動物考古学 骨の研究から見える世界
動物考古学と聞いても、ピンと来ない人が多いはず。考古学と動物学が出会うこの知られざる学問を紹介すべく、ジュネーブ自然史博物館が展覧会を企画した。一体、どんな学問なのだろうか?
動物学者のルイ・シェ氏が同館に動物考古学課を創設したのは1982年。開催中の40周年記念展は、認知度の低いこの学問の活動や研究目的を詳しく紹介している。
動物考古学の分野で、同館は世界でも指折りの施設だ。5千体超の骸骨を収蔵する「骨学資料室」の規模はスイス最大で、欧州でもトップ10に入る。
記念展の共同企画者で考古学者のミラ・ミュズィー氏は、収蔵品についてこう説明する。「古くから受け継がれてきたもので、年月をかけ徐々に増えていった。シェ氏は当初、古脊椎動物学課の中に動物考古学研究室を作ったが、同学課はすでに動物の骸骨を多数収蔵していた。その後、研究に必要になった骸骨の寄贈を受けたり購入したりして、収蔵内容が充実していった」
独立した学術分野
動物考古学は19世紀に誕生し、20世紀に発展した。簡単に言うと、考古学の中でも動物の骸骨を研究する分野だ。考古学との結び付きを持つ動物考古学は、分野として独立しており、動物学や古生物学とは異なる。
ジュネーブ自然史博物館の研究員で動物考古学者のジャン・クリストフ・カステル氏は、こう説明する。「古生物学の研究対象は動物とその進化だが、古環境の復元にも及ぶことがある。動物考古学が着目するのは、動物界と人間活動の相互作用だ。これは、例えば食料生産や技術の多様化を理解するのに役立つ」
動物考古学者は、骸骨の研究を専門とする考古学者だ。同氏はこう続ける。「考古学は極めて特殊な学問で、どの研究者にも好みの専門分野がある。私の周りには、火打ち石や陶器を専門とする考古学者がいる。私自身は骸骨の専門家だ」
価値ある情報源
研究対象の時代が古くなればなるほど、動物考古学は情報源としての重要性を増す。文字が存在せず、道具の製造や建築物が少ない先史時代はなおさらで、骸骨の研究はその時代を詳しく知る方法の1つとなる。記念展の案内には「動物考古学者の貢献なくして、我々はネアンデルタール人やクロマニョン人の生活様式や、オオカミ(犬)、ハト、ネコ、更にはヒトコブラクダの家畜化について、ほとんど何も知ることができないだろう」とある。
ヌーシャテル湖の南に位置するグランソンでは、ある建設プロジェクトの一環で緊急に発掘作業が行われ、骸骨が見つかった。調査を担当した動物考古学者のパトリシア・シケ氏は、こう話す。「紀元前2700年の湖畔遺跡が非常に良好な状態で残っており、深さ1.5~2メートルの位置に15カ所の集落が続いていた。私の手元には、驚くほど保存状態の良い資料があった。新石器時代末期に当たるこの時期、同地域ではすでに牧畜技術が確立されていたが、骸骨を調査した結果、住人は依然として大量の野生動物を狩猟していたことが分かった」
新石器時代初期のアルプス山脈における牧畜の起源も研究しているシケ氏は、この研究は「牧畜の方法を深く考察すること」だと話す。「骨があれば、家畜の種類や飼育目的などを解明できる。私が他の動物考古学者と共同で行っている歯の同位体分析では、歯による発育の違いが分かるため、場所の移動に伴う食物の変化を明らかにできる。放牧地を変えるため、平地・高地間を移動したのだろう」
しかし、骸骨の研究は、大昔にまつわる情報だけを掘り起こすわけではない。最近の出来事の調査にも役立っている。カステル氏は「20世紀の遺跡でも、考古学の発掘調査が行われている。第一次世界大戦の遺跡がその一例だ」と話す。「馬をはじめとする動物たちが非常に大きな役割を担っていた。大戦初期は、国立の種馬飼育場から高品質の馬が送り込まれたが、その後は代わりに車を引く馬が利用されたことが分かっている。こうした事実を突き止められるのは当然、動物考古学者だ。考古学者は、馬の骨と牛の骨を誰よりもうまく区別できるのだから」
多くを語る、一片の骨
たった一片の骨が歴史の説明に一役買うとは信じがたくも思えるが、鍛錬を積んだ研究者は、素人の目に見えないものに気がつく。カステル氏は、ジュネーブ自然史博物館のカフェテリアでポケットから1つの骨を取り出し、ちょっとしたプレゼンをしてくれた。
「見た目はあまり良くないが、こうした骨の断片から多くの情報を取り出し、環境や人間活動について知ることができる。この断片上で直ちに見て取れるのは、かなり大きな草食動物の上腕骨だ。去勢牛か大きな雄鹿だろう。動物を特定できなければ、骨学資料室を訪れて比較する」(カステル氏)
同氏はこう続けた。「骨の色は焦げ茶で、湖で見つかる骸骨の典型だ。中間部の骨幹には、ひび割れた滑らかな縁と、若干曲がった縁が見える。これは、骨髄を取り出す目的で故意に骨が折られたことを意味する。他にも、平行に並ぶ小さな切り込みが見えるが、これは石製または骨製の刃物で付けられたものだ。切り込みは上腕骨とそのすぐ下にある橈骨(とうこつ)の分かれ目付近にある。つまり、まず関節を外して骨を分離した後、折って骨髄を取り出していたことが分かる」
「この骨には、経年的な損耗も見て取れる。末端部分にひびがあり、わずかな摩擦の痕も見えるが、他の部分は保存状態が良いので奇妙だ。推測するに、骨が完全に地中に埋まっておらず、損耗箇所は空気に触れている時間が比較的長めだったのかもしれない。そうすると、遺跡における堆積の速度や、骸骨が廃棄された時の条件が見えてくる」(カステル氏)
温暖化
動物考古学の領域は、過去を知ることにとどまらない。現在進行中の問題の解明に役立つ場合もある。ミュズィー氏は、次のように指摘する。「動物考古学は歴史を深く掘り下げ、極めて専門的かつ具体的な情報をもたらす。食料にせよ気候にせよ、様々な変化について我々が自問する問題への手がかりを与えてくれる」
カステル氏は「我々が明らかにしたいのは、人類と動物が時と共に歩んだ進歩の過程だ。それが分かれば、様々な時代に見出された解決策を突き止められる」とし、「ジュネーブ地方は前回の温暖化で、2~3千年かけて氷河時代から温暖な気候へと移った。植物、動物、人類に劇的な変化をもたらし、人間は動物の群れについていくか、食生活を変えなければならなかった」とも語った。
食資源の管理方法も浮き彫りにする動物考古学は、時事問題にも対応している。
仏語からの翻訳:奥村真以子
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