ローザンヌバレエ、ゴヨ・モンテロさん 何かを語る動きをすれば内面性が湧き出る
ローザンヌ国際バレエコンクールの2日目、振付家でニュルンベルク・バレエ団の芸術監督、ゴヨ・モンテロさんが生徒を指導している、その動きの美しさ、リズム、集中力。生徒たちの緊張感。それらが一体となって、まるで一つの作品を見るようだ。コンテンポラリーダンスでは「何かを語る動きをすれば内面性が自然に湧き出る」と語るモンテロさんに、彼の作品の意味やコンテンポラリーを踊るための態度などについて聞いた。
「手で足先から伸びた糸を引っ張るような気持ちで」。「ここはさっと床を斜めにすべって」。モンテロさんが次々に出す細かな動きの指示は、30、40カ所もある。わずか2、3分の作品に対してだ。
この女子のための課題作品の名は「バソス・コムニカンテス(Vasos Comunicantes)」。バッハの静かな曲に乗って、細かな振りがパズルのように組み合わさり、節目を作り、同時に一瞬に流れるような作品だ。
バソス・コムニカンテスとは、シュールレアリズムの騎手アンドレ・ブルトンの詩集のタイトルであり、「二つないしはいくつかが、相乗効果を発揮しながら一体となるコミュニケーション」を意味する。では、ここでは何と何がコミュニケーションしているのだろうか?また、作品全体は何をイメージしているのだろうか?次々に浮かぶ疑問をモンテロさんに投げてみた。
swissinfo.ch: 「バソス・コムニカンテス」は何を表現しているのでしょう?先ほどコーチを受けた日本人ダンサーが、どんな顔の表情で踊ったらいいのかわからないとも言っていました。
モンテロ: これは、人間ではなく妖精とか精霊といった存在の踊りだ。こうした存在なので、初めから悲しそうにとか楽しそうにとか、意図して顔の表情を作るのではなく、動きに集中してバッハの曲の「音楽性」を正しく表現しようとすれば、精神性が高まり自然に表情が内面から湧き上がってくる。
音楽に体を任せ、水の精霊となって水の流れと一体になるように動くと正しい感覚をつかむことができる。
swissinfo.ch: 精霊ということですが、一方で「一体となるコミュニケーション」というタイトルです。何と何がコミュニケーションして一体となるのでしょう?
モンテロ: これは、タマラ・ロッホのようなトップダンサーのために作った作品。上演では毎回バッハを生演奏でやってきた。そこでは、楽器、演奏者、ダンサー、振り付けの間で相乗効果が起こり、一体となっていく。ダンサーもコンテンポラリー(以下、コンテ)が得意かクラシックが得意かで動きが違ってくる。そうした毎回違うコラボでの、言葉のない世界での、コミュニケーションだ。
一方で、この作品は非常に抽象的なもの。(ローザンヌでも)各々のダンサーが自由に解釈して、そこからそれぞれの個性が出てくる。それもこの作品の「楽しさ」だ。
swissinfo.ch: 自由な解釈ということですが、厳格な個々の動きの指導も先ほどありました。この二つの間の関係は?
モンテロ: 厳格に個々の動きを指示するのが僕のやり方。全てのダンサーは、音楽に合わせ僕の振り付けを正確に理解して欲しいからだ。
その上で出てくるダンサーの個性は、僕がコントロールできるのものではない。その個性が様々に表れるのが素晴らしいことだ。これは27、8歳の成熟したダンサーのためのものだが、16、7歳の「子どもたち」は、他のフィーリングで解釈していく。そして、厳格な振りに10~20%の個性を付け加えてくれる感じだ。
swissinfo.ch: 悲しみに満ち背中を観客に向け歩いていく姿が印象的な、男子の課題作品「デスデ・オセロ(Desde Otello)」においても、厳格な動きの習得と個性のバランスは同じですか?
