ブラジル・ボルソナロ大統領がチューリヒの舞台でマクベスに
ブラジルの劇作家クリスティアヌ・ジャタヒー氏の「Before the Sky Falls(仮訳:空が落ちる前)」は、裕福な国々―とりわけスイス―が、アマゾン破壊にどのように加担しているかをはっきりしたメッセージで届けてくれる作品だ。同作はブラジルのジャイル・ボルソナロ政権への、国際的な圧力の必要性も訴えている。
これは「宿命的な偶然」だった。ボルソナロ大統領が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に適切な対応を取らなかったとする批判的な調査報告書を、ブラジルの議会上院が10月27日、発表した。70人超の政府関係者が告発され、大統領自身も人道に対する犯罪を含む9つの罪で訴追を求められた。ジャタヒー氏の新作がチューリヒ劇場で初演を迎えたのは、まさにこれと同じ日だった。
チューリヒ劇場の舞台では、スーツ姿の白人男性5人が大いに酒を飲みながら、30億ドルの契約成立を祝っている。事業内容ははっきりしないが、遠回しに木材伐採、金の採掘、アグリビジネスとの関連をほのめかしている。
熱帯雨林のシェイクスピア
同作の脚本は、シェイクスピア作品「マクベス」の翻案をベースに、ダビ・コペナワ氏の著作「A Queda do Céu(仮訳:落ちゆく空)」を引用している。コペナワ氏は、ブラジルの先住民族ヤノマミのリーダー。ヨーロッパの諸機関とジュネーブにある国際連合にブラジル先住民の苦境を訴えるキャンペーン活動でスイスを訪問しており、その一環で劇の初演にも出席した。
ジャタヒー氏はボルソナロ大統領の公式声明からの文言も脚本に挿入し、ソーシャルメディアで話題になった昨年の閣議からのフレーズも引いている。同氏はその意図をこう説明する。「ボルソナロ大統領の悪行は陰謀論などではなく、実際に起きていること。それはリークされた閣僚会議の映像からも分かります。映像では、環境相(リカルド・サレス氏は森林と先住民族の「敵」として悪名高い)が、パンデミックに注目が集まっていることを利用し、森林破壊を更に進めるべきだと進言しているのです」
ジャタヒー氏は、この作品はブラジルで起きている悲惨な事態を認識してもらうためのマニフェストであり、国際社会の助けを請う叫びであると強調する。「私の作品は常に政治的なものでしたが、16年のジルマ・ルセフ元大統領の弾劾裁判以降、こうした告発的行為は不可欠なものになりました」。更に同氏は「政治的側面はもちろん、私たち国民に影響を与えます。しかしこの問題はブラジルに限らず、私たち全員の未来を深刻な危険にさらすものです。アマゾン破壊は世界共通の関心事と言えます」と付け加える。
国際的な無関心
国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)を前にして、ボルソナロ大統領政権に対する大きな国際的圧力が実質的に見られなかったことは、驚きに値する。同政権の発足以降、過去最高レベルの森林破壊が進行している。大統領は当選以来(それ以前にも何度も)、ほぼ毎日のように刑法や憲法を踏みにじってきたが、それでも罰を全く受けずに済んでいる。更に、同氏の家族は組織犯罪、民兵組織、汚職スキームと深く関わっているともされる。
「しかし、ボルソナロ大統領は道化役に過ぎません。変える必要があるのは、システム全体です」。ジャタヒー氏は初演前夜、swissinfo.chにそう語った。実際、ボルソナロ大統領の手法はドナルド・トランプ前米大統領がよく使っていたものと似ている。自身の支持基盤を成す様々な利益団体がコネを利用して裏で画策する間、世間の注意を別の方向に引きつけておくというやり方だ。
