古されたオフィスビルがリフォーム可能であることは、チューリヒの住居や商業用の部屋を良心的な価格で提供する財団「PWG」が証明している。チューリヒ市郊外のロイチェンバッハ地区、停留所「テレビ局前」近くにある1960年代に建てられたオフィスビル外部リンクが来年住居にリフォームされる予定だ。
改築に当たってはなるべく建物の構造を壊さないこと、つまりできるだけ建材を壊さず、できるだけ再利用することが重要になる。
これはロイチェンバッハの6階建ての鉄筋コンクリートビルでも簡単ではない。50階以上あるロシュタワーをどうリフォームできるのか、誰にも分からない。
ビルの利用目的を変えるには、相当な設計力が要求される。建築の持続可能性の点では優秀な成績を収めるのは間違いない。ただし新記録や「スイスで最も○○」を達成する可能性は低くなるだろう。
独語からの翻訳:谷川絵理花
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