モンテロ: 同じだ。だが、この作品ではさらに、シェークスピアの作品「オセロ」の主人公が妻を殺す、その暴力性、男性の女性に対する暴力性を理解していないといけない。彼は、実はやさしさと弱さも併せ持ち、この側面を強さの裏に隠している。
デスデ・オセロを作った年に、私の国スペインでは17人もの女性が夫に殺される事件が起こった。しばしば、男性は弱さを隠すために妻を殺す。
ダンサーが背中を観客に向けて歩くのは、感情を隠しながら内部にとても重いものを抱えていることの象徴だ。
swissinfo.ch: では、まとめとしてコンテを踊るための姿勢というか、心構えのようなものがありますか?
モンテロ: コンテを踊るには、動きに正直で忠実であることだ。だが、単に動くのではなく、意味のある動き、つまり何かを伝える動きをすることが大切だ。すると自然に内面が出てきて、美しいものになる。
しかし、それまでには長いプロセスがかかる。振りを理解し、コピーし、十分に消化して自分のものにしていく。そうした上で、自分のものを出していく。
ただ、ローザンヌでは、期間が短いので、なかなか難しい。テクニックだけに集中した方がよいと思う。
swissinfo.ch: ところで、モンテロさんはコンテの作品を作るとき、まず何からインスピレーションを得て、どう振りを付けていくのでしょうか?創作の過程を教えてください。
モンテロ: 振り付けの素晴らしいところは、ルールがないこと。「オセロ」のように「女性への暴力」といった主題から入っていくときもあれば、もっと抽象的な作品で、例えばここにあるテーブルと椅子をテーマにしたいとか、または音楽からインスピレーションを得る場合もある。
今、ベートーベンの「ソナタ」で作品を作っている最中だ。これはまず音楽があって、それにストーリーを入れ込んでいき、同時に振り付けも考え、その後照明のコンセプトができてダンサーを選ぶ。ところが、毎日のように新しいアイデアや発見があって、振り付けや作品そのものが変わっていく。例えば、初めに考えた振りが、ダンサーに合わなかったりするからだ。
「これではダメだ。では違う『ドア』を開けてみよう」という風に、次々に違う「ドア」を開けていって、初めの考えとは、まったく違うものになったりする。しかし、それが素晴らしいのだ。
swissinfo.ch: さて、モンテロさんは過去3年間毎年ローザンヌにボランティアで来て、全力投球で指導にあたっています。こんなに大変なことを続けることの理由は?
モンテロ: 1994年にローザンヌで入賞し、ここで得たものは大きかった。だからお返しをしたい。また、若いダンサーが振りを吸収しようと必死で踊る姿は、実は僕にとって大きなプレゼントになる。反対にエネルギーをもらうから。
それに、作品を放りだしたままにしたくない。自分の内部と深くかかわる作品なので、できる限り正しく伝えたい。だから世界のどこにでも出かけていく。
swissinfo.ch: 最後に、ローザンヌのかつての入賞者であり、トップの振付家として、若いダンサーにアドバイスをいただけますか?
モンテロ: とにかくリラックスして楽しむことだ。ここはコンクールではなく、学びながら経験をする場、ワークショップと言った方がいい所なのだからだ。
皆は、ダンス人生のスタート地点に立っている。すべての可能性が広がっている。ステップができなかった、ころんでしまったなどは、まったく問題にならない。すでにここに選ばれてきたことで、大きな成功をなし遂げていて、入賞するか否かは二の次だ。たとえ入賞しなくても、ここに選ばれただけで仕事は必ず見つかる。だからリラックスすることだ。
同じ年代の世界のダンサーと仲良くなり、トップのダンサーや振付家に出会えることがプレゼントになる。ここでの出会いは、(僕の場合がそうであったように)これからのダンス人生にずっと寄り添ってくれるものだからだ。
ゴヨ・モンテロ(Goyo Montero)さん略歴
マドリッド生まれ。カルメン・ロッホダンスセンターでダンスを学ぶ。
1994年、ローザンヌ国際バレエコンクール入賞。
ベルリンのドイツ・オペラのプリンシパル。
2008年よりニュルンベルグ・バレエ団の芸術監督、振付家として、年に2回作品を作る。また、世界の有名なバレエ団のために多くの作品を制作し、(Premio Nacional de Danza 2012など)数々の賞を受賞している。
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