ルセフ元大統領の弾劾以来、6200〜1万3500人の退役・現役軍人が政府や国有企業の文官職に就任(数は情報源により大きく異なる)。16年時点で陸軍参謀だった17人中14人が、現在は政府の重要ポストを占める。既に脆弱化した民主主義の上に、こうしたことが重なった。
ボルソナロ大統領は大統領選挙での公約を全て実行している。労働者の権利や年金制度の弱体化、あらゆる文化・芸術系の政府機関の解体、マイノリティー軽視、銃規制緩和の推進などだ。環境モニタリング・執行機関は小規模なものさえ解散し、公有地や先住民居留地を伐採業者や採鉱業者、土地を略奪しようと狙う者たちの格好の餌食にしている。
ジャタヒー氏は「現在ブラジルの数多くの場面で――アマゾンに限りませんが、特にアマゾンで起こっている、破壊的な動き。これを押し戻すための今唯一の希望が、国際的な圧力なのだと気付いてもらうことが重要です」と話す。「違法な伐採や採掘には多くの利害関係者が絡んでいますが、その連鎖は国境をはるかに越えて広がっています。国際的な反応がこれほどまで抑制されているのは、疑いなくそれが理由でしょう。例えば、違法に採掘された金は輸出され、裕福な国々――特にスイスで『洗浄』されているのです」
検閲なき検閲制度
文化芸術はボルソナロ大統領の政策の一番のターゲットだ。実際、大統領は過激化を見越した上で、いわゆる「文化戦争」による対立拡大を基礎とした選挙活動を展開し、ポピュリズムを煽るアピールを行った。ジャタヒー氏は「森林だけでなく、ブラジルの文化施設、そして国の記憶までもが燃えています。比喩ではなく、現実に燃えているのです。ボルソナロ大統領の当選以降、国の2大文化施設である国立博物館と国立フィルム・アーカイブ(シネマテッカ)が火災によって破壊されました」と述べる。
こうした状況に更にパンデミックも加わる中で、ブラジルの芸術関係者は、直近の軍事独裁政権下(1964〜85年)でも見られなかったような実存に関わる困難に直面している。同氏は「検閲制度はもはや必要がなくなりました」と語る。「政権は単に、芸術的創造を支援するメカニズムを解体し、あらゆる資金援助を打ち切ってしまうのです」
チューリヒ劇場に戻ると、「Before the Sky Falls(仮訳:空が落ちる前)」でのマクベスとボルソナロ大統領の関連付けは、時には多少無理があるものに思えるかもしれない。しかし、劇中で度々繰り返される「マクベス」第4幕からの予言の引用は、不吉な響きを持つ。
「マクベスは決して滅びないだろう
大バーナムの森が高いダンシネーンの丘まで上がり
彼に向かってくるまでは」
言い換えれば、予言は「暴君は、森が彼に向かい進軍してくるまでは、決して倒されることはないだろう」と語る。聞いたマクベスは「そんなことは決して起こらない」と取り合わず、一笑に付す。ボルソナロ大統領も自らの宿命に異議を唱え、自分が退陣するのは「死ぬか、逮捕されるか、または勝利した」時のみだと発言している。自らの反知性主義的なスタンスを誇り、シェイクスピアを読んだことがなさそうな人物にしては、実にシェイクスピア的なセリフだ。
リオデジャネイロ生まれ。パリ・オデオン座、チューリヒ劇場、アーツ・エマーソン・ボストン、ミラノ・ピッコロ座のアソシエイトアーティスト。「Before the Sky Falls(仮訳:空が落ちる前)」は同氏による「Trilogy of Horror(仮訳:恐怖三部作)」の第2部。第1部はラース・フォン・トリアーの「ドッグヴィル」をベースに、ファシズムのメカニズムを題材とした「Entre chien et loup(仮訳:犬と狼の間)」。リオデジャネイロで製作中の第3部「After the Silence(仮訳:沈黙の後)」は奴隷制の問題と、構造的人種差別に対するその影響を探る。
(英語からの翻訳・アイヒャー農頭美穂)
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