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ファッション写真に自由をもたらした写真家ペーター・クナップ

ペーター・クナップ
スイス人写真家のペーター・クナップ氏 Thomas Kern/swissinfo.ch

スイス人ファッション写真家ペーター・クナップ氏は1960年代を鋭い目で切り取り、時代の先駆者となった。

チューリヒ州のヴィンタートゥール写真美術館に着くと、入り口の大きな窓越しにペーター・クナップ氏の姿が見えた。カウンターらしき台の向こう側で、積み上げられた展覧会カタログにサインしている。丁寧に手際よく、瞳にどこか誇らしさを携えて。

カタログの写真も、この美術館に展示されている写真も、91歳の同氏が一時代前に撮ったものだ。主に1960年代のパリで、モード誌エルのアートディレクター兼フォトグラファーとして働いていた頃にさかのぼる。会場とカタログの後半は、他の有名ファッション誌や雑誌の依頼で撮影した写真も並ぶ。カタログ最後の写真は1991年、ロレアルのために撮影したものだ。

クナップ
カタログにサインするクナップ氏 Thomas Kern/swissinfo.ch

1960年代の熱気

1960年代の熱気−−それを形作ったのが誰なのかは、言うまでもない。クナップ氏は様変わりする1960〜70年代を写真で表現した。自身のアイデアと写真でモードの世界に一大ムーブメントを巻き起こしたのだ。モデルたちはオートクチュール(注文服)を脱いでプレタポルテ(既製服)、あるいは大量生産された衣服にすら身を包んだ。このファッションの民主化と並行し、クナップ氏はモデルたちに日常の自然さを追求した。服が主役のスタジオ撮影はもはや行わなかった。じっと立つモデルをスタイリストが取り囲み、服を着せ替えるのではなく、モデルたちを連れ、スタジオの外へ、戸外へ、そして街へ出た。モデルたちは普段の生活と同じように、あるいはまるで映画のワンシーンのように動き回った。

美術館の壁に展示された現像写真、レイアウト、大判サイズの写真を眺めると、躍動する世界が見えてくる。そこにはファッションや様式を軽やかに飛び越えるダイナミズムがある。当時はまだ生まれていなかった現代の若者たちにもインパクトを与えるタイムレスな世界だ。

デッサンの精神

この展覧会は歴史的な面白さにとどまらない。クナップ氏もカメラのように目に見えるあらゆるものに対して鋭い感覚を持ち、まるであるがままの世界を画像で捉えるという考えにとりつかれているようだ。その目を通して、世界が見える。写真は、同氏にとって多くのメディアうちの1つに過ぎない。

クナップ氏は早くも13歳で風景画と油絵に情熱を見出した。学校の成績が優秀だったほうびに、画家の指導を受けた。

ペーター・クナップ
Thomas Kern/swissinfo.ch

「1951年、美術工芸学校を卒業してすぐパリに行った。エコール・デ・ボザールで学び、画家になるために。ところがチューリヒで学んだ知識が役立ち、グラフィックデザインの道にも進むことになった。入学直後から、親しくなったアーティストや画廊の依頼を引き受けるようになった」。同氏は1958年に開催されたブリュッセル万博のために複数のパビリオンをデザインしている。

ペーター・クナップ
エルの創刊者エレーヌ・ラザレフらと zVg Peter Knapp

写真を撮り続けながら、創作の原点であるデッサンをやめることはなかった。17歳の時にレオナルド・ダ・ヴィンチの本を買い、書名こそ忘れてしまったがその中の一文を座右の銘にしている。「着想は、それが描かれるまでは着想ではない」

ヴィンタートゥールでの展覧会は、以前同氏が写真財団に寄贈した写真を中心に構成されている。ファッション写真家だったエル時代とその後の1965年から1985年までの作品を中心に、絵画、オリジナル・プリント、レイアウト・スケッチ、資料を含む寄贈品は段ボール箱15箱に及ぶ。

展示を巡っている途中、同氏は大きく引き延ばされた1枚の写真の前で立ち止まった。1965年に発行されたエルの見開きページの複写で、すぐそれと気づいたことからも特に誇らしく思う作品なのだろう。「私はこの写真で時代の最先端に飛び出した。当時はまだ自動巻き上げ機能の付いた写真機がなかったので、(シネカメラの)パイヤール16mmフィルムカメラを使った。モデルの自然な動きを連続写真に分解しようと考えたんだ。モデルには階段を3度下りてもらって短いシークエンスを撮影したが、それだけで数百枚の写真になった。そうなると一つ一つの画像を現場でチェックするのは不可能だ。そこで、どの写真を使うかをライトボックスに載せたフィルムを見ながら決めた」

独語からの翻訳:井口富美子

*展覧会 “Mon temps”外部リンク はヴィンタートゥール写真美術館で2月12日まで開催中

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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