ランビエール、高い芸術性をショーに具現 観客を酔わせる
プロフィギュアスケーターのステファン・ランビエールがプログラムから照明まで、すべてを監督したアイスショー、アイス・レジェンズ(Ice Legends)が18日、ジュネーブで開催された。繊細で芸術性の高い表現を目指すランビエールの哲学が「基調音」となって全体に流れるようなショーに、会場は酔いしれた。「氷上のプリンス」はこうした経験でさらに一歩前進。王者の風格を感じさせた。
ショーが終わった瞬間、観客は総立ちになりブラボーの声と拍手を送った。それは、感動の拍手であると同時に、ランビエールに「よくやった」という温かいエールのそれでもあった。
「フィギュアスケーターを選んで招待し、プログラムもそれぞれに提案。何人かには振付けもし、音楽や照明に至るまですべてを監督するショーをやりたいと、随分前から考えていた。来年4月には30歳になる。その前にこの夢を実現したかった」と、ランビエールはショー2日前のインタビューで語っている。
日本・スイス国交樹立150周年記念として開催するのは、日本のファンにいつも熱く迎えられたことに対し、このショーでお礼をしたかったから。それに、「日本は、建築や食文化などすべてに繊細さがあり、行く度に刺激を受ける。また日本のフィギュアスケート界はここ10年で急速に成長し、今や世界一。その発展と共に過ごせたという幸福感がある」
ランビエールが、すべてを監督するショーをやるのは自然な流れだ。もともと、オリンピック出場のときでさえ、「フリーは自分でまずコンセプトを決めてから曲を選び、衣装も自分でデザインする。振付家サロメ・ブルナーと曲から受ける感情をどう形にしていくか話し合って決めていく」とスイスインフォに対し答えていた。
こうした創造的・芸術的才能に加え、「フィギュアスケートを技術だけに閉じ込めず表現力の高いものにする」というコンセプトを絶えず追求してきたランビエールをスケート仲間も高く評価し、このショーに選ばれたことを誇りにしている。
安藤美姫はこう言う。「ステファンという芸術性の高いスケーターから招待され、トップレベルのスケーターと共演できるのは幸せで、すぐ承諾した。たとえ1日のショーでも東京からやってきた」。フランスのナタリー・ペシャラは「要するに、ステファンが演技で見せるわずか4分の創造性と芸術性を、観客はこのショーで2時間たっぷり味わえるということだ」と一言にまとめた。
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コストナーのあの歴史的瞬間
ただ、こうしたランビエールの才能はそう単純なものではない。ランビエールには、友人のスケーターたちの個性と才能を見抜く力、さらに、彼らの最高の演技の瞬間(それはスケーターの人生を変えるような瞬間)を彼の審美眼で選び抜く力がある。また、この瞬間がフィギュアスケートの歴史に与えるインパクトや意味さえも理解している。
だからランビエールは、出演者の1人だったイタリアのカロリーナ・コストナーについてこう言う。「カロリーナはフィギュアスケート史上最もエレガントなスケーターだ。彼女がソチで演じた『アベ・マリア』は最高だった。それをユーチューブだけで見るのは残念だといつも思っていた。だから、それをライブで、しかもさらに成熟した演技で観客に届けたいと思った」
確かに、コストナーの「アベ・マリア」は今回のショーでも光輝いた。純白の衣装が風になびき、長い手足で優雅な線を描くその演技はアベ・マリアの曲にのって崇高でさえあった。
もう一人、歴史的瞬間を再演したのがサラ・マイヤーだった。今回は緑と赤のくっきりとしたデザインの衣装で雰囲気をがらりと変え、より自由により繊細に演技した。マイヤーは、ランビエールにとってはスイスチームの仲間で2002年からともに戦ってきた戦友。「彼女が現役から引退すると決意して臨んだ、2011年ベルンの欧州選手権。そこで踊った『アメリのワルツ』は、自由になった彼女が最高に輝いた瞬間。忘れられないものだった」とランビエールはコメントしている。
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鈴木明子の存在感は月光のよう
こうした歴史的瞬間に加えランビエールの才能が最も発揮されたのは、彼自身が振付けたプログラムだった。その一つが、鈴木明子が演じたドビュッシーの曲「月光」。「明子は小柄だけれど、その存在感は月光のようだ」とランビエールが表現したように、鈴木は月の光に変身し、キラキラと青い光をなびかせ、時に影を落とし、時に円を描き、点となって、空間を移動していった。それは、ベルリン在住の日本人ピアニスト、福間光太郎の繊細な音に完璧にのったものだった。
安藤美姫は、ランビエールの振付けではないが彼が提案した溝上日出夫の「子守歌」を演じた。それは、(筆者の知る限りでの)激しく情熱がそのままストレートに出る今までの演技とは対照的な、ためらうような、優しく触ってみるような、やわらかさが溢れる演技で、観客は静かに魅了された。
ランビエールは「この子守歌は美姫にしかできない」」と言い、それに応えた安藤は、この曲に託す気持ちをこう話している。「子どもはいろいろな新しい世界を見せてくれる。例えば日本のお母さんたちとつながりができたりする。そして、優しい気持ち、素直な気持ちにもさせてくれる。そうした感情を表現したいと思う」
未来へ
そして、ランビエールが福間の演奏で演じたラフマニノフの「前奏曲(プレリュード)op.23 no.5」は、ただ圧巻の一言だった。技術的にミスは一つもなく、手や上体のちょっとした動きに情感が溢れ、成熟さと自信がうかがえる。
それは、彼が追求する「フィギュアスケートを芸術性の高いものにしたい」という夢、それを今回、芸術監督としてショーの形で一つ実現できたことから来る、自信に裏付けされているからかもしれない。
今後もこのようなショーを続けていく予定かとの質問に、「もちろん、これ1回で終わらさせたくない。スイスでもやっていきたいが、2回目の『アイス・レジェンズ』は、ぜひ日本で実現させたい」という答えが返ってきた。
アイスショー「アイス・レジェンズ(Ice Legends)」
ステファン・ランビエールの生まれ故郷、スイス・ヴァレー(ヴァリス)州のサクソンに事務所を開設し、自ら監督・演出家として立ち上げた「実験的な」アイスショー。
スイスには、有名なアイスショー「アート・オン・アイス」がある。今回アイス・レジェンズに協力したサラ・マイヤーは、「アイス・レジェンズは、アート・オン・アイスとはまったく違うコンセプトのもの。スイスには、この二つが共存する『ゆとり』が十分ある」とコメントしている。
出演者は、友人で、表現力に富むとランビエールが考える世界一流のスケーターたちだった。日本からは、安藤美姫、鈴木明子、織田信成。ヨーロッパからは、カロリーナ・コストナー、サラ・マイヤー、かつての競争相手とランビエールがコメントしたフランスのブライアン・ジュベールなど。また、ロシアからアレクセイ・ヤグディン、カザフスタンのデニス・テンなど13人。
今年学校を開設し、若い才能の育成にも情熱を注ぐランビエールは、ショーに若いスケーター(日本、スイスから各2人ずつ)を招待した。日本人は、本田真凛(まりん)と島田高志郎。
「若い人がショーを経験することはとても良い勉強になる。日本は技術に力を入れがち。だからこそ、小さい時からショーに出演するのは、表現力を身に着ける上で大切」とランビエールは述べている。
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